10-19.救いの罰
「もしかして君は入院するのが好きなのかな?」
レーゲンダンジョンから出て足の治療のために病院に行くと、顔なじみの医者から呆れた顔でそう言われた。僕も好きで怪我している訳ではないのだが、こう何度も入院していると、そう言われるのも無理はない。
「違います。ちょっと無茶することが多いだけです」
「そうか。退院した当日にまた入院するなんてことは君が初めてだったからね。よっぽど好きなのかなと思ったんだよ」
そう言った後、医者は入院期間を告げて病室から出て行った。またもや入院することになってしまい、僕の気分は憂鬱だった。フィネとラトナを助けることは出来たので後悔はしてないが、もっと上手く出来なかったのかと考えてしまう。
「けど今回はゆっくり休めるじゃん。治療費、ギルドから出してくれるんでしょ?」
「もちろん出ますよ! わたし達を助けてくれるために来てくれたんですからって、ヒランさんが言ってました!」
僕が寝ているベッドの横で、椅子に座ったウィストとフィネが喋っている。二人とも僕ほどじゃないけど怪我をしていたので、一緒に治療を受けていた。二人は軽傷で、入院する必要は無いらしい。
「ヒランさんと会ったの?」
僕はすぐに病室に案内されたから、二人がヒランさんに会っていることは知らなかった。
「はい! アリスさんが呼んでくれたんです。治療費の事とかで色々と話があったようです」
「いろいろと、か……」
その内容によっては、心が休まらないことになるだろう。
今回の事件はフェイルだけではなく、ラトナとヒュートも噛んでいたことだ。指名手配犯と協力して冒険者とギルド職員の命を脅かした。これを知っているのは僕とフィネ、ウィストだけだが、フェイルとヒュートが捕まればこの事が露見してしまう。つまり、何らかの罪に問われることになるということだ。
僕達が進んで話すことは無いが、二人が捕まればそうなる可能性がある。ラトナがやったことは、冒険者を大事にしているヒランさんからすれば許せないことだろう。
けれど僕は、何とかしてラトナが無事に冒険者を続けられるようになって欲しかった。
思い悩んでいると、コンコンと扉をノックする音がした。僕が返事をする前にウィストが「どうぞー」と返事をする。一応、この病室は僕の部屋なんだけど。
「失礼します」
「邪魔するぜー」
ヒランさんが扉を開けて入ってきて、続いてアリスさんが入室する。ちょうど話題に上がった人が来て、はっと息を吞む。
「ヒランさんにアリスさん……どうしてここに?」
「それは―――」
「事件についてに決まってんだろ」
ヒランさんの言葉を遮るように、アリスさんが目的を告げる。
「わたくしのセリフを取らないでください、アリス」ヒランさんがむっとして文句を言う。
「細けぇなぁ。それくらい別に良いだろ」面倒なものを見るような目でアリスさんが答える。
「こういうのは順番が大事なのです。あなたはわたくしが指示するまで黙っててください」
「へいへい。まったく、管理人になってから偉そうな態度がより一層ひどくなったぜ」
ムキになった態度を取るヒランさんに、アリスさんは意外にも先に折れた。意地になって反発すると思ったが、ヒランさん相手にはしないようだ。
「ではヴィックさん。よろしいですか?」
改めて、ヒランさんが僕の様子を伺う。僕は反射的に頷いた。
「この度はフェイルの事でご迷惑をかけて申し訳ありませんでした。彼がこの街に戻って来ていたことは知っていて調査をしていたのですが、まさかヴィックさんを狙うとは思ってもいなかったため、対応が遅れてしまいました。ギルドを代表して謝罪いたします」
ヒランさんの口から謝罪の言葉が出た。予想外の言葉に驚嘆し、何も返事ができなかった。
「そしてウィストさんとフィネさん。あなた方にもご迷惑をかけてしまい、申し訳ありませんでした。このお詫びは、いずれ何らかの形で返させていただきます」
続けてヒランさんは、ウィストとフィネにも謝罪をした。
「い、いえいえ。私なんか勝手に巻き込まれに行ったみたいなもんですから、そんな謝らなくてもいいですよ」
「わたしもです! ヒランさんは何にも悪くないんですから!」
二人は慌てた様子でヒランさんを擁護する。僕も同じように言葉を口にする。
「そうですよ。本来はギルドに報告しないといけなかったのに、それを怠ったせいでこんな怪我をしちゃったんです。僕が未熟だったせいなんですから、気にしないでください」
「……そうおっしゃっても、わたくし達に不手際があったことに変わりはありません。しかし―――」
ヒランさんは僕達を見て、少しだけ口角を上げた。
「その心遣いに感謝いたします」
ヒランさんの珍しい笑顔にドキッとした。いつも厳格なヒランさんからこんな笑顔が見られることは滅多にない。早くなった心拍数を抑えるのに、少々苦労してしまった。
「では謝罪を終えたところで、もう一つの用事を済ませましょう」
表情が元に戻ったヒランさんがアリスさんに目配せをする。アリスさんが少しだけ頷くのを見てから、ヒランさんが口を開く。
「今回の事件、首謀者はフェイルですが、他二名が手を貸していたと聞いています。ヒュートとラトナの事です」
ぴしりと緊張が走る。二人が協力していたことは事実だが、なぜこんなにも情報を得るのが早いんだ? もうフェイルかヒュートが捕まったのか?
