3-3.酒は飲んでも飲まれるな
青年の言ったことは、嘘ではなかった。
「ヒャッハー! 酒だ! もっと飲ませろー! おねぇさーん、もう一杯追加で」
「おう、飲め飲め! オレの驕りだ! オレももう一杯だ! あとつまみも適当に追加してくれ!」
気分が良くなり、普段飲まない酒も美味しく感じた。さらに出てくるつまみも極上だ。こんなに美味しいものを、何で今まで食べなかったんだ。
「美味い。美味いよ、これ! えーっと、何て名前だっけ?」
「ビールだよ、ビール」
「そっか。ビール、こんなにおいしいもんを奢ってくれてありがとな」
「ちげぇよ。オレの名前はベルクだ」
「そりゃ失礼。あれ、じゃあビールって何だ?」
「酒の名前だよ。つーか、お前の名前は何だっけ?」
「ヴィックだよ。ヴィィクトリィィーの……ヴィック!」
「ハハハ……巻き舌かよ。笑わせんな」
「……ヴィィクトォリィィィ」
「ハハハハハ!」
笑いながらの酒宴が続いていた。何を言っても笑えるようなテンションになっていて、極楽にいるような気分だった。
ビールを飲み始めてどれくらい経ったか覚えてはいない。ただ最初は僕達しかいなかった食堂に、多くの冒険者達が来ていることから、大分時間が経っていることは分かっていた。
皆僕達と同じように食事や酒を楽しんでいる。だが今このときに限れば、僕達が一番楽しんでいるのは間違いなかった。
「あー! あんな所に居た!」
突如、甲高い声が耳に入った。声の方を見ると、三人組がこっちに近づいてきている。いつもベルクさんと一緒にいるメンバーだった。
その内の一人、金髪でセミロングヘアーの少女が、足早に僕らのテーブルの前に寄ってきた。
「ベルク。あんた体調が悪いんじゃなかったの? こんな所で何してんの?」
「酒を飲んでる」
心配する少女の言葉に対して、ベルクさんはふざけた様子で返答する。
ベルクさんの言葉に、少女の顔が若干ひきつっていた。
「そうじゃなくて……休まなきゃいけないのに、何でお酒を飲んでいるのって言ってんの」
「楽しくお酒を飲んでいる」
少女の表情がさらに険しくなる。心配していたのにふざけた言葉を返されたら、誰だってイラつく。
するとベルクさんは、うんざりした表情で溜め息を吐いた。
「いいじゃねぇか、たまには。ほぼ毎日ダンジョンに行ってたら、誰だって休みたくなるもんだろ。なぁ?」
同意を求めてくるベルクさんに、僕は「そうだね」と声を弾ませて返事をする。
だがそれが、少女の癪に障ったらしい。
「誰よあんた。こっちの話に口突っ込まないでくれる?」
少女が喧嘩腰で突っかかってきた。
その態度にイラッとする。
「そっちが突っ込んできたんだろ。せっかく楽しんでいたのに。ねぇ?」
ベルクさんがさっきの僕と同じような調子で、「そうそう」と肯定する。
少女が強くテーブルを叩いた。
「ふざけてんの? こっちは真面目に話をしてんのよ」
今にもキレそうな表情だった。さすがにからかいすぎたようだ。食堂内に響いた物音で、周りはしんと静まり返った。
周囲の冒険者達がこちらを見ている。これだけ騒げば注目を浴びるのも仕方がない。
「別に話すことなんてねぇだろ。体調が良くなったからここで飲んでいた。ただそれだけだ」
「……それしか言うこと無いの?」
少女の言葉に、ベルクさんは沈黙した。少女は手をぎゅっと握りしめてベルクさんの言葉を待つが、一向に口を開く様子が無い。
沈黙に耐えられず、適当に話題を出して場を取り持とうかと思った。
「まぁまぁ。落ち着きなってミラ」
僕が動こうとする前に、青年が割って入った。黒髪でイケメンの青年は、たしかベルクさんチームのリーダーだったはずだ。
青年はミラさんをなだめると、ベルクさんの方に向き直る。
「ベルク、もう大丈夫なんだよね?」
「あぁ、快調だよ」
「気分も晴れたかな?」
「……前よりましだな」
「そっか、なら良かった。明日は一緒に行ける?」
少しの間、またベルクさんが沈黙する。頭をガシガシと掻いた後、浅く溜め息を吐いた。
「元々、明日は行く予定だったんだよ。問題ねぇ」
それを聞くと、青年の表情は明るくなる。
「うん、それは良いことだ。これでミラの御守もしなくてすむよ。ね、ラトナ」
青年は後ろにいた少女に話しかける。
「ほんと、今日のミラらんは大変だったんだから。ベルっちがいないから、ミラらんがめっちゃモンスターにやられちゃったし。んで、うちらはミラらんに『ベルクなら守ったのに』とか『ベルクならちゃんと当てたよ』とか言われて、めっちゃ困ったんよ」
ラトナと呼ばれたウェーブのかかった薄い茶色の髪の少女は、楽しそうな表情で語った。ミラさんの表情が赤くなる。
「ちょっと! そんなこと言ってないでしょ!」
「えー、言ったよー。『ベルク助けて』とか『愛するベルクがいなくて寂しい』とか」
「それはマジで言ってないわよ!」
「けど考えてた?」
「考えて……無いわよ!」
騒がしく喋る二人を見て、ベルクさんの口元はにやついていた。
そしてミラさんに声を掛ける。
「おいミラ。明日は望み通り守ってやるから心配すんなよ」
ミラさんの顔がタコの様に真っ赤になる。しかも目つきも鋭くなった。
「もういい! あんたなんか知るか! もう帰る!」
「おう。また明日な」
「うるさい!」
怒りながらミラさんは冒険者ギルドを出て行った。ラトナさんもそれに続いて出て行く。
「じゃあ俺らは先に帰るから。ちゃんと帰って休んでね」
青年はベルクさんに言い残して、同じように去って行った。
ベルクさんはその背中を見つめた後、短く息を吐く。その表情は、心なしか嬉しそうに見えた。
「嵐のように過ぎ去っていったね」
「あぁ、そういう奴等だよ。だからこそ、オレも甘えちまうのかもな」
ベルクさんはビールの入ったグラスを持ったが、飲まずにそれを置いた。テンションは会った時と同じくらいに戻ったが、表情は今の方が明るく見えた。それを見て、僕も酒を飲む手を止めた。
だが理由は、ベルクさんとは違う理由である。
これ以上飲んでも、気分は良くならないと思ったからだ。




