9-4.彼に望む姿
翌日、ウィストはマイルスの西にある町、ラマットに向かう馬車に乗っていた。乗っている理由は、依頼のためである。
依頼内容は、マイルスからラマットまで移動する馬車三台の護衛だった。報酬金が高いのと、別の街を訪れてみたいという理由でこの依頼を受けることにした。
行きと帰りで四日、ラマットに三日滞在する予定になっている。そして護衛するメンバーは、ウィストを含めた中級冒険者二人と傭兵五人、計七人で構成されていた。傭兵だけではなく冒険者を雇ったのは、とある荷物を心配してのことだった。
ウィストはその荷物に目を向けた。鉄製の檻の中に、一匹のモンスターが身体を丸めてじっとしている。
モンスターの名前はドグラフ。マイルス近辺だとレーゲンダンジョンを住処としているモンスターだ。初めて目にしたモンスターが、目の前で大人しくしている。気になってしまい、触ってみたくなる衝動が湧いて出る。少しくらいなら良いかな。
「こういう依頼は初めて?」
手を出したくなる気持ちを抑え込む。同じ依頼を受けたグーマンがウィストを見ていた。
グーマンは以前会ったときと同じように全身を甲冑で纏って、馬車の手綱を握っている。ウィストは荷物が載せられている荷台の空いている場所に腰を下ろしていた。だから気づかれないと思ったのだが、悪いタイミングで声を掛けられてしまった。今触るのは止した方が良さそうだ。
「護衛ならやったことはあるんですけど、モンスターを運ぶ依頼は初めてですね。というかこんな依頼があるなんて初めて知りました」
「滅多にない仕事だからね。けど結構重要な仕事だよ。なんたって同じ街の傭兵ギルドと協力しての依頼だからね」
同じ依頼を受けた傭兵達に目を向けた。周囲を見渡しながら警戒している者がいれば、依頼主の商人と会話を弾ませている者もいる。
「僕らが頼まれたのは馬車の護衛とモンスターの監視だ。ラマットまで馬車を護衛するだけでなく、無事にそのドグラフを届ける必要がある。だから―――」
グーマンがにこりと笑った。
「変な事をしちゃだめだよ」
ドグラフに触りたいという気持ちが一気に冷めた。背中に目がついているのだろうか……。
「もちろんですよー……。それよりも、何でモンスターをわざわざ届けるんですか? 素材が欲しいなら直接狩りに来るか、市場に出回っているものを買えばいいのに」
話題を変えるために、依頼を受けたときから気になっていたことを聞くことにする。グーマンは前方を向いて答えた。
「飼うためだよ。それだけ」
「飼うって……モンスターをですか?」
意外な答えに驚いたが、グーマンは平然としている。別に不思議なことではないような調子で語り始めた。
「ドグラフは傭兵や商人に人気のあるモンスターなんだよ。警戒心が高くて嗅覚・聴覚・視力が優れている。だから他のモンスターに近づかれるといち早く気付く。そのうえ忠誠心が高いから飼い主に尽くしてくれる。街の外に出るときや荷物の見張り番には有用な存在だよ」
「けど飼っている人は全然見ないですよ?」
「そりゃモンスターだからね、なかなか懐かないよ。ほとんどは懐く前に寿命で死なせちゃうほど難しいことだ」
「……このドグラフを飼おうとしている人は、それを知っている人なんですか?」
「もちろん。ただ今回はそんな事が起こることは無いと思うよ。なんたって、専門家がついているって話だからね」
「専門家、ですか?」
「そう。その名はモンスター調教師。名前の通り、モンスターが自分の、または特定の人の言うことを聞かせるように調教する人の事だ。その人がいるから、ドグラフを飼うことにしたんだろうね」
知らないことが増えていく。この感覚はかなり好きだ。自分の世界が広がっていく様な気がするからだ。
「ほとんどの調教師は元冒険者だ。モンスターの事に詳しい。けど戦うのは苦手だから冒険者の知識を活かして仕事にするケースが多い。なかには冒険者も調教師も両立している人がいるけどね。あと、モンスターと会話できる人もいるよ」
「会話って……凄いじゃないですか。どんな人なんですか?」
「んー……野蛮人だね」
グーマンは失礼なことを淡々と述べた。その人のことをあまり好きではなさそうだ。
同じ話題を避けた方が良いのかと考えていると、グーマンは何か思い出したかの様に「あっ」と声を上げる。
「そういえば君って、ヴィック君と仲良かったよね?」
唐突にヴィックの名前が出されてどきりとした。慌てながら「そ、そうですけど」と返事をする。
「彼に会いたいんだけどなかなか捕まらないんだ。彼が冒険者ギルドに戻る時間帯とか知ってる? よく会える場所でも良いんだけど教えてくれない?」
「えーっと、少し前ならともかく、今はちょっと分からないです」
ヴィックは最近、冒険以外の事に取り組んでいる。商店・飲食店・鍛冶屋等々、様々な種類の仕事をしている。そのため、冒険者ギルドに寄る機会が少なくなっている。だから会える時間帯もばらばらだった。
そのことを話すと、グーマンはがっくりと肩を落とした。
「なるほどね……。まぁそういう事をしたくもなるかね」
気を落としながらも、同情するようなセリフを口にする。それに思わず、「そうなんですか?」と聞いてしまった。
「ん? あぁ、彼みたいなタイプなら、いろんな仕事に興味を持つのも仕方ないさ」
「ヴィックみたいなタイプって……」
「今まで抑圧されてた人ってこと」
以前、ヴィックが話してくれたことを思い出した。自分が親戚の家に預けられて、そこでひどい扱いを受けたということを。ヴィックはそのことをグーマンに話していたの?
