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冒険者になったことは正解なのか?  作者: しき
第十章 中級冒険者
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10‐11.曲げない心

「まったく、僕の想像以上のことをしてくれるね」


 フェイルはヴィックとラトナが落ちた穴を覗き、愉快そうな表情をしていた。見ていて不快だったが、ウィストは目を逸らさずに聞く。


「ふちゃりは、どこにひったの?」


 まだ身体が痺れていて呂律が回らない。しかし言葉の意味を察したフェイルは「さぁ?」と返事をする。


「ここは僕も踏破してないからね。この穴がどこに通じてるかなんて知らないよ。ま、僕はどっちでもいいけどね」

「どうでもひい? じゃあにゃんで、こんなこひょをしたの?」

「ラトナちゃんだっけ。あの子が嫌いだからだよ。前に進もうとする者を陥れようとする。そういう人間、僕は大嫌いだ」

「ラトナはそうじゃにゃい!」


 フェイルは呆れた様な顔をした。


「……君には分からないことさ。さて、あとは君の処理だけだ」


 冷めた目で見下ろすフェイルに、ウィストは視線を逸らさずに睨み返す。例え殺されることになっても、こんな奴に屈する気など無い。


「睨まないでよ。さっき言ったでしょ、解放するって」


 ラトナを穴に落とした時点で信用度はゼロだ。ウィストは睨み続けるのを止めなかった。

 そんなウィストの意志を察したのか、


「あぁ、君には同じことはしないよ。別に君の事は好きでも嫌いでもないから」


 敵意が無いことを伝えられる。


「わざわざ出口まで送り届ける気はないけど、手を出す気も無いさ。いずれ痺れが解けるから、それまで我慢すればいいさ。僕はその間に逃げさせてもらうけどね」


 口ぶりから嘘を言っている様には思えなかった。本当にそうなのか、と考えてしまう。

 だがフェイルが逃げる前に、聞くことがあった。


「フィニェはどこ?」


 フィネの事だ。フィネもラトナと同様に捕まっている。彼女を助けなければ、ここに来た意味がない。なんとしてでも聞き出さなければならないことだ。


 するとフェイルは、にやりと笑った。待っていたよと言わんばかりの笑みに、寒気がした。


「安心しなよ。解放する。この言葉に嘘はないさ」


 笑みを浮かべながらフェイルは喋る。その顔を見たら、まったく安心できなくなった。


「嘘はつかない。僕はフィネちゃんに手は出さない。むしろ送り届けても良いほどだ。ただし―――」


 背後から足音が聞こえた。二人分の足音で、遠くからゆっくりと近づいて来る。

 ウィストは顔を向けてその人物を見た。


「それは、僕に限っての話だ」


 一人はフィネ、もう一人は下級冒険者のヒュートだった。フィネは後ろに両手を回されてロープで縛られている。そのロープの先をヒュートが握っていた。


 レーゲンダンジョンに訪れる前から、気になっていたことがあった。どうやってフェイルがフィネの家の前にあの紙を置けれたのか、ということだ。

 現在、フェイルは指名手配されている身だ。逃げ隠れが上手いとはいえ、似顔絵付きの指名手配書が街中にあるなかでフィネの家まで行くのはリスクが高い。そんな行動を取ってまですることなのか、という疑問があった。

