10‐15.頼もしい援軍
オルトロスとの戦闘は、終始カイトさん達がペースを握っていた。カイトさんとベルクがオルトロスのそれぞれの頭の正面に立ち、ウィストとミラさんが左右に分かれて囲んだ。レンは自由に動き回ってオルトロスを撹乱していた。
レンだけのときはどんだけ動き回ってもオルトロスに動きを捉えられたが、カイトさん達が来てからはそれはなかった。
「オルトロスは全方位を見渡せる視野を持つ。不意打ちは効かない。だからタイミングを合わせて攻撃するよ」
カイトさんの合図で、全員がほぼ同時に動き出して攻撃をする。オルトロスには二つの頭があり、それぞれの目がお互いの死角を埋めるようにして視界を確保している。だからレンがどんなに素早く動いても、見逃すことが無かったらしい。
だが全方位の攻撃を見れたとしても、全方位の攻撃を止められるということにはならない。カイトさんはそこを突いた。
目論見通り、オルトロスは一つや二つの攻撃を防げても、全部を防ぎきることはできていない。ベルクとカイトさんの攻撃は防げても、脇からのミラさんやウィスト、レンの攻撃は身体に通る。避けようとしてもすぐにレンが追いつき、足止めをして大きく距離を取らせない。再びカイトさん達が取り囲んで最初と同じような状態に戻る。それが何度も続いた。
そして―――、
「とどめだぁ!」
動きが鈍くなったところを、ベルクが右の頭に向かって大剣を振り下ろした。避けられなかったオルトロスの右頭は、頭頂部から血を噴き出した。
足を止めたオルトロスに向かってウィストが、
「こっちもよ!」
左の頭に向かって双剣を突き刺した。深く突きさした後に剣を抜くと、傷口から血が溢れてくる。
二つの頭が致命傷を負うと、オルトロスはゆっくりと地面に倒れた。遠目でも絶命したことが分かる、そんな倒れ方だった。
「よしっ。とりあえずは安心かな」
カイトさんがそう言うと、皆が大きく息を吐いた。
「マジびびったわぁー。なんでオルトロスがいるんだよ」
「ほんとだよねー。空気っつうかダンジョンを読めって話ぃー」
ベルクとミラさんは安堵して会話するなか、ウィストが僕の下に駆け寄ってくる。
「ヴィック、ラトナ、平気? 怪我は?」
ウィストが心配そうな表情で様子を窺う。その心遣いが少し嬉しかった。
「うん。足を怪我してるけど、なんとか」
「あたしは大丈夫。ヴィッキーに手を貸したげて」
「分かった。けど、その前に……」
遠くから足音が聞こえ、その方向に目を向ける。モンスターかと思ったが、目に映ったのは走って来るフィネの姿だった。
「ヴィック!」
僕の名前を呼びながら走り、近くまで来ると僕の身体に跳び込んできた。ぶつかった衝撃に耐えきれず、地面に倒れてしまった。
「フィネ……ちょっと落ち着いて」
「良かった! 生きてて、ホントに良かった!」
顔を僕の胸に押し付けながら、喜々とした声でそう言った。女の子に抱き着かれて、そのうえ生きててこんなにも喜ばれる。恥ずかしいけど嬉しかった。
「僕も、フィネが無事で良かったよ」
「うん。わたしも嬉しい」
捕まっていたはずのフィネは服が汚れているものの、目立った怪我はしていなさそうだ。
僕も安堵の息を漏らすと同時に、この光景に既視感を覚えた。そういえば前にもこんなことがあったなぁと。
顔を上げて周りを見ると、皆が僕らを見てにやついていた。良いものが見れたと言わんばかりの表情で。
「やっぱりそういう関係だったのかー」
「ま、あんだけ好意を寄せられたら、そう思わなくても無理はないかなー」
「そだねー。お似合いっちゃあお似合いだけどね」
「困難を共にした相手と結ばれるって、よくある話だよねー」
「けど二人とも。今はダンジョンにいるんだから、イチャイチャするのは出てからにしてよね」
次々とからかいの言葉を投げかけられ、一気に顔が熱くなる。気づいたフィネも、顔を真っ赤にしていた。
「あ、いや、その、そうじゃなくて……無事だったから嬉しかっただけで……恋愛感情的なのは……あるような無いような……そう! そういう関係にはまだなってなくて」
顔を赤くしたまま弁明を始めるフィネに対し、皆が次々と質問を始める。
「まだってことはいつかはなりたいってことー?」
「はい! ……って違う違う違う! ただ、友達が生きてて嬉しかったから、感極まっただけで……勢いで抱きついただけです!」
「ふーん。フィネは勢いで誰にでも抱き着いちゃうんだー」
「そんなことないです! 好きな人にだけです! ……あ! この好きっていうのは、えーっと、愛してるってことじゃなくて……友達としてです!」
「そっか。じゃあ俺にも抱きついてよ。上級モンスターを倒すのには苦労したんだよ」
