1-1.王都マイルス
港に降りて最初に思ったことは、船上と地上はやはり違うということだ。船に乗ったときは、地上に比べて不安定な感覚がして安心できなかったが、時間が経つと慣れて気のせいかと思った。しかし、船から降りると地面に足を着いたときの安定感に安心した。やはり船上より地上が良い。
船から降りてきた人の波に流され、僕は港から離れる。流れに逆らわずに進んでいくと、大きな通りに辿り着いた。他の乗客は通りに入ると散り散りに分かれていく。皆、目的の場所へと向かっているようだ。
僕も同じように目的地に向かおうと思ったが、一つ問題がある。
それは目的地の場所が分からないということだ。
マイルスは初めて訪れた土地であるため、知人は誰もいない。案内人が居ない状況で迂闊に動けば、迷子になることは必至だ。
しかし、動かずに待っていても事態が好転することはない。とりあえず、周囲を見渡して目的地の手掛かりを探すことにした。
大通りに入ってすぐの場所を歩き回り、それらしき建物や知ってそうな人を探す。近くには建物がたくさんあり、人通りも多い。手掛かりくらいはあるだろうと希望を抱いて歩き続けた。
だが建物に近寄っても入ることに躊躇って中に入れず、人に尋ねようとしてもビビって何も聞けない。どうにか声を掛けても、その人の目を見ていると怖気づいてしまい、結局何も聞けずに離れてしまった。
己の不甲斐なさに嫌気がさした。このままだと何も出来ずに一日を終え、シードさんに貰った助言が台無しになってしまう。
何とかして目的地の情報を得ようと思って港に戻る。さっきまでは下船した人達がたくさんいて歩きづらかったが、今では少なくなっていて歩きやすい。
港は街の出入り口でもある。きっとどこかに目的地の手掛かりがあると踏んで探していると、数人がある看板を見ていることに気づいた。そのなかには自分と同じようなみすぼらしい格好の人達がいた。
看板の上の方には文字が書かれており、文字の下には半円に近い形の絵が描かれている。半円の下は青色に塗られ、半円の周囲は緑色と黒い線が描かれている。半円の中には四角い箱がいくつも並んでいた。所々に様々な色の円や文字が書かれている。
この絵に何の意味があるのか分からなかった。しかし、周囲の人間は真剣な面持ちでこの絵を見ている。ますます不思議だった。
よく分からないまま眺めていると、「おーい。地図があったぞ」と後から来た男性が声を上げた。
その男性は上品な服を着て大きなカバンを持っている。男性に呼びかけられて近寄ってくる女性も、綺麗な服を着ていた。
「助かったー。このまま迷子になって遅刻するところだったよ」
「天は我らを見放さなかった、ってな」
「大げさだよー」
楽しそうに会話をしたかと思えば、周囲の人と同じように看板を見始める。
なるほど、これが地図か。地図の意図は知っていたが、実物を見るのは初めてだった。たしか、今の場所や行きたい場所を印したものらしい。暗雲に光明が差し込んだ気がした。
改めて地図を見ると、何が描かれているのかが少しずつ分かり始める。
半円はおそらくマイルスの全体図を示している。下の青色は海で、周りの緑色は山だろう。黒い線は道で、様々な大きさで描かれた四角い絵は建物だろう。色が付いている場所や文字が書かれている場所は、重要な施設だと推測した。
だが、行きたい場所がこの半円のなかのどれなのか。再び頭上に暗雲がかかる。
文字が全く読めないため、建物が何を意味しているのかが分からない。色や文字が書かれている場所が何らかの手掛かりになると思うが、どれがギルドを指示しているのかも不明なため判断ができない。
難しい顔をしながら考えていると、先ほどの男性がまた声を上げる。
「あったぞ、商人ギルド」
「はやっ。どれどれ?」
「結構近くみたい。この通りをまっすぐ行って右側にあるみたい」
男性は指で地図上のその場所を指し示した。商人ギルドと聞いて、ばれない様に盗み見した。その先には、金貨と銀色の三角形が重なっている印があった。
マイルスには四つのギルドがあると、シードさんは言った。種類は違えど同じギルドならば、地図上の印には共通点があるはずだ。僕は金貨と銀色の三角形のマークを探した。
すると、商人ギルドの近くに似たような印があった。ハンマーと包丁が交差し、銀色の三角形が重なっている印、おそらく職人ギルドだ。次に地図の上の方で剣と盾と銀色の三角形が重なった印と、すぐ左に紅い蜥蜴と銀色の三角形が重なっている印を見つけた。
「あった」
思わず口に出てしまい、周囲の人達から視線を向けられる。恥ずかしくなって顔を伏せたが、目的地を見つけたことで一安心した。
このまま見つけられなかったら、と考えただけで身が震えた。本当に見つけることができて良かった。シードさんの励まし通り、これで人生の再スタートを切ることができる。
気を取り直して地図を見直す。とりあえず場所は分かった。あとはここから目的地までの道を覚えるだけだ。海との境目にある赤い円が、現在地を示しているはずだ。
そこから目的地までの道順を探す。幸いにも大通りを進み、三回曲がれば着くという、分かりやすい道だった。
気になるところといえば、どれくらいの距離なのだろうかということだ。地図では全くそれが分からなかった。地図上では現在地と目的地までの距離はかなり離れているが、実際の距離までは書かれていないため、想像することも難しい。
だが目的地までの道が分かったのなら、ここに居続ける必要はない。地図の見方を知らずに教えてくれた二人に、心の中で礼を言いながらその場から去った。
まぁ、それほど遠くないだろう、と楽観視しながら目的地に向かった。