10‐16.真相
手堅くて落ち着いた動きだった。グーマンさんは四匹のドグラフを倒しても、油断せずに待ち構えていた。残っているドグラフは三匹。仲間がやられた光景を目にしたせいか、無闇に跳びかかる様な真似はしなかった。隙を見て攻撃するつもりなのだろう。
しかし、グーマンさんは待つだけしかできない冒険者ではなかった。
「ふっ」
グーマンさんが短く息を吐くと、後ろのドグラフに向かってハンマーを横に振るう。不意打ちのような攻撃だったが、後方にいたドグラフは予期していたかのように余裕を持って後退する。残りのドグラフは、グーマンさんの攻撃直後の隙を突いて跳びかかった。
二方面からの同時攻撃。武器を一つしか持たないグーマンさんだと両方同時には防げないはずだ。
グーマンさんは身体の向きを変え、二匹のドグラフを視界に入れる。武器を使って片方の攻撃を防ぎ、残りの攻撃をどう対処するのか。その光景を目に収めたかった。
するとグーマンさんは、持っていたハンマーを手放した。あれだと両手ががら空きになり、防御する手段がない。鎧を着ていると言っても、ぶつかる衝撃はあるはずだ。グーマンさんの身体が大きいが、まともにくらえば地面に押し倒される。それとも受け止める気なのか?
だが僕が目にした光景は、予想していた行動を大きく裏切った。
「ふんっ!」
片手ずつで二匹のドグラフの顔を掴み、勢いよく顔面を地面に押し潰すように叩きつけた。ドグラフは抵抗する間もなく地面に沈み、顔から血が流れ出ていた。一目で絶命したと分かるほどの血の量だった。
まさか素手で倒すとは……今の僕ではどうあがいてもできないことだ。
グーマンさんの手際の良さに感心していると、残ったドグラフが逃げ帰る姿を目撃した。振り返ることも無く来た方向を全速力で戻っている。いや、逃げていると言った方が的確だろう。そう思わせるほどの慌てっぷりだった。
「さて、これで片付きましたね。じゃあここから出ましょうか」
「逃がすとかあめぇことしてんじゃねぇよ。援軍を連れてきたら面倒だろ?」
「あぁも力の差を見せたら大丈夫ですよ。少なくともこの階層では襲われません」
「だと良いがな」
アリスさんの不満に適当に答えると、グーマンさんは僕らに向かって提案をする。
「僕が先頭で進むから、君達は少し離れてからついて来て。モンスターは僕が対処するし、万が一、討ち漏らしたり後方から襲われても大丈夫なように、師匠にいてもらうから安心してね」
その言葉に、誰も不満の声を上げなかった。二人の腕前は今見た通りで、僕達より遥かに上の存在だ。手を貸す必要は無いだろう。
「ちょ、ちょっと待ってください! 聞きたいことがあります」
不満も出ず、さぁ行こうという空気になったときに、ウィストが待ったをかけた。
「なに?」
「えっと、グーマンさんじゃなくてアリスさんになんですけど……」
「あぁん?」
「……なんで、レンが生きてるんですか? てっきりアリスさんに殺されたと思ったんですけど」
それは僕も聞きたかったことだった。無事にここを出るまでは控えようと思ったのだが、ウィストは早く聞き出したかったようだ。
ウィストは目を細くしてアリスさんを見ている。視線を受けたアリスさんは、どこか気まずそうな顔をして答えた。
「歩きながら話してやる」
帰り道は楽が出来る。グーマンさんとアリスさんの働きぶりを見て、そう思えた。
僕達がいたのは四階層。そこからはグーマンさんが先頭に、アリスさんが最後尾を位置取り、出口に向かって歩いていた。途中でモンスターと出くわしたが、僕達が動くまでもなく、二人が倒してくれた。足を怪我している僕は、アリスさんに促されてベルクに背負わされていた。ベルクが戦う時には邪魔になると思っていたのだが、二人の戦いっぷりを見て大丈夫そうだと悟り、遠慮なく運ばれることにした。
「こいつを殺さなかったのは、勿体ないと思ったからだ」
歩き始めて十分ぐらいした頃、アリスさんが口を開いた。さっきのウィストの質問の答えだ。
「あの森でこいつを見つけたのは通報があったからだ。お前らがマイルスダンジョンの近くでエンブを飼っていることを聞いてな、最初は討伐する気だったんだよ。だがお前らが連行される前日に実物を見て、その気が失せた」
「なんでですか?」
「ガキだったからだよ。まだ生後二三年くらいしか経ってねぇからな。たとえ危険指定だとしてもそれくらいなら脅威にはならねぇ。ましてや知能が高く、平和思考のエンブだ。お前らとも仲が良さそうだったから殺さずに、むしろ管理させようと思った。せいぜい、人目につかない場所に移動させるように忠告する程度で終わらせるつもりだった」
