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冒険者になったことは正解なのか?  作者: しき
第三章 底辺冒険者

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3-11.マイルスの英雄

 洞窟内に響いた激突音。殴られればひとたまりもないほどの強力な拳を、僕は喰らった。

 そう思っていた。


 しかしその音は、僕がグラプに殴られたものではなかった。


 殴り飛ばされた僕が壁にぶつかった音でもなく、地面に押しつぶされた音でもない。

 僕の前方で、その音は生じていた。


 僕の前には一人の青年が立っていた。

 僕よりも一回り大きい体格、青に染まった髪のその人は、左手で持った盾を使ってグラプの拳を防いでいる。


 いつの間に来てたのか。倍以上の体格差のある攻撃を何故防げたのか。だがそんな疑問よりも、先に頭に浮かんだ言葉があった。


 助かった。

 予想外の救援に安心した僕は、その場で座り込んでしまった。


「おい」


 グラプが防がれた拳を引っ込めると、青年は後ろを振り向かずに僕に声を掛ける。僕は慌てて立ち上がって「はい」と答えた。


「そこでじっとしてろ」

「え、でも……」


 青年の言葉に、僕は戸惑った。

 目の前にいる青年は、僕達を庇ってグラプの攻撃を止めてくれた。あれほど巨体なモンスターの攻撃を防ぐなんて、この青年は只者ではない。

 しかしいくら強くても、こんなに体格差のあるモンスターを相手と戦うのは無謀だ。盾があっても、何度もあの攻撃をくらったら無事に済むとは思えない。一度でもグラプの攻撃を受けきるほどの力があるのなら、道を塞いでいる蔓を切り落として逃げることができる。青年もそう行動すると思っていた。


 しかし青年は、後ろ姿からでも分かるほどの溜め息をついた。呆れた顔をしていると連想できるほどの大きな溜め息だった。


「心配無用だ。いいからそこで待ってろ。うろちょろされるほうが面倒なんだ」


 「それに」と、青年は右手で持っている剣をグラプに向ける。


「こんな雑魚、五分もあれば終わる」


 同時に、グラプが反対側の手で殴りかかってきた。瞬時に青年は、右手で持っていた剣を背中に掛けていた鞘に納め、腰に提げていたメイスに持ち替える。


 グラプの拳が間近に迫ると、メイスを当てて軌道を変える。グラプの太い腕が方向を変え地面に突き刺さった。

 その直後、青年は伸びたグラプの腕の上を駆けていく。あっという間に肩まで登ると、武器をメイスから剣に持ち替える。そして目にも止まらぬ速さで、グラプの頭を覆った蔓を斬り剥がしていく。


 グラプも黙ってやられているわけではなく、蔓で捕えようとする。青年は向かってくる蔓を切りはらう。次に体を揺らして落とそうとするが、青年は高く跳んで上空に退避し、揺らし終わった時に再びグラプの身体に着地する。グラプがたまらず両手を使って捕まえようとしたときに、やっと青年はグラプの身体から離れた。

 青年が降りた場所は、僕達とは反対側の方向だった。グラプは青年の方を警戒したのか、僕達には目をくれずに背を向け、青年の方に向かって行った。


「とりあえず、これで安心だな」


 グラプが僕達から離れた直後、近くで女性の声が聞こえた。声がした方を向くと、双剣と銃を腰に提げた女性がいる。手の届きそうな距離にまで近づいていたのに、女性の気配にまったく気が付かなかった。

 女性は僕とウィストの身体をじっと見てから、背負っていたリュックを下ろして包帯と添え木を取り出した。


「お前はせいぜい打撲がある程度だから問題無し。女の方は右腕が折れてるな。壁か地面にぶつかったときか殴られたときのもんだ。脳震盪で気を失ってるが、命に別状は無いな」