「え……? いやこのタイミングでは無理かなーって」
「へー。いろんな人に好かれているカイトには抱き着けないのかー……そんなにヴィックへの好感度は高いんだねー」
「そ、そうじゃなくてですね……そりゃカイトさんよりかは高いですけどヴィックが特別高いんじゃなくて……あ、けどこの場合は高くなっちゃうのかな? あー、もう分かんなくなってきたー!」
散々からかわれて、フィネは顔を赤くしながら頭を抱えた。みんな楽しそうだが、僕も恥ずかしいのでそろそろ止めて欲しかった。
フィネをいじるのに飽きたカイトさんが、「じゃ、そろそろ移動しよう」と皆を促した。
「ここが何階層かは分からない。なんでここにオルトロスがいるのか、なんでエンブがいるのかは分からないが、そういう謎解きは後だ。まずは脱出することを考えよう」
「そうだ! なんでレンがいるんだろう? 死んじゃったって聞いたんだけど、知ってる?」
ウィストが僕に聞いて来るが、僕もそれを聞きたいほどだった。
レンの存在がばれたあの日に、レンはアリスさんによって殺されたはずだった。既に墓を建てられていて実際に死んだかどうかは見てないが、切り取られたレンの腕をアリスに見せられた。あれは本物の腕だったと思う。
だから死んだと思っていたのだが……。
「そういうのはここで考えても分かんないから、出てから本人に聞こうよって話だよ。非戦闘要員が三人もいるんだ。オルトロスを倒せる戦力があるとはいえ、もしモンスターに囲まれたら同じように戦えない。早く出よう」
カイトさんの言葉に、皆が頷いた。オルトロスは倒せた。しかし多くのモンスターに囲まれたらどうなるか分からない。数に押されて何匹かは僕らの下に辿り着くだろう。そうなったらいくらカイトさん達でも対処しきれない。
僕はラトナに肩を借りて立ち上がる。僕、ラトナ、フィネの非戦闘員を囲むような位置取りでカイトさん達とウィストが進むことになった。
上の階層までどう行けば良いのかは分からない。とりあえず進みながら考えようとしたときだった。
「グルルルル……」
前からドグラフが姿を現した。しかも一匹ではなく七匹。
ドグラフは集団戦でこそ真価を発揮する。できれば七匹も相手にしたくなかったが、目を付けられた以上、戦うことは避けられない。
「おいおい……来るの早すぎるだろ」
ベルクが後ろを見ながらうんざりするような声を上げる。振り向くと後ろにもドグラフがいた。しかも前方の集団と同じ七匹。合計十四匹のドグラフに囲まれていた。
「ちょっと、めんどくさそうね……」
いつも強気なミラさんの頬に汗が伝う。こんな状況になれば、誰だって動揺するだろう。皆に守られながら脱出しようと思ったけど、それはできなさそうだ。
「キキキキキ……」
レンは毛を逆立てて前方の集団を睨む。レンが戦ってくれればだいぶ楽になる。この場合、カイトさん達と僕、ウィスト、レンで別れて戦った方がやりやすいだろう。慣れている相手と一緒に動いた方が良いはずだ。
「ウィスト、レン。僕達が前の敵を担当しよう。カイトさん達は後ろをお願い」
「分かった。けど大丈夫かい? 怪我してるんだろ」
心配してくれるのは嬉しいが、今はそうも言ってられない状況だ。
僕は頷いて答えた。
「平気さ。仲間と一緒だからね」
「……なるほど。説得力のある言葉だ」
そう言って、カイトさんは後方に移動する。僕は前に出てウィストとレンの横に並んで二人に視線を送る。
「やるよ。二人とも」
「オッケー。任せなさい」
「キキッ」
二人の返事を聞いて勇気が湧いてきた。この二人と一緒ならば勝てる。そう確信してドグラフの群れと対峙した。
ウィストとレンはあまり動けない僕を考慮して、ドグラフの群れを待ち構える。痺れを切らしたドグラフ達は、僕らの方を睨みながらゆっくりと近づいて来る。
じりじりと寄って来るドグラフ達だったが、ふと一匹のドグラフが後ろを向いた。釣られるようにして他のドグラフも後ろを向く。
奇妙な行動が不可解だったが、その理由は間もなくして明らかになった。
「お、ここにいやがったか、お前ら」
「ホントだ。さすがですねアリスさん」
ドグラフの後ろから、アリスさんとグーマンさんが現れた。まるで街中をぶらつくような落ち着いた様子で。
「名前で呼ぶなっつっただろ。殺されてぇのか?」
「せっかくの良い名前なのに勿体ないじゃないですか」
「嫌に決まってんだろ、こんな女々しい名前。もっとかっこいい名前が良かったわ」
「女性なんだから当たり前じゃないですか」
目の前にドグラフの集団がいる状況にもかかわらず、二人は呑気に談笑しながら歩いて来る。
異様な光景を目にして言葉が見つからなかった。なんで危険なモンスターの前であんなに落ち着いていられるんだ?