「あなた方はフェイルに直接被害を受けました。だからその二人が関わっているのかを知っていると思ったのですが、どうなんでしょう?」
真偽を確かめようとするヒランさんに、僕は答えられなかった。ラトナが関わっていたことは事実だ。しかしそれを口にするとラトナが重い罪で罰せられるという懸念がある。僕はもうラトナの事は許しているので、彼女が罰せられることは避けたかった。
しかし、フィネとウィストはどうだ。聞くところによると、彼女達はヒュートに暴行を受けている。それは許されないことだが、ヒュートが捕まると同時にラトナの犯行もばれてしまう恐れがある。それだけを考えたら言ってほしくはないが、彼女達が受けた痛みを思えば迂闊に否定させることはできない。つまり、彼女達に判断を任せるしかなかった。
固唾を飲んで、僕は彼女達を見守る。フィネとウィストは、お互いの顔を見合わせてから答えた。
「よく分からないですねー」
「はい! よく分からないうちに捕まって、いつの間にか助けられましたから!」
僕は気づかれない様に安堵の息を吐いた。
二人は示し合わせたかのように、知らないふりを装ってくれた。ラトナの事を考えてくれた回答に、心の中で感謝した。
「友達思いの奴等だなぁ」
ため息交じりにアリスさんが呆れた顔をして答える。ヒランさんもやれやれと言いたげな表情をしている。
ヒランさんは扉の方に視線を向け、「入ってください」と言った。直後にグーマンさんとラトナが部屋に入ってくる。ラトナは頭に包帯を巻いているが、それ以外に怪我はしてなさそうだ。
部屋に入ってきたラトナは、僕達に向けて「ごめんね」と申し訳なさそうな表情を見せた。
「庇ってくれてありがと。けどもう全部自白しちゃったの」
「……えー」
ウィストががっかりしたように声を上げる。僕は声こそ上げなかったものの動揺した。自白をするってことは罪に問われることだ。冒険者の資格を剥奪されることもあり得るし、下手すれば牢屋にいれられることもある。
そんな扱いをされると思って、それが嫌だったから庇ったのに……。
「あなたと同じですよ。ヴィックさん」
ヒランさんが僕に淡々と告げる。
「同じって……」
「あなたは以前ウィストさんを巻き込んだ時に罰を受けることを望みました。彼女も、そのときと同じ心境なのです」
そう言われて、ラトナが自白したことを納得できた。
罪に対する相応の罰を受ける。一見被害者のための制度に見られるが、加害者のための制度でもある。それは罪悪感を和らげることができるからだ。
罪を犯したが罰せられないと、一生自分が犯した罪や罪悪感と付き合うこととなる。そんなのが平気なのは根っからの悪党くらいだ。僕やラトナみたいな普通の人間が耐えられるものではない。
あのときの僕は、ヒランさんから罰せられなかったが僕には大きな罪悪感が残った。強くなろうとした理由の一つが、その罪悪感から逃れたかったことだ。
それが晴れるまではずっと辛い日々を送っていた。こんなことをしても何になるのか。強くなっても許して貰えないのだろうか。そもそも意味があるのか。重圧感に耐え続けなければならない毎日だった。
ラトナもヒランさんの言う通り、罪悪感を感じたから罰を受けようと思ったのか。だとしたら、その気持ちはよく分かる。
あんな窮屈な日々を、ラトナに過ごしてほしくなかった。
「まぁ指名手配犯に協力した人が何の罪も受けないのはおかしいからねー。これは至極当然なことなんだよ。だから皆は気にせずに冒険を続けてね」
ラトナは僕達の方を見て、次に扉の方に視線を向ける。そこにはカイトさん、ベルク、ミラさんが立っていた。
「それがラトナの選択なら尊重するよ。俺達は、いつまでも待ってるから。な」
カイトさんの言葉に、ベルクとミラさんが「おう」とか「うん」と言って答える。待ってくれる仲間が居て、ラトナは幸せ者だ。
