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冒険者になったことは正解なのか?  作者: しき
第十章 中級冒険者
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10‐10.傷だらけの救世主

「なんで……?」


 予想しなかった登場に、ラトナは動揺した。


 休んでいたはずのヴィックが突然現れ、ラトナを守るようにして残ったドグラフと向かい合っている。ドグラフは警戒してなかなか動こうとしない。

 先に動いたのはヴィックだった。盾を構えながら走り、盾で殴りつける。ドグラフは後ろに跳んで下がるが、予想していたのかヴィックは足を止めずに前進する。

 ドグラフが着地した瞬間、右手で持った剣を突き出し、ドグラフの身体に刺さった。「キャウン!」ドグラフは痛みに耐えきれず、地面に倒れた。


「一対一ならグルフと同じだね」


 ドグラフの身体から剣を抜いて、ヴィックは呟いた。ヴィックが持っている剣は、いつものと違っていた。鞘と柄が汚れているが、剣身は綺麗に白く輝いている。

 ヴィックは剣を一旦鞘にいれると、バッグから薬の入った容器を取り出す。容器の蓋を開けて指を入れると、指先には白い物体がくっついていた。


「ちょっと我慢して」


 それをラトナの首にできた傷口につける。ピリッとした感覚で少ししみるが首の出血が治まった。いつの間にこんな便利な薬を持っていたのか。


 ラトナの首の治療をしたヴィックは、再度剣を抜く。視線の先には、さっきまで離れた場所にいたワーウルフが近くにまで来ている。

 あのモンスターはまずい。カイト達と一緒に相手をしたことがあったが手強いモンスターだった。当時はまだ下級冒険者であったものの、ウィストの助けを得てやっと勝てたモンスターだ。ヴィック一人では勝てない。


「ヴィッ、キー……逃げ、てっ!」


 喉を傷めながら、ラトナは叫んだ。

 元々、自分を犠牲にしてでも助けようとしていたのだ。だから囮に使ってもいいから逃げてほしかった。


 だけど、


「大丈夫。必ず助けるから」


 逃げる気は無さそうだった。


 ワーウルフは距離を詰め、鋭い爪を使ってヴィックに斬りかかる。両手による素早い連続攻撃。腕力があるため、まともに受けたら力負けしてしまう。そのうえ脚も速い。ワーウルフはフットワークを駆使して、位置を変えながら攻撃を仕掛けてくることが多い。ヴィックだけで対応し切れるか心配だった。

 案の定、ヴィックは守勢に回っていた。防御するのに精一杯で、反撃が出来ていない。ワーウルフを調子に乗らせると、止めどなく攻撃をされ続ける。躱されても良いから反撃する必要があった。

 ヴィックができないのなら、ラトナが動かなければならない。狙われる危険性もあったが、ヴィックが負けることに比べたら些細なことだ。


 近くに落ちていた石を拾って投げようとしたときだった。ヴィックが「よし」と一言呟いた直後、ワーウルフに向けて剣を振るった。避けられはしたものの、反撃した姿を見てラトナは安堵する。これならすぐに負けそうにない。まだ戦えているうちに別の手を考えないと。

 しかしヴィックの戦いぶりを見ていると、それが不必要の様に思えてきた。

 守勢だったはずなのに、今は互角に渡り合っている。ワーウルフの攻撃を全て盾で受け流している。それどころか、攻撃に合わせて盾で殴り返す場面もあった。ワーウルフの速さにも付いていってる。むしろ、ヴィックの方が攻め立てているように見えた。

 ヴィックが何度目かの攻撃を防いだ瞬間、素早く剣でワーウルフを突いた。剣先はワーウルフの右太股に刺さり、ワーウルフはガクッと地面に膝を着ける。その隙を見逃さず、ヴィックは首に目掛けて剣を横に払った。ワーウルフの首から血が溢れると、ワーウルフは血を流し続けながらうつ伏せに倒れ込んだ。


 予想だにしなかった結果に、ラトナは唖然とした。正直、ヴィックだけで勝てるとは思っていなかった。左足を庇うように立っているし、装備もボロボロだ。身体に痛みが残っていて、いつもより調子が悪いはずだ。

