3-12.心の痛み
グラプが絶命した後、青年は剣を引っこ抜き、盾を拾ってから僕達の方に戻ってきた。剣に付いた血を拭きながら歩く姿は様になっていて、その姿をボーっと眺めていた。
「お疲れさん。向こうにフェイルは居なかったぜ」
「そうか……じゃあ、あいつらだけか。なんかいい情報があれば良いんだけどな」
「一人は軽ーく尋問すれば簡単に喋りそうだったな。期待できない方だけど」
「……無いよりましか」
青年は小さく溜め息を吐く。グラプを倒したというのに、何故か二人の表情は曇っている。その原因が、フェイルに関係することだということは分かった。
「それより」青年は話題を変える。
「事前に聞いた話だと、誘いこんだ新人は一人だと聞いたんだが」
青年は僕の方を一瞥する。僕のことを言っているようだ。
「あぁ、それがこいつだよ。こっちは不運にも巻き込まれた冒険者ってとこだな」
女性は僕を指した後にウィストを指差す。
「見たところ下級冒険者か……何でこんなところにいるんだ? フェイル達とは別で入ったのか?」
「知らねっ。起きてから聞いてみろよ」
「ったく……最近の冒険者はダンジョン舐めてんじゃないのか」
「違います」
ウィストが悪く言われているのを我慢できずに、僕は思わず口を挟んでいた。
二人の視線が僕に刺さる。その眼が少し怖かったが、ウィストが悪くないことを説明した。
「ウィスト……彼女は優秀な冒険者です。冒険者ギルドでも期待されている存在です。ここに来たのは、僕を心配して追ってきたからです。だから、その……彼女は悪くないんです」
簡単に説明すると、青年が冷ややかな目で見ていることに気づいた。まずいことを言ったつもりは無い。だけどその目にびびってしまった。
青年は僕に近づいて来る。歩幅一歩分の距離まで近づくと、青年は右手を振りかぶって僕の顔を殴った。
強烈な拳を喰らい、その場で尻餅をついてしまう。頭もグラグラと揺れているような気がした。
「てめぇ……なに仲間を危険な目に遭わしてんだ!」
青年の怒鳴り声が響いた。その声は胸の奥深くに響く。
迫力に押され、僕は何も言えなかった。
青年は舌打ちをして背を向ける。
「アリス、先に行ってる。モンスターは片付けておくから、早く来いとヒランに言っとけ」
「はぁ? なにパシらせようとしてんだ。お前が言いに行けよ」
「奢るぞ。前に連れて行った『ヴィラーチュ』で」
「ほら、早く行ってモンスターを狩っとけよ」
青年は僕らが来た道とは別の方向に歩き始める。アリスと呼ばれた女性はウィストを背負うと、僕達が入ってきた道に向かって歩き出す。そのとき僕を一瞥した目が、付いて来い、と言っているような気がした。
洞穴に着くと、その入り口にはバクホと男性がロープで身体を縛られた状態で座らされていた。その傍らにはヒランさんが立っている。よく見ると、バクホと男性の身体は汚れていて、顔が腫れていた。
ヒランさんは僕らに気づくと、露骨に不機嫌そうな表情になった。いつも同じ表情を見せるヒランさんが、そんな顔をするのは珍しかった。
「彼は?」
「先に行った。モンスターは一応狩っておいてくれるって」
「……そう」
ヒランさんは二人を繋いだロープを引っ張って立ち上がらせる。彼らは悪態をつきながらも、渋々と立ち上がった。
「これからあなた達を連行します。通常ルートで外に出ますので、逃げない方が良いということは、分かりますよね?」
ここは上級ダンジョン。青年が先行してモンスターを狩ってくれるとはいえ、見つけ損なう可能性もある。そんな場所で、縛られた状態で逃げるのは自殺行為にも等しい。
二人は不貞腐れた態度を取りながらも付いていく。僕も続いて歩き出す。
騙されたとはいえ違法行為を行ったのだ。お咎めなしで終わるとは思えない。
かといって、逃げる気はさらさらなかった。
ウィストを危険な目に合わせてしまった罪を、罰を受けることで償いたかった。