「……お医者さんですか?」


 触ってもいないのに素早く判断する様を見て医者だと思ったが、女性は不機嫌そうに「はぁ?」と答える。


「オレがあんなナヨナヨした医者に見えるのかよ。こんなもの、長く傭兵をやってたら誰でも分かるんだよ。いいから早くその女を下ろせ」


 見た目は完全に女性なのに、男っぽい荒れた口調だった。その乱暴な喋り方に怯んでしまう。だけどウィストを治療してくれるようなので、彼女に任せるしかなかった。

 僕がウィストを地面に下ろすと、女性は素早い手つきで応急処置を始める。その手際は見事なもので、本当に医者じゃないのかと思うほどだった。彼女なら任せられそうだ。


 ウィストが大丈夫だと分かって、僕は青年の様子を伺う。「五分もあれば終わる」と言っていたが、万が一の可能性もある。それに備えて、いつでも戦えるように心構えをした。


「無駄なことはやめときな。お前の手を借りるような事態にはならないよ」


 そんな僕の心境を察したのか、女性が忠告をしてきた。


「けど相手は上級モンスターですよ。もしかしたら―――」

「ねぇよ。つーかお前、あいつを知らないのか?」


 女性は珍しいものを見るような目で僕を見てくる。冒険者ギルドでは見たことがない顔だが、あの青年は結構有名な人なのだろうか。気になって、青年の戦いぶりを観察することにした。


 その青年は、グラプを相手に遊んでいるように戦っていた。

 グラプが殴ってくればメイスで拳を弾き、腕を駆け上がって顔を攻撃する。蹴ってくればぎりぎりまで引き付けてから避けて前に進み、振り切った足を地面に着けた瞬間に、軸足の裏側からグラプの身体を背中から駆け上がり、顔を攻撃する。


 そんな風に何度も繰り返していると、グラプの顔を覆っていた蔓が徐々に減っているのが分かった。最初は顔全体を隠していたのだが、今となっては顔を覆っていた蔓がほとんど無くなっていた。


 蔓が無くなって露わになったグラプの顔は不気味なものだった。肌が灰色で目玉が若干飛び出ている。歯はギザギザで歯並びは悪い。青年が来なかったら、今頃僕達はあの口の中に入っていたのか。そう思うと鳥肌が立った。


 その一方で、青年が執拗に顔を狙っていた理由が分かった。

 どのモンスターにも脳がある。脳が傷つけられて無事で済むモンスターはいない。だから多くの冒険者はそこを狙う。グラプは頭を蔓で覆っていたため、その弱点を狙えなかった。しかし蔓が無くなった今なら、脳を攻撃することができる。


 するとグラプは、弱点が露になって危機を感じたのか、大声で叫んだ。悲鳴なのか威嚇なのか、判断がつかないほどの声量に思わず耳を塞いでしまう。青年はグラプが叫んだと同時に降りて距離を取っていた。

 叫び声が上がると同時に、グラプの身体に変化が生じる。身体を覆っていた蔓が、徐々に顔の方に移動していく。数秒後にはせっかく露にした顔が、身体の別の部位から移動してきた蔓によって覆われてしまった。

 弱点を突けると思ったが、すぐに蔓で隠されてしまった。せっかく危険を冒してまで顔を攻撃していたのに、その苦労が水の泡となった。


 だが青年は意気消沈することなく、グラプに向かって前進した。先程まではグラプの攻撃を躱してから攻撃に移っていたが、今回は攻撃を待たずに走り出した。

 青年はグラプの背後に回ると、盾を捨ててメイスを両手で握った。そして大きく振りかぶると、グラプの足をめがけてメイスを振り抜く。


 五メートルの巨体が、宙を舞った。


 あり得ない現象を目の当たりにし、口が開いてしまった。一方、女性はさも当然のようにその光景を見ている。まるでこれが当たり前の現象かのように。


 宙に浮いたグラプは、大きな音を立てて地面に落ちた。青年は仰向けに倒れたグラプの身体に乗ると、胸の中心に移動する。胸の辺りは、最初こそ多くの蔓で覆われていたが、蔓が顔に移動したためその量はかなり減っていた。


 青年は武器を剣に持ち替えると、蔓の量が少なくなった胸に向かって突き刺した。グラプはビクンと痙攣したかのように身体が揺れたが、すぐに身体が動かなくなった。


「あいつは《獅子殺し》、または《マイルスの英雄》と呼ばれている冒険者だ。グラプ程度じゃ、相手にならないよ」


 誇らしげな声で、女性は言った。


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