3-2.憂鬱な者達
冒険者ギルドに併設された食堂で、僕は注文したジュースをちびちびと飲んでいた。新しい依頼が来るのを待つために、食堂のテーブル席に座って掲示板を眺める。しかし僕が達成できなさそうな依頼しか、掲示板には張り出されていなかった。
冒険者ギルドでは依頼の受付や素材の買い取りだけではなく、食事の提供も行っている。食堂のメニューのなかでは、栄養があって量が多い料理と酒類の飲み物が人気だった。
食堂は夕方になるといつも賑わっている。しかし今は真昼間だ。食堂に居るのは僕しかいなかった。
「よう。調子はどうだ」
グラスが空になりそうなときに、若い男に声を掛けられた。赤色の短髪で大きな身体。以前マイルスダンジョンで会った人だった。たしか他の街から四人で来てマイルスに来て、冒険者になったメンバーの一人だと聞いている。
「毎日ダンジョンに行ってたみたいだが、最近は行かないんだな」
「……依頼はよく受けてるよ」
「どおりで……最近は新人向けの依頼がすぐに無くなるわけだ。座って良いか?」
青年の意図が読めないので悩んだが、別に困ることは無いと思い至り頷いた。
青年は向かい側の椅子に座ると、料理と酒を注文した。
「噂に聞いたんだが……お前、あのウィストと一緒にダンジョンに行ったんだっけ?」
「そうだけど……」
この話題にはうんざりしていた。ウィストの事を聞いて来る輩がまだいたからだ。
ウィストがグロベアを倒したという話は、あっという間に広がった。グロベアを連れて戻ったのは夕食時だったため、一仕事終えた冒険者達が大勢集まっていた。そのタイミングで冒険者になって一日しか経っていない少女が、子供とはいえグロベアを倒したという報告をすれば、多くの冒険者にそのことが伝わるのは当然だった。何人かの冒険者は信じていなかったが、一緒にいたエイトさんとチナトさんの証言により、疑問の声は無くなった。
その後、ウィストの下に多くの冒険者が集まって、その話を聞こうとした。一方で第三者の話を聞きたいという者は、エイトさんやチナトさん、僕のもとに話を聞きに来た。気が進まなかったものの、僕の言葉を求めた人達の想いを無碍にできず、なるべく正確に話をした。大多数は僕の話に興奮して、感嘆の声を上げていた。
翌日以降も、話を聞きに来る者が多く訪れた。彼らに話をしている間は、自分が人気者になったかのような気分になっていた。
しかし話し終わると、いつも虚しい気分になった。
あれ以降も、僕はウィストと一緒に依頼を受けることがあった。一緒に行くと、手が出せなかった依頼を受けられるようになったので僕にも恩恵があった。
だが依頼が終わると、ウィストの話を聞こうとする者が何人も訪れる。最初の方は割り切って対応していたが、それが何度も続くと、途端に嫌になった。
だから最近は一人で依頼を受けて、ウィストと会わない様にしていた。お蔭でウィストの話を聞きに来る人は居なくなったと思っていた。
しかしまだ話を聞こうとする人がいたようで、少しばかりうんざりとした。
「あんな子がグロベアをやっつけるなんて、ショックだよなー」
しかし意外な言葉を聞いて、思わず青年の顔を凝視してしまった。
「……ショック?」
「あぁ、そりゃそうだろ。自分より年下で非力な奴が、冒険者になった翌日にだぞ。聞いた日には碌に食事もできなかったよ」
青年は見た目に似合わず、繊細な精神の持ち主の様だった。
だが青年の気持ちにはとても共感が持てる。
「……僕も、そんな感じだったよ」
「だよな」
青年は僕の気持ちに同意してくれた。
「なんつーか、やる気が無くなるというか、無駄なんじゃないかって思っちゃうんだよなー」
そう言って溜め息を吐くと同時に、注文した料理が運ばれてきた。
運ばれてきたのは、芋を細く切って油で揚げた『揚げ芋』という料理だ。お酒にも合う料理らしい。
「お前も食えよ」と言って、青年は皿を真ん中に置いた。青年が先に手掴みで一本取ったのを見た後、僕も同じように取って食べた。
「今日は一人なの?」
青年はいつもは四人で冒険者ギルドに来ているが、今は一人だけだった。
「気分が悪いって言って休んだ」
「もう大丈夫なの?」
「あぁ、サボりだからな。言ったろ。やる気が出ないって」
たしかに病人がこんなところで食事や酒を飲んだりはしない。だが調子は良くはなさそうに見える。時折吐く溜め息を聞いて、そう感じた。
「お前も、似たようなもんじゃないのか?」
「何が?」
「気分が悪いんだろ」
酒を一口飲んで、続けて言う。
「ダンジョンばっかに行っていた奴が、最近はダンジョンに行く必要が無い依頼ばかりを受けている。あいつと一緒なら良い依頼を受けられるのにそれをしない。避けているのが丸分かりだ」
言葉が胸にグサグサと刺さっった。言い訳のしようがない程の的中っぷりだった。
大柄で武骨な顔から力任せな人間だと思っていたが、人間観察が得意だとは思いもしなかった。
「大方感じちゃったんだろ、劣等感を。だからあいつからなるべく避けるようにして、劣等感を感じない様にしているってわけだ」
「……だとしても、それがあんたに何の関係があるんだ」
「あるよ。オレも似たようなもんだからな」
青年は店員を呼ぶと、酒をもう一杯注文する。
「劣等感を感じたんだよ。けどあいつらはそうじゃないみたいだ。人は人、自分は自分ってな。調子が悪いのもそのせいだ。俺が変じゃないのかって思っちまってよ……。だから似た者同士で鬱憤を晴らしたいんだよ。酒を飲んでな」
言い終わると同時に、追加の酒がテーブルに運ばれてきた。
青年はそれを僕に渡してくる。
「飲め。オレの驕りだ」
「いや……僕お酒苦手だし」
「酒は良いぞー。嫌な事を忘れられるからな。そのうえ美味い。オレを助けると思って、一杯だけ付き合ってくれよ」
「嫌な事を忘れられる」、僕はその言葉に魅かれていた。以前飲んだときは、苦みが口に合わなくて飲むのを止めた。
だが今は、それを知っていても飲みたくなった。
「じゃあ……一杯だけ」
「おう、ありがとな。それじゃあ乾杯」
グラスを合わせてから、酒を口にする。苦みが口の中に広がった。
やはり、美味しくはなかった。