「で、あたしはどんな罰を受けちゃうの?」
「……あなたみたいに陽気に罰を受けたがる人は初めてです」
「そんなこと無いっしょー。明るく振る舞ってても、内心はびくびくしてるってね」
「……まぁいいでしょう。あなたの罰は、二年間、アリスの仕事の手伝いを無償で行うことです」
ヒランさんの告げた罰の内容は、意外と普通のものだった。無償で手伝う間は生活に影響が出るだろうが、それ以外は厳しいものには思えなかった。
「え? 本気ですかヒランさん?」
しかしグーマンさんだけが険しい顔つきでいた。
「仕事って、普段僕が師匠に付き添ってるやつですよね? あれをこの子にやらせるんですか? 死にますよ?」
「えぇ。先日、あなたを上級冒険者にさせるためにエルガルドに行ってもらうと言いましたよね? あなたがここに帰ってくるまでは、ラトナさんにしてもらいます」
「無茶ですよ……あれ? ていうか僕、二年で上級冒険者にならないといけないんですか?」
「てめぇならなれるだろ? オレの弟子なんだからよ」
ヒランさんとアリスさん、グーマンさんだけで話を始めて、状況を理解できなくなった。会話の邪魔をするのに戸惑ったが気になることだったので、三人の会話に横入りする。
「あ、あの! いろいろと訳が分からないんですけど……仕事とか、グーマンさんのこととか……」
「そうだね。君にも関係ありそうだし話しておこう」
グーマンさんが親切丁寧に、僕らに話をする。
「以前から僕は、家の事情や師匠の仕事の手伝いをしてたからマイルスを離れられなかったんだ。それで上級冒険者になる条件を満たせずにいたんだけど、そろそろ僕を上級にさせようって話になったんだよ。これから師匠の仕事が忙しくなるだろうから、それよりも前に上級に上げて、僕に任せる仕事を増やそうって魂胆でね。けどそうなると、僕は町から離れなければならない。その間は家の事や師匠の手伝いが出来なくなるって懸念があった。それを解決するために、ラトナちゃんに僕の代わりをさせようってことなんだよ」
「その仕事っていうのは……」
「一つは街の警備、もう一つはレーゲンダンジョンの調査だ。前者は僕達だけじゃなく何人かの傭兵や冒険者ともやってることなんだけど、一言でいえば冒険者や傭兵達の喧嘩を早期に解決して、町の人への被害を抑えようとする活動だ。これは最初は疲れるけどじきに慣れるものだね。問題はレーゲンダンジョンの調査で、中級ダンジョンの中でもトップクラスに厄介なモンスターと広大なダンジョンを調べる活動だ。レーゲンダンジョンは五年前から難易度が急に上がって、その原因を知るために調査してるんだよ」
「普段やってる冒険と、何が違うんですか?」
「ダンジョンを隅々まで歩いて地図を作ったり、ダンジョンで取れる植物や鉱石を調べたり、モンスターの強さを図るために戦闘を行う。それを何回も繰り返すんだ。ダンジョンが広ければ広いほど疲労が溜まる作業だ。レーゲンダンジョンは広さだけなら上級ダンジョンとほとんど差がなくてね、今の僕でも嫌になるほどさ。しかも一緒にするのが師匠だ。何度修行という名目で危険な場所を調査させられたか……思い出すだけで殺意が湧くよ」
「今度、一人でやってみるか?」
「やめてください死んでしまいます。それをラトナちゃんに手伝わせようとしてるんだけど……まだ知識や力、経験が足りないラトナちゃんには厳しい。それどころか死ぬ可能性があるってことだよ」
真剣な表情で語るグーマンさんを見て、ラトナは「だ、だいじょーぶでしょ……」と声を震わせながら答える。まったく大丈夫そうには見えない。進んで受けた罰とはいえ、ラトナには死んでほしくはない。
「そこでお前に話があるんだよ。ヴィック」
アリスさんが僕の名前を口にする。
「お前、オレの弟子になれ」