「我慢することの多い生活をしてたって雰囲気がするから」
どうやら違ったみたいだ。少し安心してから「どんな雰囲気ですか……」と突っ込みを入れた。
「なんていうか……ストレスを溜めているって感じ?」
それをどうやって判断しているのか、それもそれで興味があった。だが一番気になることは別である。
「そういうタイプがいろんなことに興味を持ってしまって……結局はどうなるんです?」
「聞きたいかな?」
「はい」
「大抵は、中途半端になる」
グーマンがズバリと言い放った。
「他の仕事で目標を見つけたのならともかく、ほとんどはそれを見つけられない。だけど諦めきれないから、また色んなことに手を出しちゃう。結果、本業が疎かになってしまうのさ。今まで我慢してたけど急に自由になったから、色んな選択肢があるような気がしてついつい目移りしちゃうんだよ」
今のヴィックが何を考えているのかは分からない。けれど思い当たる節がある。
ヴィックは制約の多い暮らしを送っていた。そして自由になった身でマイルスに来て冒険者になった。冒険者になった元々の理由も、楽しそうだったからというものだ。
途中からは、「ウィストに憧れたから隣に立てるほどの冒険者になりたい」と目標を持っていたが、今も同じなのか。そう考えると落ち着けなくなった。
「ヴィック君が気になるのかい?」
心を見透かされたような言葉だった。というより、気付いているかもしれない。
以前ヴィックが自分の目標をウィストに語ったとき、少し離れた場所にグーマンもいた。もしかしたら、そのときの会話を聞かれていたことが考えられる。
ウィストは隠さずに答えることにした。
「はい。最近のヴィックが心配で」
「なにが心配なの?」
「他にやりたいことを見つけて、冒険者を辞めちゃうんじゃないかってことです。せっかく今まで頑張って来て中級冒険者にもなれたのに、辞めるのはもったいないと思って―――」
「それって駄目なことなのかな?」
「ダメですよ。今までの経験が無駄になりますし、冒険から離れる時間が多ければ腕も鈍っちゃいますよ。そしたらいざ戻っても余計苦労するだけです」
「いや、そんなことはないよ」
否定してから、教え諭すように話を続ける。
「モンスターを倒した経験は傭兵でも役立つ。情報を集める手腕は商人としても使える。冒険をして得た人脈は未来の仕事に役立てる。努力する過程は次の目標にも活かせられる。だから決して無駄にはならないんだよ」
信じたくなるような言葉に、何も言えなくなった。不覚にも、ヴィックが他の仕事に精を出す姿を想像してしまった。想像したヴィックの姿を、頭の中から追い払う。
ヴィックはまだ冒険者になって一年も経っていない。向いているとか向いていないとか、この短期間で分かるものか。だから今は力を研ぐしかないというのに、それを後回しにしている。
そう考えるとだんだん腹が立ってきた。人の気持ちを知らないで……。
「結局はさ、周りの人がどうして欲しいかなんだよ」
グーマンが振り向いて、じっとウィストを見つめた。
「人を動かすのは人の気持ちだ。こうして欲しいって訴えないと、その人は変わらない。君はヴィック君にどうなって欲しいのかな?」
どうなって欲しいか。その言葉が頭の中で繰り返される。
ウィストは現状のヴィックに不満があるくせに、どうなって欲しいかは考えていなかった。
ヴィックは隣に立ちたいと言っていた。照れるような目標だが、それは嬉しいことである。だが、それがウィストがヴィックに望んだことなのか?
「……分かんないです」
ウィストが理想とするヴィックの姿は定まっていない。だから湧き出る苛立ちを解消する手段が思いつかなかった。しかし、このまま待つのも不安が残る。
「この依頼が終わった後、時間あるかな?」
悩んでいると、グーマンが脈絡のない質問をしてきた。
「特に予定は無いですけど……」
「じゃあちょっと付き合ってくれない? もしかしたら、答えが見つかるかもしれないよ」
五秒もかけずに、ウィストは返事をした。
「ぜひ、お願いします」