油断していると思われたのか、二匹のドグラフがアリスさんとグーマンさんに跳びかかる。速くて予備動作がほとんどない動きだ。そのうえアリスさんはグーマンさんの方を向いている。攻撃をくらうことは容易に想像できた。
しかし、
「舐められるから嫌なんだよ」
アリスさんは瞬時に剣を抜いてドグラフの顔面に突き刺し、
「それはあるかもしれないですね」
グーマンさんは別のドグラフの腹にハンマーを振り上げた。
一瞬の出来事だった。二匹のドグラフが地面に落ち、ピクリとも動かなくなる。
完全に気が抜けている様な立ち振る舞いから、瞬時にスイッチが切り替わったかのようなカウンター。僕はその動作に目を奪われてしまった。
「おいこらヴィック」
ぼうっとしていた僕にアリスさんが声を掛ける。同時に、目の前に一匹のドグラフが迫っていたことに気づいた。
いつの間にこんなに近づかれてた? すぐに盾を構えるが、間に合わない。
ドグラフに跳びかかられたとき、ばんっと大きな音が響いた。何の音か分からなかったが、跳んできたドグラフにぶつかったときに音の正体に気付く。ドグラフの頭から勢いよく血が噴出していた。
「ぼさっとしてんじゃねぇ」
アリスさんの手にはピストルが握られていた。高速で動くドグラフに向けて、僕に当たらない様に撃ったようだ。その腕前に戦慄し、僕に当たらなかったことに安堵した。
「さーて、ひぃ、ふぅ、みぃ……十一匹か。おいグーマン。オレが手前の奴らをやるから、お前は奥の奴をやれ」
「あれ? 僕に譲ってくれるんですか? いつもは多い方をやりたがるくせに」
「ばーか。お前の修行だよ。ここで護衛をするのは初めてだろ? そのためだ」
「なるほど。そういうことならこっちはお任せします」
会話をし終えると、グーマンさんはドグラフの群れに向かって走り出す。ドグラフ達は身構えたが、それを無視するが如く群れの上に向かって跳躍する。何匹かは反応して空中のグーマンさんに向かって跳びかかったが、グーマンさんはハエを払うかのようにしてハンマーを振って追い払う。
グーマンさんは何事も無かったかのように着地すると、僕の横を通り過ぎて後方のカイトさん達の下に走って行った。
見事なスルーっぷりに感心していると、前方からドグラフの鳴き声が聞こえた。視線を戻すと、ドグラフの群れの中に入り、二本の剣を持って相手取っているアリスさんがいた。
ドグラフは集団戦が得意で、時には格上のモンスターを倒せるほどの潜在能力を持つモンスターだ。それは相手が冒険者であっても同じである。
そのはずなのだが……、
「ま、こんなもんか」
一分もしないうちに、立っているドグラフはいなくなっていた。ドグラフ達は地面に倒れて血を流している。どれも致命傷と思われる傷だ。息をしている個体もいるが、じきに死ぬだろう。
「さぁって怪我人は……お前ら三人か」
剣についた血を払い落としたアリスさんが、僕と後ろのラトナとフィネを見る。
「重傷はお前だけで、死にそうにもない怪我だな。けど帰りは誰かにおぶってもらった方がいいぞ」
僕を見ながらアリスさんが忠告をする。実際、立っているのもやっとなので、できれば誰かの手を借りたかった。こんな状況なのでそんな事も言えないのだが……。
「そうしちゃうと誰かが戦えなくなるので、頑張って歩きます」
足手纏いにはなりたくなかったので、アリスさんの心遣いを断った。
「あぁん? 舐めてんのかてめぇ」
だけど、ヤンキーみたいな口調で怒られた。
そんなに変な事を言ったかな?
「えっと……できるだけ戦力を減らしたくないと思ったので……」
「んなこと考える必要ねぇんだよ。いいか? 耳をかっぽじってよぉく聞け。お前らの護衛をするのはこのオレと」
アリスさんが後方で戦っているグーマンさんを指差す。いつのまにか、グーマンさんの周りにはいくつものドグラフの死体が転がっていた。
「オレの弟子であり、過去五年で唯一ここを踏破した中級冒険者がいるんだ。てめぇの心配は無用なんだよ」