2-4.初めての護衛依頼
ダンジョンに入ると、大柄なエイトさんが先頭に立ち、次にウィスト、僕の順で、細身のチナトさんが最後尾について進み始めた。モンスターと遭遇した時は、前から来た場合はエイトさんが、後ろから来た場合はチナトさんが対応し、隙をついて僕とウィストが攻撃する手順だ。しかし今のところ僕とウィストの出番はない。モンスターと遭遇しても、二人が一撃目で倒してくれるからだ。
エイトさんは大柄な身体を活かして、大剣を振るって敵を牽制し、敵の足が止まったところをすぐに攻撃して仕留める。チナトさんは穂先が広い二股の槍でモンスターを捉えて、動けなくなったところを槍で突いて止めを刺す。二人の巧みな対応っぷりを見ていると、どっちが護衛対象なのか分からなくなった。
「お二人とも強いですねー。これじゃあ私達の出番は無いかも」
ウィストも同じように思っていたようだ。たしかにこれだと僕達のいる意味は無い。
「今は二人に体力を温存してもらわないとね。それに僕達はこの辺のモンスターの動きは熟知してるから、楽なもんだよ」
「そうだ。こんなもん朝飯前だ。大変なのはもう少し先だしな」
チナトさんとエイトさんの気遣いで、少しばかり気が楽になった。
当初は二人ずつで前後の敵を相手取る予定だった。しかし、この様子だとチナトさんとエイトさんが一人ずつで対応してくれるようだ。
もちろん、力が必要なら遠慮なく手を出すが、目的の階層のモンスターを相手になると思うと委縮してしまう。
五階層目のモンスターの相手は、僕にとっては荷が重すぎるからだ。
依頼の内容は、マイルスダンジョン五階層目まで依頼人のエイトさんとチナトさんを連れて行き、採取した鉱石を運ぶことである。最初こそ、五階層目という言葉を聞いて依頼の受託を取り消したかったが、二人の素性を聞いてリスクが高くない依頼だと判断した。
二人は冒険者歴三年でダンジョン七階層目まで踏破した実績があるらしい。エイトさんは本業が鍛冶職人で、チナトさんは料理人だが、副業として冒険者の活動も行っている。二人の様に二足の草鞋を履く者は多いらしく、そんな者達の事を兼業冒険者と呼ぶそうだ。
彼らは時折、都合をつけて一緒にダンジョンに向かっているようだ。エイトさんは武器の試し切りや武器作成のための鉱石集めのために、チナトさんは料理に使うモンスターや植物を取るためにダンジョンに入る。
ただ今回は、それとは別だった。
切っ掛けはエイトさんの仕事場での話だ。
普段、職場では鉱石を十分に貯蓄しているのだが、急な大量注文が入ったため鉱石の貯蓄が尽きたらしい。こういう時は事前に冒険者ギルドに鉱石集めの依頼を出していたが、職人長の不手際で依頼を出すのが遅れてしまった。
このままじゃ間に合わないということで、部下であり兼業冒険者のエイトさんに白羽の矢が立った。
少量の鉱石ならエイトさんとチナトさんでも事足りるらしいが、今回は二人が運んだこともない量を依頼されていた。時間があれば二人でも十分らしいが、早急に必要なため人手を借りることにしたという話だ。
その依頼書が掲示板に張られる前にウィストが嗅ぎ付けて受託し、フィネさんに推薦された僕が依頼を受けることになった次第だ。
複数人での依頼受託、ダンジョン五階層目、どれも初めての事で不安だったが、七階層目まで行ったベテランが一緒だと心強い。
それに初のダンジョンだというのに全然物怖じしないウィストを見ていると安心できた。
興味津々にダンジョンを見渡したり、エイトさんとチナトさんに冒険者の話を聞く様子を見ていると微笑ましい気持ちになった。
「三年で七階層目ってことは、最下層の十階層目に行くのってすごい難しいんですね」
「いやぁ、俺らは片手間にやっているだけだからな。本業としてやったら、今頃は中級ダンジョンには行ってると思うぞ」
「兼業じゃあ無理な感じなんですか?」
「無理というかリスクの問題だな。翌日本業の仕事があるのに、副業で怪我するわけにはいかないだろ。鍛冶屋の仕事の方が安定して収入があるしな」
「顔に似合わず安定志向なんですねー」
「顔は余計だよ。まぁ傭兵家業を生業にしてる奴なら、兼業でも下級ダンジョンは踏破できるだろうな。あいつらは人だけじゃなくモンスターと戦うこともあるからな。実際に上級ダンジョン入りを許可された傭兵も、うちの冒険者ギルドにいるぞ」
「なるほどー。けど私はやっぱ冒険者一本だなー。そしたら色んなダンジョンに入れたり、依頼を受けれるでしょ?」
「がはは。十分やる気がある嬢ちゃんだな。そう言えば最近冒険者登録をしたんだって?」
「そうだよ。ずっとなりたかったからさ、十六歳になる日を楽しみにしてたんだ」
僕とは全然違う、前向きな理由でウィストさんは冒険者になった。その表情は、嘘をついているようには全く見えない。ただ、その気持ちをいつまで持つことができるのか心配になった。
ウィストが冒険者になる前、同じ理由で冒険者になった少年がいた。しかしその少年は一ヶ月もしないうちに冒険者を辞めた。噂に聞くと、理想と現実のギャップに耐えきられなかったらしい。その少年とウィストは似ているように見える。
「皆、そろそろ気を引き締めてね」
最後尾にいたチナトさんが淡々とした声で言う。一行の前には下り坂があった。
「次が五階層目だよ。本来の目的を忘れないでね」
緩んだ空気が引き締まった気がした。エイトさんは「おう」と短く返事をし、ウィストも口を閉じて前方を見据える。
僕も依頼達成のために、改めて気合を入れなおした。