 だが、協力者がいるとなれば話は別だ。そいつにあの紙を置いてもらえば済む話である。その協力者が、目の前にいるヒュートということだ。


 ウィストは歯を強く噛みしめる。こういう事を想定して、先に協力者を探すべきだった。それを怠った自分に腹が立った。

 そしてヒュートにもだ。多くの冒険者と一般人を危険な目に遭わせたフェイル。そんな奴と協力する選択をしたことに、ウィストは怒りを隠せなかった。


「ヒュート! なんでこんなひゃつと協力してるの?! こいつがどんなひゃつか知ってるでしょ!」


 ウィストの怒鳴り声に、ヒュートは「くくっ」と笑う。


「こんなひゃつって……ひゃつって何だよ。ははっ。ちゃんと喋れよ期待のルーキーちゃぁん」


 笑いを堪えながら馬鹿にするような口ぶりだった。ウィストの顔がしだいに熱くなる。


「質問にこひゃえろ!」


 ヒュートはぷっと噴き出してから、盛大に笑いだした。フェイルですらにこにこと笑みを浮かべているだけで声は上げなかったが、ヒュートは愉快そうに笑い続けた。


「こひゃえろって、は、ははは! 笑えるよウィスト。あの天才が、こんな馬鹿晒すなんて夢にも思わなかったよ。あはははは!」


 対話をする気のない態度に、ウィストはまた奥歯を強く噛んだ。ヒュートは今、自分が優位に立っていることで調子に乗っている。これじゃあ碌に会話すらできやしない。


「あー、笑った笑った……で、フェイルさんと協力してる理由だって?」


 思いっきり笑い終えた後、気を取り直したヒュートが質問を確認する。


「そうよ。フェイルのことを知ってひゃら―――」

「くくく、笑わせないでよ」


 少し呂律が回らなくなるだけでこれだ。ゆっくりでもいいからちゃんと言わないとまた話が中断してしまう。

 ウィストは口の痺れを気にしながら再度質問をした。


「フェイルは、指名手配犯よ。なんでそいつと、協力するの?」


 慎重に口を動かして、やっと普通に言えた。

 ヒュートは笑うのを止めて、ウィストを見下ろした。


「理由? そんなもん決まってるだろ」


 言い切ると同時に、ウィストの腹に痛みが走る。息が止まるほど蹴りを、ヒュートに食らわされた。


「ゴホッ……な、なにを―――」

「お前らに、こうするために協力したんだよ!」


 再度、ウィストの腹が蹴られる。身体が痺れてもろに食らってしまう蹴りは、モンスターの攻撃と同じくらいの衝撃があった。

 何度も蹴られ、耐えきれずに胃の中のものを吐き出した。


「おぅえ、ごほっ、ごほっ」

「ははは! あの天才が吐いてやがる! この僕の手によってだ! 何て無様な姿だ! とても愉快だよ!」


 何度も腹を蹴った後、ヒュートは立ち位置を変える。ウィストの頭の前に立ち、にやりと笑った。

 何を考えているのかを瞬時に察し、ウィストは痛みに備えて歯を食いしばった。


「やめてください!」


 フィネの声で、ヒュートは振り上げた足を地面につける。終わったかと思ってウィストは安心したが、直後に響いた音を聞いてそれどころではなくなった。

 柔らかいものが強い力でへこむような打撃音。膝を地面につけ、身体を曲げて頭も地につけるフィネに、拳を握ったヒュート。

 音の正体を知り、ウィストの頭に血が上る。


「ヒュート! あんた、何したか分かってんの?!」


 ウィストの怒号に、ヒュートはとぼけた様な顔を見せる。


「ん? フィネの腹を殴っただけだよ。それがどうしたの?」

「ふざけないで!」


 フィネは一般人だ。例え下級冒険者のヒュートでも、一般人よりかは鍛えられている。そんな人間に拳を振るわれたら大怪我に繋がる恐れがある。それを知ってて、いや知っていなくても、フィネに暴力を振るうなんてのは最低な行為だ。


「許さない……」

「許さないだって? それはこっちのセリフだよ」


 眉を顰めながら、またウィストの腹に蹴りを入れる。何度も蹴られたせいか、衝撃が鈍くなっている気がした。

 それよりも、こっちのセリフってのは何のことだ。


「その様子だと、全然自覚が無いようだね。君やヴィック、あのカイト達のせいで僕がどんな惨めな思いを味わったかなんてことは」


 ヴィックとカイト達も? ますます見当がつかない。


「なんの、ことよ?」

「マイルスダンジョンの平均的な踏破日数は、専業冒険者なら二年。にもかかわらず、君達は六七ヶ月で踏破した。これで分かるだろ?」

「分かんないわよ」


 ヒュートは舌打ちをして、苛立った様子で叫ぶ。


「お前らのせいで、同時期に冒険者になった僕が見下されてるんだよ! お前らみたいな異端共のせいでな!」


 頭に衝撃が響く。視界が揺れ、意識が飛びそうになる。蹴られる直前に察して心構えができたお蔭で、なんとか意識は保つことができた。痛いが、耐えられる痛みだ。


「僕は至って普通の冒険者なのに、お前らが無駄に早く踏破したせいで馬鹿にされてんだぞ! 劣等冒険者とか怠け者だとか陰で言われてんだぞ! 挙句の果てには、最近冒険者になった奴にまで馬鹿にされる始末だ! 俺は年上で先輩だぞ! 敬えよくそ野郎!」


 何度も何度も、身体を蹴られ続ける。全身から響く衝撃だけじゃない。ヒュートの憎悪が痛かった。

 この感覚は以前にも浴びたことがある。まだ冒険者に成り立ての頃、ヴィックに鬱憤をぶつけられたときと同じだ。


「けど、それだけならまだマシだった。我慢して無視すれば耐えられないことは無かった。だというのに、そこの女が余計なことをしやがった」


 恨みをぶつけるように、ヒュートがフィネを睨んだ。フィネは未だに身体を縮こまらせている。余程、殴られたのが堪えているのだろう。にもかかわらず、ヒュートはフィネの髪の毛を掴んで顔を持ち上げた。

 「うぅ」フィネの嗚咽が聞こえてくる。苦しんでいるフィネを前にして、何もできない自分に腹が立った。


「お前、自分が何て言ったか覚えてるか? 覚えてねぇよな! 脳みそ使わない能天気なお前が覚えているはずがねぇ!」

「すみません……分からないです」

「じゃあ教えてやるよ! モンスターを狩れずにギルドに戻ったとき、お前は他の奴らがいるにもかかわらずこう言ったんだ! 『頑張れば次は何とかなりますよ』ってな。僕が頑張ってないとでも思ってんのか?! そのせいで周りに笑われたんだぞ!」

