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冒険者になったことは正解なのか?  作者: しき
第二章 劣等冒険者

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2-5.思わぬ災難

 カンッ、カンッとダンジョン内で音が鳴る。五階層のとある一角で、エイトさんは採掘ポイントに向かってつるはしをふるう。一定の感覚でなるその音は、まるで音楽のように一定のリズムを出していた。

 エイトさんがつるはしを振るう傍で、そこから出てきた鉱石をチナトさんが拾って鑑識をする。目的の鉱石なら脇に置いているリュックに入れ、そうでなければ近くに捨てる。

 それを数十度繰り返すと、エイトさんがつるはしを振るう腕を止めた。


「そろそろ移動するぞ」


 エイトさんの言葉を聞いて、ウィストは鉱石の入ったリュックを背負う。僕はすでに鉱石で一杯になったリュックを背負いなおして、エイトさんのつるはしを受け取った。


「あと少しで終わるから頑張れよ」

「はい」


 五階層目に着いてから採掘ポイントを変えるのは、これで五度目だった。変更する理由は、目的の鉱石が出にくくなったことと、モンスターを警戒しているためだ。

 五階層まで来ると知恵が働くモンスターがいるため、音を頼りに向かって来ることがあるらしい。だから一定時間経つと、その場から離れて別の場所に移動するようにしていた。


 現時点では、僕のリュックは鉱石で満杯になり、ウィストのリュックもあと一回分の採掘で満杯になりそうだ。僕らのリュックが一杯になったときが、採掘終了のタイミングである。あと少しで終わると分かると、重かったリュックが少しだけ軽くなったような気がする。


 しばらく移動すると、「この辺だな」とエイトさんが僕に手を伸ばす。僕がエイトさんにつるはしを渡すと、リュックを下ろして、ウィストと一緒に周囲の警戒を始めた。二人が採掘中のときは僕らが二人を守る番だ。


 最後の採掘ポイントは道がうねっている場所にあった。壁がグニャグニャと曲がっているため物陰が出来ている。物陰にモンスターが潜んでいる可能性もあるため、一瞬でも気が抜けなかった。

 ウィストも僕と同じ気持ちなのか、最初の方こそ他愛もない会話をしていたが、時間が経つにつれて口数が減っていった。会話が無い方が集中できるのだが、先程までよく喋っていたウィストが黙ると、少しむず痒くなった。


 だが、そんな時間を過ごすのもあっという間だった。

 ほどなくしてつるはしを振るう音が止まり、鉱石をリュックに詰める音がする。その後にチナトさんが声を掛けた。


「これで終わりだよ」


 その言葉を聞いて安堵の息が漏れた。幸いにもモンスターとは遭遇しなかったが、いつ来るか分からない状況で焦らされ続けるのは精神的にきつかった。


「二人ともご苦労さん。あとは僕らが護衛するから荷物をお願いね」

「それは……安心できます」

「おう。この階層のモンスターなら余裕だ」


 頼もしい言葉が聞けて肩の荷が下りた。二人に任せればモンスターは大丈夫だ。五階層に来るまでのモンスターも、二人が軽々と退治していた。たかが一階層違うだけのモンスターなら大丈夫だろう。


「けど、ここに来てから全然いませんでしたね、モンスター。いつもこんな感じなんですか?」


 ウィストの疑問は、僕も感じていたものだった。四階層目までは一階層目と同じくらいの頻度でモンスターと遭遇したが、五階層目に来てからは一度も見ていない。


「いえ……いつもなら採掘中に二三度襲い掛かって来ます。たしかにおかしいですね」


 チナトさんも感じていたようだが、「まぁ良いじゃねぇか」とエイトさんが言う。


「いてもいなくても、俺達のやることは終わったんだ。さっさと出てしまえば問題ねぇ」


 その意見もごもっともだった。居ないなら居ないに越したことは無いし、出てしまえば関係の無いことだ。


「そうですね。さっさと帰りましょう」


 僕がリュックを背負うと、ウィストも同じようにリュックを背負おうとする。


 しかし、その途中でウィストは動作を止めた。


「ウィスト、どうしたの―――」


 瞬間、ウィストが僕の口を手で塞ぐ。次に「しぃー」と自分の口に指を当てる。


「何か来てる。あっちから」


 ウィストが指した方に一同が視線を向ける。耳を澄ますと、たしかに音が聞こえた。テンポは遅いが、重量感を感じられるような音だ。だが距離が遠いため、その音の正体を探ることができない。