 だが、生き残ったのはヴィックだった。

 ヴィックは肩で息をし、左足を引きずりながらラトナの下に歩いて来る。勝ちはしたものの、痛々しい姿であることに変わりはない。

 だけど生きていてくれたら何でもよかった。ラトナは溢れそうになる涙を拭う。


「怪我ひどいね。手当てするから待ってて」


 ヴィックがラトナの近くに座る。バッグから治療道具を取り出した。


「あたしは後でいいよ。それよりも先にヴィックの方を―――」

「こんなに血を出してるのに何言ってるんだよ。手当てしないと気になって戦えないよ」


 ヴィックが強引にラトナに治療を始める。碌に動けないのは確かだが、こうもしてもらってばっかりだと申し訳ない。

 ラトナへの治療を終えた後、「今度はあたしがする」と提案した。ヴィックの身体もボロボロだ。治療をしないと次にモンスターが来た時に碌に戦えなくなる。

 「分かった」とヴィックは素直に受け入れた。ラトナはヴィックから道具を借りて、手早く治療を始める。左足以外は打撲程度だ。薬を塗れば痛みにも耐えられるだろう。

 問題は左足だ。折れてはいないが脛あたりが腫れている。歩くのもつらいだろう。この怪我でなんで勝てたの。

 ラトナはヴィックが相当無理をしていたことを察した。


「見捨ててくれても良かったのに……」


 こんな目に遭っている原因はラトナにある。ラトナのせいでヴィックは足踏みすることになり、足を引っ張られて、命の危険に晒されている。その元凶が死にそうになっていたら、見捨てても誰も文句を言わない。


「それはできないよ」


 当然のように、ヴィックは断言する。

 そういえば、こういう性格だったよね。好きなところでもあったが、今は嫌いなところだ。


「なんで? こんなにひどい目に遭ってるのはあたしのせいなんだよ。見殺しにしたらいいじゃん」

「ラトナを人質にして、こんなところに落としたのはフェイルだ。フェイルのせいだよ」


 そっか。まだヴィックはラトナが被害者だと思っているのだ。だからラトナを助けている。

 言わない方が良いと思っていた。だけど、何も言わないのはもう無理だ。

 このままだとモンスターが襲い掛かって来たとき、ラトナを庇い続けていたらヴィックが尽きてしまう。いっそ、ばらした方が良い。そうすれば失望してくれて、ラトナを見捨ててくれるかもしれない。そしたらヴィックは生き残る可能性はある。


 ラトナは覚悟して告白した。


「違うの。ホントはあたしのせいなの。今回のことだけじゃなくて、今までのことも」

「どういうこと?」


 ラトナは洗いざらい、全部話した。マイルスダンジョンで組んだこと、買い取りについての連絡も、再度組んだ時の目的、ヒュートと組んだことも吐いた。もちろん、今回のこともだ。


 ヴィックは黙って聞いてくれて、全部話し終えた後、何も言わずに考え込んでいた。ラトナに対する扱いをどうすべきか考えているのだろう。どんな扱いをされても、ラトナは受け入れる気だった。


 一分くらい過ぎたころ、「そっか」と言って視線を向けられる。そしてゆっくりと、ヴィックは右手を動かした。叩かれると思って反射的に目を瞑る。

 しかし、頭にヴィックの手が触れる感触がした。しかも丁寧に頭を撫でられる。

 え? なんで撫でられてるの?

 訳が分からず、パニックになった。


「えっと……ヴィッキー。何して―――」

「辛かったんだね、ラトナ」


 優しい声が、耳に入ってきた。子供を慰める親のような声だった。


「ラトナは頭が良くて知識もあるから頼りにしてた。可愛くて、いつもテンションが高くて、聞き慣れない喋り方だから、僕とは違う人なんだなって思ってた。けど、そうじゃないんだね」

「どしたのヴィッキー? そんなこと言われて、も」


 待って、言わないで。


「ラトナも僕と同じなんだね。一人が寂しくて、仲間を求めている。どんなことをしてでも欲しがろうとするなんて、少し前の僕みたい」

「違うって……ヴィッキーとあたしは、似てないって。ヴィッキーは、わ、わたしより、すごいじゃん」

「同じだよ。誰かに言われないと動けない人間だ。ムガルダンジョンに再挑戦するのは、もっと先の予定だった。けどウィストに勇気づけられなかったら、ずるずると先延ばししてたかもしれない。もしかしたらウィストも、それを考えて言ってくれたのかもね。だから、ラトナにも勇気を持って欲しかったんだ」

「あたしは……無理だよ。そんな勇気、でないから」

「ううん、あるよ。そうじゃなきゃ、一人でドグラフの相手なんかできない」

「あれはヴィッキーを、たすけたかった、から。ざいあくかん、が、あったから」

「違う。あれは、ラトナが勇気を出したからできたんだよ。罪悪感だけじゃできないことだ」


 泣き言を言っても、ヴィックは励ましてくれる。前向きにしようとしてくれる。

 なんで?


「何でそんなに、あたしを信じれるの?」


 ヴィックは照れながら、しかしはっきりと答えた。


「友達だからだよ」


 単純な答えだった。単純すぎて呆れるほどだ。


「ラトナならできる。乗り越えられる。友達になってからまだ間もないけど、分かることだよ。僕が保証する」


 力強い言葉だった。ずんと胸に響き、身体が熱くなる。

 私の事をたいして知ってもいなかったのに、何言ってんだか。


 だけどヴィックの言葉に甘えたくなった。もう少し、もう少しだけ頑張ろう。そんな風に思えた。

 だから、ラトナは言った。


「ありがとう。ヴィッキー」


 涙を流しながら、心の底から感謝した。


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