3-13.マイルスの有名人
「よかったじゃーん。命があるだけで儲けもんだよ」
冒険者ギルドに連れて来られて、ヒランさんから話を聞いたリーナさんの第一声がこれだった。
あの後、ヒランさんとアリスさんに連れられてダンジョンから出た。ダンジョン内ではモンスターとは全く遭遇しなかった。道の途中でモンスターの死骸があったことから、青年が討伐してくれたお陰だろう。
ダンジョンから出ると、フェイルと乗って来た馬車は無く、別の馬車があった。その馬車に乗って、僕らはマイルスに戻った。
マイルスに戻ると、アリスさんはウィストを病院に連れて言った。ヒランさんと僕、捕まえられた二人は、一緒にギルドに向かった。
ヒランさんは捕まえた連中を奥の部屋に連れて行った。一方の僕は待機を命じられていた。
「そうそう、俺が上級ダンジョンに入ったら一分もしないうちに死ぬ自信があるぜ、な?」
「そもそも入る気すら起きないけどね」
偶然居合わせたエイトさんとチナトさんが、僕を元気づけようとしていた。
だけど僕は、これからどんな処分を受けるのかが気掛かりだった。入る資格のないダンジョンに入ってしまったことでどんな罪に問われるのか、気が気でならなかった。
「しかし、偶然とはいえあの三人に会うとか、それこそラッキーだよな」
「まったくだね。ヒランさんは度々見かけるが他の二人とは全く会わないから……僕もお目にかかりたいものだよ」
「俺はアリスとよく会うぜ。店でだけど」
「それはカウントしてもいいのかな?」
皆は僕を助けてくれた三人の話をし始める。あの人たちの事は、僕も気になっていたところだった。
「あの、さっきの人達ってどんな人なんですか?」
僕の言葉に、三人が反応して語り始める。
「マイルス冒険者ギルドの有名人だよ。三人とも同世代で、上級ダンジョンを軽々と踏破できる冒険者さ」
「アリスはもともと傭兵だが、今は冒険者も兼業している。上級冒険者であり、上級の傭兵と認められた数少ない人間だ」
「アリスちゃんはねー、傭兵になった頃は傭兵の仕事だけでは食べられないからーっていう理由で冒険者になったんだよ。そういう人はたくさんいるんだー。傭兵ギルドに登録したときから強かったんだけど、女で口が悪くて手が早いから、碌に仕事を受けられなかったんだって」
「けど今は、冒険者としても傭兵としても高い実力と実績を持っているから、多少扱い辛くても仕事を頼みたいっていうやつが多いな。あと、本人の前で名前で呼ぶのは禁止な。家名のガミアで呼んだ方が良いぞ。コンプレックスらしくてな、以前店に来た時に名前で呼んじまったけど怖かったなぁ」
エイトさんの顔が少しだけ青ざめている。よっぽど恐い目に遭ったのだろう。たしかにあの顔と性格で、アリスという可愛らしい名前はあまり似合わない。
「ヒランちゃんとは前に会ったよね」
「はい」
「前に私が、ヒランちゃんが来て助かったって言ったけど、あれお世辞じゃなくて本当のことなんだー。ヒランちゃんは普通の上級冒険者だったんだけど、冒険者になったばかりの新人が何も知らずにダンジョンに入って死んでいくのを見て、ギルド職員になったんだー。で、その頑張りが認められて、今では『ダンジョン管理人』として頑張ってるんだよ」
ダンジョン管理人。仕事内容はその名の通りだ。ダンジョンの構造や、階層ごとのモンスターの生態を調査して、冒険者を支援する仕事だ。
それ以外にも様々な仕事があるが、経験のある冒険者なら難なくできるものだ。そのため、冒険者を引退した人がこぞって志願するので競争率が高い。
しかし、良い管理人がいるダンジョンは色んな冒険者が訪れるが、悪い管理人ならダンジョンが荒れ果て、下手すればモンスターがダンジョンから出てくることがある。だから責任重大な仕事でもあった。だから冒険者ギルドによっては、ダンジョン管理人の志願者に対して、上級ダンジョンを踏破するよりも難しい試験を課しているという話もある。
「たしかに、ヒランのお蔭で冒険しやすくなったしな。他の冒険者達もそんなこと言ってたぜ」
「サポートもしてくれるのも有り難いね。登録したての新人はもちろん、新たな階層に行こうとすると、助言をくれるのはとても助かる」
第一印象では、ヒランさんからは人を寄せ付けない孤高な雰囲気を感じていたが、面倒見が良い一面もあるらしい。
「で、ソランの事だけど、流石に知ってるよな?」
最後に、エイトさんは助けてくれた青年の名前を口にした。エイトさんの言葉に僕は頭を振る。するとエイトさんだけではなくチナトさんも目を丸くして唖然としていた。
それほど有名な人なのだろうか。自分の無知さに少し恥ずかしくなった。
「一言で言ったら、この街の英雄かな」
二人に代わって、リーナさんが説明し始める。
「五年前、この街にあるモンスターの群れが襲来したのよ。その群れは、『危険指定モンスター』の獅子族が率いてたの」
危険指定モンスター。その言葉は、以前ヒランさんから説明を受けていた。一言でいえば、多くの生態系に影響を及ぼす力を持つモンスターのことだ。
基本的に、モンスターは自分達の縄張りから出ない習性がある。その方が安全だからだということを、モンスターの親や仲間が教えているからだ。
