2-3.ボーイミーツガール
冒険者ギルドでモンスターの素材を買い取って貰った後、僕は武器屋に立ち寄った。最初に装備一式を買って以来の訪問だ。あの時は何も考えずに安い装備を揃えたが、他の冒険者達を見ていると色んな装備を見てみたくなった。
全身を甲冑で纏って大きな武器を持っている者がいたかと思えば、逆に軽くて動きやすそうな服を着て小さな武器を持っている者もいる。派手な色の装備や、地味な薄暗い色の装備。大剣やハンマーといった近接武器や弓やボウガンなどの遠距離武器。探してみると、いろんな装備が目に入った。皆それぞれ、自分に適した装備を揃えているようだ。
その一方で、自分が如何に装備を軽視していたかを知って恥ずかしくなった。お金が無かった最初の頃ならともかく、いつまでも同じ装備では先が不安だ。今はマイルスダンジョンの一階層を攻略した程度だが、先に進むにつれて装備も重要になってくる。そのためにも、新たな武器を手に入れるべきだと思った。
早速、店に並べられた武器を見ていく。欲しいのは自分に合い、かつグレードが上の装備だ。一致する装備があれば目標が具体的になり、今後の励みになる。
武器や防具を見ていると、ここには下級・中級冒険者向けの装備が多くあった。一つ上のグレードの装備の武器だと二万G、防具一式だと十万Gだ。今日買い取って貰ったコッコのお蔭で、現在の残高は一万五千G。あと少し頑張れば、武器は買えそうだった。
しかしながら、自分に適した武器を探すとなると容易には買えない。僕に合う合わないを確かめるには、実際に使ってみないと分からないのだ。剣以外の武器だと、最低でも一万G。これが上のグレードならともかく、入門用武器でこの値段は厳しい。仮に僕に適していても、すぐに上等な武器が必要になるからだ。金に余裕があるのならば色んな武器を試せるが、今の段階では金銭的な問題で無理だ。それとも先行投資的な意味で買うべきなのか。
「おい、兄ちゃん」
どうこうと悩んでいると店員が声を掛けてきた。横幅の広く、厳つい顔をした男性だ。貫禄のある顔から、それなりに歳を取っていることが伺えた。
声を掛けられた理由が分からず、僕は「はい」と返事をする。悩みごとの相談に乗ってくれるのかと期待した。
「買わないんだったら出て行ってくれねぇか? 邪魔だから」
世間はそんなに甘くはなかった。
とにかく金が必要だ。僕は改めて確信した。
武器を試すにも揃えるのにも、それを買う金が無ければ始まらない。店の人も暇じゃない。彼らは買おうとしている人を相手にしたがっている。お金が無いと話すら碌に出来ないのだ。
武器屋から出て冒険者ギルドに着くと、僕は掲示板の下に向かった。
掲示板には、難易度問わずに色んな依頼書が貼られている。特定の素材集めや迷惑をかけているモンスターの討伐、ダンジョン内の要人の護衛など、色んな依頼があった。
僕はその中から自分でも達成できそうな依頼を探す。依頼を受けても、難易度が高くて失敗したら意味がないのだ。
しかし掲示板に貼られている依頼書の中には、あまり良いものは無かった。
文字が読めない僕は、新しい依頼書が貼られるたびに職員の人に読み上げて貰っていて、それらの内容を覚えている。今掲示板にある依頼書は、報酬が安かったり、一人では達成が難しいもので、前に見たときと同じものばかりだった。
僕が望んていたのは、一人でできて報酬も良い依頼だ。そういう依頼はたまにあり、今までに二回ほど受けたことがあった。効率よく稼げるので、新人にはもちろん、経験を積んだ冒険者にも人気がある。
そのため、効率の良い依頼は、掲示板に貼られたらすぐに他の冒険者が受注してしまうことが頻繁にあった。