「じゃあなんで、殺したふりをしたんですか?」
「……フェイルが戻ってきたっていう噂を聞いたからだよ」
うんざりしたような顔で、アリスさんは溜め息を吐く。
「こいつの前の飼い主はあいつだろ? もしこいつと接触したら利用される可能性がある。あいつとこいつが手を組めば、まぁ負けはしないけどかなり面倒になるからな。だから殺そうという案が出たんだが、あれほど人に懐くエンブを殺すのももったいない。だから死んだことにして、あいつを捕まえるまでは、滅多に冒険者が来ないここに匿ってたんだよ」
「だから僕達を助けに来れたんですね」
「そうだ。ちなみにお前に見せたエンブの腕は、オレのコレクションの剥製だ。いい出来だったろ?」
「……そうですね。本物と見間違えるほどですから……良い趣味してますね」
「お、よく分かってんじゃねぇか」
嫌味を言ったつもりが、素直に喜ばれてしまった。
「じゃあまた、レンと一緒にいても良いんですか?」
ウィストの質問に、アリスさんは「おぉ」と答える。
「もう片付くからな。前と同じように会っても大丈夫だろ」
「やったぁ! 良かったね、ヴィック、レン」
「キキッ」
ウィストとレンが同時に喜びの声を上げる。また会えるようになって、僕も嬉しくなった。
「終わるってことは、フェイルはもう捕まったんですか?」
僕らが喜ぶ中、カイトさんがアリスさんに尋ねる。さっきの話だと、レンはフェイルと接触させないために隠していた。それを撤回するってことは、そういうことになる。
「多分な。お前らギルドでクラノから聞いたんだろ? フェイルが人質を取ってレーゲンダンジョンに居るって。それを聞いてお前らはすぐにここに来たが、オレ達はあいつを捕まえるために人を集めた。集まったのはこの街の上級冒険者、それと同等の腕を持つ傭兵共だ。前は逃がしちまったが、二度目はねぇ」
自信満々で、気合の入った声色だ。これ以上ないくらいに本気なんだろう。身震いをするほどの険しい表情だった。
「じゃあなんでグーマンさんが来たんだ? あの人、中級だろ?」
ベルクが疑問の声を上げる。さっきのアリスさんの言葉だと、呼ばれた冒険者が上級だけだという話だが、そのなかにグーマンさんがいることが気になるのだろう。
「さっきも言ったが、あいつはここを踏破してる。そのうえオレの弟子だ。腕前だけなら上級と変わんねぇ。お前らを探すのに役立つと思ったんだよ」
「弟子とかいるんですねえ」
「戦うしか能がねぇ戦闘狂だと思ってたのか?」
「いやそんなことは……」
ベルクが気まずそうにアリスさんと目を合わせない様にする。迂闊な発言をするのは危なそうだ。
「ま、お前の言ってることも間違ってねぇ。想像通り、オレは育てるのが下手だ。仕事を手伝わせようと考えて弟子を取ったんだが、五十人以上いた弟子のなかで残ったのはあいつだけだ」
アリスさんがグーマンさんに視線を送る。視線に気づいたグーマンさんが苦笑する。
「訓練と言って無茶なことばっかされましたからねぇ。ふざけんなって思いながら日々を過ごしてましたよ」
「聞いたか? 昔は図体だけで大人しかった奴が、いまじゃオレを挑発するセリフを吐きやがる」
顔に笑みを浮かべながら、どこか誇らしげにアリスさんは語る。まるで自分の成果を自慢するかのようにだ。こういう対応が嬉しい性格なのか。
「というのが、あいつを連れてきた理由だ。他に質問はあるか?」
三階層に続く階段を上っている途中、僕は聞きたかったことがあり、それを口にする。
「フェイルとソランさんって、どんな関係なんですか?」
「……あぁ?」
怒気が含んだ声をアリスさんが放つ。心臓が縮みそうになったが、恐れずに言葉を続けた。
「あいつに試されたんです。僕がソランさんと一緒なのかって。そんなことをどうして気にするのかが分からなくて……。アリスさんなら知ってるかなと思ったんですが……」
うっかり名前で呼んでしまったが、アリスさんは何も言わなかった。てっきり怒られると思っていたのだが、アリスさんは考える素振りを見せている。名前で呼ばれたことに気づいていないのだろう。
少し待つとアリスさんは舌打ちをした。
「ちっ。めんどくせぇことを聞くんじゃねぇ。詳しいことは本人に聞け」
「そうですか……」
二人の関係は、僕が想像した以上に複雑なことなのかもしれない。アリスさんは知ってそうな風に見えたが、こうも言われたら詳しく聞けるとは思えない。
諦めて視線をアリスさんから外すと、
「だがこれだけならオレの口から言える」
僕の質問に答えてくれた。
「フェイルは……ソランの元弟子なんだよ」