たまにそこから出る事もあるが、それは食糧危機等の生存に関わる問題が起こったときや、活動期の時期だったり、単に縄張り外が危険だということを知らない無知な個体かのいずれかである。そうでない限り、他のモンスターとの争いを嫌って、モンスターの多くは自分達の決められた領域で生活をしている。
しかし、その領域を自由に行き来するどころか、領域内のモンスターを動かすほどの力を持ったモンスターがいる。
それが危険指定モンスターだ。
モンスターは強さで序列が決まる。強いモンスターが弱いモンスターを従えることが当たり前の世界だ。その序列は戦闘で優劣を決めるらしいが、危険指定モンスターと対峙したモンスターは戦わずにして屈服してしまうという話だ。それほど、生物としての格が違うらしい。
実際に力もある。個人で挑んだ冒険者や傭兵が、成す術もなく殺されることが後を絶たない。上級冒険者や傭兵が数人がかりでやっと倒せるほどの強さだ。
獅子族は、その危険指定モンスターの一つだ。危険指定モンスターのなかでも、最も人間に被害を与えていると言っていい種族である。
原因は、好物が人肉だからだ。
とは言っても、獅子族は知性が高いモンスターだ。普段は街から離れた道や山で、安全な場所で人を襲っている。
故に人里を、しかも大勢の冒険者や傭兵がいるマイルスを狙うのはらしくない行動だ。
「襲ってきた理由は分からないんだけど、かなりの大群だったんだよ。獅子族だけでも十体はいて、上級モンスターもうようよいたんだ。中級や下級モンスターも含めれば三百体はいたかなー」
「三百も……。街はどう対応したんですか?」
「もちろん戦ったよ。軍隊はもちろん、腕の立つ傭兵や冒険者も召集したんだー。全部で一千人くらいかな。人数差と地理を利用して戦えば勝てると踏んでたらしいけど、超苦戦したんだよねー」
「苦戦した原因は、やはり獅子族ですか?」
「そう。獅子族は速くてデカくて頭も良いから、こっちの弱点を見抜いて攻撃してきたんだよー。丁度、こっちの指揮官がダメな人でねー。モンスターを相手取るのが得意な冒険者や傭兵の全員を、最初から前衛に出してこき使ってたのよ。モンスター側は最初に下級中級モンスターを出して冒険者と傭兵の体力を削ってきたの。そのせいで後から来た上級モンスターや獅子族をまともに対処できずにやられちゃったのよ。で、モンスターを相手取るのに慣れていない兵士達はボロボロにやられちゃったわけ」
「……凄いモンスターなんですね」
「うん。それが危険指定モンスターなの。まぁ、流石にモンスター側も無傷とはいかなかったけど、こっちの被害の方が大きかったの。で、あっという間に兵力差も無くなったうえに、獅子族はまだ半数が健在。対してこっちの冒険者と傭兵はほぼ全員が戦闘不能で、ほとんどの兵士が負傷。絶望的な状態だったの。もうマイルスは滅亡すると思われていた。そのときに現れたのがソランなの」
若干だが、リーナさんの語りに熱が入っているように思えた。
「残った兵士達と協力して獅子族以外のモンスターを引きつけて貰って、ソランは獅子族を倒しに行ったの。皆は不安だったらしいけど、あっという間に自分達が苦戦していた獅子族を狩っていき、遂には全滅させたんだ。それを知ったモンスター達は一目散に逃げて行って、勝つことができたんだー。そのときの奮迅ぶりと功績を讃えて、《獅子殺し》とか《マイルスの英雄》という異名がついて、『特級冒険者』の称号も与えられたってわけ」
「そんなに強かったんですね……。ところで特級冒険者って何ですか?」
「ギルドに登録したメンバーには、腕前と実績に応じてランク分けされるの。冒険者の場合は、入れるダンジョンによって区別されてるよ。上級ダンジョンに入れる資格を持った者は、上級冒険者。中級ダンジョンにまで入れる資格のある者は中級冒険者で、下級ダンジョンにしか入れない者は下級冒険者、ってね。特級冒険者は、未開拓ダンジョンを含めた全てのダンジョンに入れる資格を持ってるの。マイルスに限らず、どこの国でも。国からも特別な待遇で扱われるって話だよ」
未開拓ダンジョンは、天国と地獄が合わさった場所だと聞いた。未調査で危険度が分からないため、どんなモンスターがいるのか分からない。故に、常に警戒をするため休む暇が無く、その結果、酷く精神を病むらしい。
一方で足を踏み入った人がいないため、見たこともない鉱石や薬草、宝を発見できることがある。
昔、未開拓ダンジョンが発見されたときは多くの冒険者がダンジョンに向かったが、ほとんどの冒険者がその過酷な環境に耐えきれずに死んでしまった。その対策として、資格を持った者しか入れることは許されなくなったらしい。
「他にも色々と報酬もあったんだけど、一番の報酬は特級冒険者って名乗ることを許されたことだね。お蔭で自由に冒険できるようになったって喜んでたくらいだからね」
リーナさんが語り終えたとき、奥の部屋からヒランさんが出て来た。ヒランさんは僕の顔を見て手招きする。
僕は三人に「失礼します」と言って離れる。「気負わずにねー」というリーナさんの声が聞こえた。
リーナさんに会釈をしてから、奥の部屋に向かった。