そう都合よくはないか。僕は諦めて報酬が安い依頼を受けることにした。依頼は依頼書を受付に持って行けば受注ができる。
僕は掲示板に貼られた依頼書に手を伸ばした。
「ちょっと待って」
その直後、伸ばした手が何者かに掴まれた。掴んだ手は柔らかく、その感覚だけで女性であると分かった。
声がした方向を見ると、一人の少女がいた。
オレンジ色のショートヘアーで、身長は僕より少し小さい可憐な少女。彼女は僕の手を掴んだまま、申し訳なさそうに尋ねて来た。
「いきなりごめんね。君、依頼を受けようとしているんでしょ?」
いきなり手を掴まれたことに驚いたが、僕は何とか首を縦に振る。
「じゃあさ、一緒に依頼受けない? あそこにいる依頼人が、あと一人人手が欲しいって言うもんだからさ」
少女が指した方向には、黒い短髪の大柄な男性と、金色の短髪で細身の男性がいた。二人は僕たちの方を見ず、親しげな様子で会話をしている。
「依頼は二人の護衛と荷物運び。今からダンジョンに向かうんだけど、急な依頼だからその分報酬は高いの。一人一万Gだって」
「やる」
間髪入れず、承諾の返事をした。冷静に考えなくても、割の良い依頼だと分かる。
直後、少女の顔は明るくなった。
「ありがとう! じゃあ、早速行こう」
少女は僕の手を引いた。急な強い力に倒れそうになるが、何とか足を踏み出して持ちこたえる。少女は僕を依頼人のもとに連れて行こうとしていたが、その前に聞きたいことがあった。
「何で僕を誘ってくれたの?」
目の前にいる少女は、今初めて見知った。僕は毎日冒険者ギルドに来ているが、少女の姿に見覚えが全くない。しかも僕はお世辞にも優れている冒険者とは言えない。
知り合いではなく実力者でもないそんな僕をわざわざ誘う理由が分からなかった。
「他にも冒険者はいるのに……なんで僕なの?」
「顔見知りじゃないのは当然だよ。昨日ここに来たばっかりだしね」
少女は平然ととんでもないことを口にした。
ダンジョンは危険が一杯だ。冒険者を襲うモンスターが生存し、道に迷っても可笑しくない迷路のような場所だ。ヒランさんからは、まずダンジョンに慣れた後に依頼を受けるのが良いと僕は教えられた。
しかし少女は、ダンジョンに入った経験が無いにもかかわらず、ダンジョンに入る依頼を受けた。その度胸は、豪胆というより馬鹿なのではないかと疑ってしまう。
「君を誘ったのは、職員の人が薦めてくれたからだよ。フィネって人なんだけど、知ってる?」
「フィネさんが……」
僕は周囲を見渡してフィネさんを探す。フィネさんは受付で冒険者と話をしている。初めて会った頃とは違って慌てずに、そのうえで元気な声と笑顔で対応していた。冒険者が受付台に視線を下げたとき、僕に気付いたのか、彼女と目が合った。
するとフィネさんは、軽く小首を傾げて微笑みかけてくれた。
笑顔を見せてくれた時間は一秒くらいだった。だけどあの表情は、僕の知っているフィネさんの笑顔とは随分と違っていた。
そのせいか、フィネさんの顔がいつもの元気な笑顔に戻っても、さっきの笑顔が目に焼き付いていた。
動揺して鼓動が大きくなっている。あれは気のせいだ。多分営業用の笑顔だろうと言い聞かせて、胸を落ち着かせる。
少し冷静になった僕は、フィネさんのお蔭で依頼を受けられることを思い出した。依頼が終わったらお礼を言っておこう。
「知ってるよ。とても、良い人だ」
なるべく平静を保って、僕はそういった。それを聞いて少女は満足そうな笑みを見せた。
少女が再び僕の手を引く。
「じゃあ、行こっか」
「うん……そう言えば、君の名前は?」
肝心な自己紹介をしていなかった。少女も「おっと、忘れてた」と気付いてから僕の顔を見る。
「私はウィスト、十六歳。ウィストって呼んでね。よろしく」




