10‐12.助けたい想い
今になって、思い出したことがある。フィネの家に行ったのはウィストとヴィックだが、その場所で偶然クラノに会っていた。一緒に残された紙の内容を見たとき、ヴィックが走り出してウィストがついて行った。
じゃあクラノはどうしたのか。
おそらく、今見ている光景がその答えなのだろう。
ベルクの拳が、ヒュートの後頭部に振るわられた。身長百九十センチ、体重九十キロはあるだろうベルクが放った、渾身の力を込めた拳。それを何の備えもせずに受けたヒュートは、勢いよく飛んで行って壁にぶつかった。ヒュートの身体は地面に崩れ落ちる。そして起き上がることなく、地面に伏したままになった。
「あら、あれで終わりなのね。意識があったら今度は私がやろうと思ったのに」
ベルクの背後からミラが現れる。不機嫌そうな顔をしている様子から、よっぽどヒュートを懲らしめたかったのだろう。
「そんなことより、二人とも大丈夫? あ、フィネはこれを着て」
フィネの傍にカイトが駆け寄る。カイトはフィネの姿を見てすぐに上着を渡した。
「ありがとう、ごさいます」
「……よく頑張ったよ。あとは俺達に任せて」
涙目になっているフィネをカイトが慰める。気が回るところはさすがと言える。
「ウィストは……やっぱり大丈夫そうだね。動ける?」
「変な薬のせいで、まだ身体が痺れてる……。それよりも」
ふとフェイルの存在が気になった。さっきから一言も喋っていない。何をしているのかと思い、穴の方に視線を向ける。
「……あれ?」
そこには誰もいなかった。いつの間に逃げてしまったのか。
「フェイルがいたのか?」
「うん。さっきまでそこに。けど……」
「すれ違ってねぇから別の道から逃げたのか……。ラトナを巻き込んだことを後悔させたかったんだがな」
ベルクが苦々しい表情で悔しがる。そのベルクの背中をミラが叩いた。
「それは上の人に任せるの。それより、ラトナを助けないと」
「ヴィックもね。ウィスト、二人はどこ?」
カイトの質問を受け、ウィストは少しだけ動くようになった手を使って穴の方を指差す。
「あそこに落ちたの。けっこう高さがありそう」
穴を覗き込んだカイトは、「ふむ」と考え込むと地面から石を拾って穴の中に投げ込んだ。数秒してから石が地面に着く音がして、次に石が転がっていく音が聞こえた。
「途中で坂になってるみたいだから、上手く受け身を取っていたら無事かもしれない」
「そっか。じゃあ行くしかないな」
ベルクが大きなバックを地面に置き、中を漁りだす。バッグからは縄梯子が取り出された。
「これで途中までは降りられる。坂になってるみたいだから、そこからは怪我しない様に慎重に進むぞ」
「りょーかい」
「ウィストとフィネはここで待ってて。後から先輩の冒険者達が来ると思うから」
「来ると思うって、けっこうアバウトだね」
ウィストの突っ込みに、ベルクが「そりゃな」と反応する。
「ラトナがやばいって聞いたからな。すぐにこっちに来たんだよ。だからあの後の事は知らん」
「大丈夫でしょ。あのクラノって人、ヒランさんにも伝えてたからすぐに来るって」
やはりか。ウィストの抱いていた疑問の答えはあっさりと解決した。
クラノはウィストやヴィックと違い、ギルドに報告に行ったようだ。それを聞いたカイト達がここにいち早く駆け付けた。この様子だと、さらに救援も来るみたいだ。
とりあえず、ウィストとフィネの無事は保障された。被害者であるウィストは、このまま休んでも罰は当たらないだろう。
しかし―――、
「私も行く」
カイト達がラトナを心配するのと同じように、ウィストも穴に落ちたヴィックの事が心配だった。
未来の相棒が危険な状態なのに、休んでいる訳に行かない。
「ヴィックは未来の相棒だから、私が助けに行かないと」
身体の痺れも大分抜けてきている。あと数分もすれば動けるはずだ。
「だめだ。怪我をしてるみたいだし、よく分かんない薬も嗅がされたんだろ? 今のウィストは体調が万全だとは言えない。それに君が一緒に来たらフィネの護衛はどうするんだ? ここに来るまでは何故かモンスターと遭遇しなかったけど、この後も遭わないとは限らない。そんな状況でフィネを置いて行くのかい」
「それはそうだけど……」
カイトの正論に反論できなかった。
たしかにその通りでカイトの方が正しい。しかしヴィックが危ない状況かもしれないのに、ただ待つだけなんて耐えられない。
どうにかしてヴィックの下に行こうと、ウィストが考えていたときだった。
「じゃあ、わたしも行きます!」
フィネがいつもの元気な声で、そう言った。
「行くって……どこに?」
「ヴィックさんを助けに行くんです! わたしが行けばウィストも一緒に行けますよね」
まさかの提案に、一同が驚いた。いつも冷静なカイトも、目を大きく見開かしてフィネを見ている。
「待ってフィネ。ここはダンジョンだ。しかも中級ダンジョンのなかではかなり危険なレベルで、俺達でもラトナの事が無かったら来なかったほどの危険な場所なんだ。救援を待つだけならともかく、一緒にダンジョンを進むなんてことは―――」
「わたしも、皆さんと同じ気持ちなんです」
フィネの真剣な表情に、カイトは口を閉ざす。そしてフィネが言葉を続けた。
「カイトさん達がラトナさんを、ウィストがヴィックを大事に思い心配するのと同じように、わたしも二人が心配なんです。冒険者をサポートする、そのためにギルド職員になったんです。ウィストがカイトさん達に同行すれば、二人を助けられる可能性が高くなります。その可能性を排除して、足を引っ張る様なことはしたくないんです。たとえ、わたしが危険な目に遭っても。だから、ウィストとわたしを連れてってください!」
カイトの方にずいと迫りながら、フィネが懇願する。その迫力に押され、カイトが視線を逸らす。
「カイト。俺は良いと思うぜ」
「私も。いざという時は私も守るからさ」
さらにベルクとミラの後押しも加わる。
カイトは溜め息を吐いて、肩を落とした。
「分かったよ。ウィストとフィネも連れてく。それで良いでしょ」
「はい! ありがとうございます!」
フィネがいつもの笑顔を見せる。眩しい笑顔を見て力が湧いて来る。
いつの間にか、身体の痺れがほぼ無くなっていた。ウィストはゆっくりと立ち上がり、身体の動きを確認する。よし、大丈夫そうだ。
「よし。じゃあ行こう。ちゃんと俺の指示を守ってね」
「はい!」
「オッケー」
ベルクが梯子を穴に設置し、ウィスト達は穴に下りる。
待っててヴィック、ラトナ。今すぐ、助けに行くから。