 徐々にその音は大きくなる。おそらくモンスターが近づいているのだろう。だが、エイトさんとチナトさんがいるのなら大丈夫なはずだ。


 そう思って呑気に見ていると、徐々にモンスターの輪郭が浮かび上がってくる。

 そのモンスターは四足で歩き、腰ほどの高さで横幅も広い。なかなか重量感のありそうなモンスターだ。松明の明かりに照らされて、徐々に色も分かるようになる。


 途端に、全身で鳥肌が立った。


 モンスターは灰色の毛皮に覆われているが、口元と前足が若干黒ずんでいる。太くて大きな足は、僕を一振りで薙ぎ倒せるように思えた。どっしりとした歩みは、どこか余裕を持っているようにも見える。


 あれが五階層目のモンスターなのかと思うと、足が竦んでしまいそうだった。マイルスダンジョンを攻略することになったら、あんな生き物を相手にしなきゃいけないのかと思うと、途端に冒険者を辞めたくなった。


 何とかして逃げないといけない、そう思ったとき、不意に腕を強い力で引っ張られた。エイトさんが僕の手を引いて壁に押し付ける。曲がりくねった道が功を奏して、身を隠すことができた。


「おいチナト、どういうことだ? あれ、グロベアじゃねぇか」

「僕だって聞きたい。もしかしていつもより早いのか」


 二人が小声で状況を整理しようとしている。焦っている様子を見て、若干不安になった。


「グロベアってあのモンスターの事?」


 ウィストの質問に、二人が同時に頷く。


「九階層目に生息しているモンスターだ。このダンジョンで一番のパワーと耐久力があり、見た目によらず足も速い。普段は温厚だが、餌を探しているときのあいつはやばい。このダンジョンを踏破したことのある冒険者も、一瞬で葬る程凶暴になるからだ。このダンジョンの死因の四割は、あいつの仕業だとも言われている」

「けど、九階層目のモンスターがなんでここに?」

「……もしかしたら、活動期に入ったのかもしれない」

「活動期?」


 モンスターは時期によって活動状態を変えることがある。その状態には活動期と静穏期の二つがある。ダンジョンの土地柄によって活動状態の時期は違うが、この二つで活動状態のサイクルが回っている。


 静穏期は、モンスターが自分の縄張り内で大人しくしている時期だ。この期間では、モンスターは子供を産むためや、育てるために大人しくしている。

 活動期では、育ったモンスターや育児を終えた親モンスターが階層内を自由に動き回り始める。なかには階層を越えるモンスターもいるため、活動期になると冒険者ギルドでは警告も行われる。


「このダンジョンの活動期はもう少し後なんだが、そうだとしてもここまで来るのは異常だ」

「異常でも何でも良い。何とかしないと見つかるぞ」


 先ほどまで自身満々だった二人が狼狽えている。少々雲行きが怪しくなってきた。

 だが迷っている間にも、徐々にグロベアがこっちに近づいて来る。


「グロベアって目が悪いのかな?」


 ウィストは平然と二人に質問をする。その淡々とした様子を見て、二人は若干驚いていた。


「あ、あぁ……視力はそこまで良くないらしい。だから耳を使って獲物を探すらしいが、聴力も高くは無いから狩猟に苦労していると言われている」


 それを聞いたウィストは、足元に落ちていた拳ぐらいの大きさの石を数個拾った。そして少しだけ物陰から身を乗り出すと、素早く石ころを投げる。


 石はグロベアには向かわず、遠く離れたところに落ちた。グロベアは石が落ちた音に反応して、その方向に向き直す。ウィストは続けて石を投げると、何回も石が落ちた音に向かってグロベアは移動し始める。

 グロベアの輪郭が見えなくなるところを確認すると、皆は素早く動き始める。


「今のうちだ。行こう」


 チナトさんの言葉を聞く前に、皆準備を始めていた。

 何とか助かる。そう思うと少しだけ気が緩んでしまう。


 そのせいで、足元に落ちていた鉱石を気付かずに踏み、バランスを崩してしまった。


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