「あのとき、ヒュートさんを笑っている人はいませんでした……」

「お前が気づかなかっただけなんだよ! ともかく僕は、お前らのせいで侮辱され続けたんだ。その代償を払ってもらうぞ」


 ヒュートがゲスな笑みを浮かべる。嫌な予感がした。


「代償って、何よ?」

「何もできない女二人に自由に動ける男一人。この状況で払えるものなんて決まってるだろ」


 腰に下げていた剣を持ち、フィネの方に向けた。刃をフィネの方に引っ掛けると、


「身体で払ってもらうんだよ」


 剣を動かして、フィネの服を斬り裂いた。

 「あっ」フィネが小さな悲鳴をあげる。腹部から胸部の下部分まで斬られて、フィネの肌が露わになった。


「や、やめてください!」


 顔を青ざめたフィネに対し、ヒュートは醜い笑みを浮かべる。


「嫌だね。お前は僕に遊ばれた挙句、最後は殺されるんだ。その運命からは逃げられない」

「……ヒュート。それ以上やったらただじゃおかない」

「そんな身体で何ができるんだよ、ウィスト。あ、そうだ。フィネ、君に一度だけチャンスを上げよう」


 何かを思いついたかのような様子のヒュートが、フィネの目をじっと見つめる。


「『他の冒険者の手伝いなんかしません。これからはヒュート様に尽くします』って宣言しな。そしたら命だけは助けてあげるよ」


 最低、とウィストは言いたくなった。

 上から目線の下劣な顔から放たれる人を試すような提案。守るつもりが一切ない約束だ。ああやってフィネの困る様子を見て楽しむつもりなのだ。


 だがこの提案、ウィストとしては吞んでほしかった。フィネに助かって欲しいということもあったが、何より時間稼ぎができるからだ。

 ウィストの身体にはまだ痺れが残っているが、最初に比べれば身体の感覚が戻って来ている。あともう少しだけ時間を稼げば動くことができる。そうなればフィネを助けられる。


 だけどフィネは、たった数秒で答えを出した。


「ごめんなさい。言えません」


 ヒュートのにやついていた笑顔が固まった。言葉を理解したのか、数秒ほど待ってから「は?」と聞き返す。


「言ったよね? 一度だけのチャンスって。何でそれを不意にするの? わけわかんないよ」


 笑顔を張り付かせながら問うヒュートに向かって、フィネは涙目ながらも真っ直ぐとした目で見つめ返す。


「あたしは……たくさんの冒険者のお手伝いをしたいのです。冒険者に成り立ての人や冒険に慣れてきた人。腕が立つ人や立たない人。生活が順調な人やそうでない人。いろんな人を応援したいのです。ヒュートさんを応援するのが嫌なんじゃないです。ただあたしは、多くの人の成功する未来を見たいんです。だから、ごめんなさい。断ります」


 フィネの真摯な答えに、ウィストは息を吐いた。今だけ嘘を言えば助かったかもしれないのに、その機会を逃した。こんな風に自分の事を二の次にするのがフィネの悪いところだ。

 だがそれがフィネらしい。その選択に、ウィストは安堵した。

 ここから助かったとしても、今回の事を機に恐怖を抱いてギルド職員を辞めるんじゃないかという不安があったが、それは無さそうだった。


 一方で、ヒュートの胸中は穏やかではなさそうだった。

 ヒュートは顔を真っ赤にして、力強く剣を握っている。


「そうか……そんなに僕に尽くすのが嫌なのか……」


 そうじゃないことをフィネが説明したはずなのだが、聞いてなかったかのような言葉を口にする。

 まずい。今にも剣でフィネを刺しそうな様子だ。


 ヒュートはフィネの服を掴んで剣を突き立てる。


「じゃあしょうがないなぁ! お望み通り、お前の身体を汚してやるよ! 綺麗なところが一つも残らない程にな!」


 ヒュートの怒りを前に、フィネは目をぎゅっと閉じる。ヒュートの暴力を受けるつもりだ。ヒュートを止めに入りたいけど、まだ痺れが残っていて身体を起こせない。


 何もできない。自分の無力さが恥ずかしかった。天才とか期待の新人とか言われていても、大事なところでは友達を救えない。

 無力感を抱きながらも、何とかして立ち上がろうとする。力を振り絞っても、身体が地面から少し離れたところからは動かない。怒りを抱けば力が湧くだろうか。そう思ってヒュートの方に視線を向ける。


「え?」


 だが、視界には考えてもいなかったものが映っていた。


「ん? なんだウィスト。友達がこんな目に遭うのがそんなにもショックか?」


 ヒュートはフィネの身体を地面に押さえつけて、服を斬り裂き始めようとしている。たしかにこの光景は見ていて衝撃を受けるものだ。


 しかし、ヒュートの後ろにいる人物を見たら、そんな心配は不要となった。


「この頓珍漢野郎が」


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