2-7.凡人と天才
「伏せて!」
死を覚悟した直後、ウィストの声が響いた。同時に、僕とグロベアの間に鉱石が投げ込まれる。ウィストのリュックに入っていた鉱石だ。
鉱石で足止めする気なのだろうが、おそらく無駄だ。さっきと同じように跳び越えられる。それをウィストも見ているから分かっているはずだった。
案の定、グロベアは躊躇せずに鉱石を跳び越える。さっきより鉱石が長い範囲に散らばっているため、坂で見せた跳躍より高く跳んでいた。
その瞬間、ウィストが前に出る。僕の横を通り抜けながら腰に提げていた剣を抜いて、跳んでいるグロベアに向かう。
そしてグロベアが着地する直前、ウィストは剣を突き刺した。刺さると同時に、斜め前に転がりながらグロベアを避ける。
「グォオオオオオ!」
グロベアの叫び声が、ダンジョン内に響き渡る。ウィストの剣はグロベアの首の根元に刺さっていた。人なら即死しても可笑しくない傷だ。しかし、グロベアはそれに耐えている。想像以上の耐久力だ。
グロベアはウィストに向き直る。ウィストは既に二本目の剣を抜いて構えていた。
「おい、早く立て」
僕は後ろからエイトさんに声を掛けられる。エイトさんとチナトさんは武器を持ち、戦いに備えている。僕もすぐに立ち上がって剣を抜いた。
「どうする?」
「今は動かない方が良い。奴の挙動を見てからこっちも攻撃する」
「そんなんじゃあの子が死ぬぞ。不意打ちは成功したが、真正面から戦ったら明らかに分が悪い」
「……いや、分からない」
チナトさんが喋った直後、グロベアが後ろ脚で立ち上がる。さっきまで僕達より低い所にあった頭は、あっという間に僕達を見下ろす高さにまで上がる。グロベアは右前脚を振り下ろした。喰らったら一撃で死にそうな攻撃だ。
ウィストはそれを見切って、グロベアの足元を転がりながら避ける。同時に剣で後ろ脚を斬りつけた。脚をやられたことでグロベアが体勢を崩すと、ウィストはすかさずグロベアの背中に乗りかかる。そして頭付近に移動すると躊躇なく突き刺した。グロベアは刺された直後に身体をビクンと震わせる。その後はすぐに静止して、ウィストが頭と首の根元に刺した剣を抜いても全く動かない。
「死んだかな?」
ウィストがグロベアの様子を窺っていると、チナトさんがグロベアに近づいた。身体のいたるところを触ったりした後、「死んでるな」と答える。
ウィストは深く息を吐くと、「あー、恐かった」と呑気な感想を口にした。
「いやお前……凄すぎるだろ!」
エイトさんが大声を出す。その声にウィストは驚いたが、「いやー、無我夢中だったから」と照れ臭そうに返す。
「いや、自慢しても良い成果だ。このグロベアは大きさからしてまだ子供だろう。だが、子供でも危険なモンスターであることには変わりない。それを昨日冒険者になった者が倒すなんて、前代未聞だ」
「そうだ! もっと誇れ!」
「けどせっかく集めた鉱石を捨てちゃいましたから、どっこいどっこいかな?」
「鉱石なら今から集めなおせばいい。それよりこのグロベアの回収が先だ。モンスターの素材は狩った者のものという決まり事だから、全部君のものだ。グロベアの素材は貴重だから高く売れるぞ」
「そうだ! 奢ってくれ!」
「年下の女子に奢らせるな」
先程の緊迫した状況とは打って変わって、穏やかな空気が包み込んでいた。
だけど三人がわいわいと騒ぐ中、僕は皆の輪に入れずに突っ立っていた。驚きの展開の連続について行けずに、ただ皆を見ていた。
不意に、後頭部に痛みを感じた。触ってみると少しだけ腫れている感触がある。デバットとぶつかってこけたときに後頭部を地面にぶつけたので、そのとき出来たこぶだろう。
「ヴィック。さっき倒れてたけど大丈夫?」
ウィストが心配そうな顔をして、僕に声を掛けた。
「あ、うん。大丈夫だよ」
「あー、デバットとぶつかったのか。すまん、もう少し早く声を出せれば良かったんだが」
「いえ、その、僕のせいなので、気にしないでください」
「ぎりぎりの状態だったんだ。反応が遅れるのも無理はない。僕らがもっとしっかりすれば、こんな危険な目に遭わなかったんだから。僕ももっと気をつけないといけないな」
「そうだな! ホントすまん! あとでなんか奢るから、許してくれ!」
「あの、本当に気にしないでください。僕が……」
その後の言葉が出てこなかった。
倒れたのは、僕自身の不注意が原因だ。あのときグロベアの様子を見るために、後ろを向いていたからだ。エイトさんが声を出したときに前を向いていれば、チナトさんやウィストと同じように避けられたはずだ。それを言って、エイトさんが悪くないことを教えるべきだった。
しかし、その言葉が口から出ることはなかった。
「えー、私には奢ってくれないの? グロベア討伐記念に」
「おいおい、奢るに決まってるだろ。な、チナト」
「あれ、エイトが言ったんだろ。僕は奢るなんて言ってないよ」
「それはないぜぇ。ちょっと今月はギリギリなんだから助けてくれよ」
「ギリギリなのに奢ろうとしたのか。冗談だよ、もちろん僕も奢るさ」
「やったー。じゃ、早くこれと鉱石を拾って帰りましょう!」
「……じゃあ、僕は坂の方の鉱石を拾って来ます」
僕は返事を待たずに走り出した。これ以上もたついて、迷惑になるのは避けたかった。
五階層に着いて、落ちている鉱石を拾い始める。その後もグロベアを運んで、皆の役に立つように動いた。
だけど鉱石を早く拾い終えても、グロベアを率先して運んでも、全く気が晴れることは無かった。
今まで感じたことが無い程の劣等感が、いつまでたっても消えなかった。




