2-1.思い入れ
フィネは最近、ある一人の冒険者の事が気になっていた。
黒色の髪で小柄な体格、身長はリーナと同じくらいで同い年の少年だ。三ヶ月前に冒険者登録をしにギルドに来て、そのときに出会った。
冒険者に限らず、ギルドに登録できるようになる歳は十六歳からだ。商人ギルドや職人ギルドは十六歳になったら登録しに来る人は多いが、傭兵ギルドと冒険者ギルドだと珍しい。大抵はある程度勉強か修行をしてから登録しに行くのが一般的だそうだ。道端にいる弱いモンスターを相手にしたり、ギルドに依頼を出して修行をつけて貰い、自分の適性を見極めてからギルドに登録することが多いと聞いていた。
だがあの冒険者、ヴィックは違った。たった一人で、しかもモンスターの相手をしたこともないのに、冒険者になったらしい。そして今も、冒険者としての活動を続けていた。
冒険者ギルドに顔を出して依頼を吟味し、自分に適した依頼が無ければダンジョンに行っている。そして夕方になると帰って来て、モンスターの素材を売りにくる。儲けは少ないが、毎日満足そうな顔をしてお金を受け取っている。フィネの給料より、遥かに少ないにも関わらずだ。
毎日ダンジョンに向かうだけでも大変なのだが、ヴィックにはそれに耐える体力と精神力がある。それをリーナに言ってみると「まだ耐えられる時期でしょ」と達観した表情で言った。
「なんか農家で働いていたみたいだし、体力と忍耐力はあるでしょ」
「けど初めてのダンジョンですよ。農業とは勝手が違いますよ。わたしと同い年なのに、すごいですよ」
「多分今は自分でお金を稼ぐっていう行為を楽しんでるんだろうねー。現状に満足しているなら、まだ大丈夫かな」
「もうっ、リーナさんは……少しは新人を応援してあげようって気にはならないんですか?」
「そういうフィネは肩入れし過ぎだよー。一人の冒険者に熱中するのは良いけど、後が大変よー」
「気持ちは分かるけどね」と言い残すと、リーナは受付で冒険者の対応をしに行った。
リーナの言葉を、フィネは否定できなかった。
ヴィックは、フィネが初めて対応した冒険者だ。初対面では失敗したものの、ヴィックは快く許してくれた。本人にとっては大したことの無いことかもしれないけど、許してくれたお蔭で気が楽になり、他の冒険者登録をしに来た人に対しては失敗しなくなった。
仕事を始めて三ヶ月経っても、まだまだ分からないことだらけで失敗も多い。だけど先輩達のアドバイスや冒険者達の助けに救われて、何とか働き続けている。むしろ仕事を楽しんでいるとも言っていい。
その全部がヴィックのお蔭とは言わないが、切っ掛けを与えてくれた冒険者だ。入れ込んでも仕方がないと、フィネは自分に言い聞かせた。
ただ、他の冒険者の前では必要以上に慣れ合って、迷惑にはならない様にしようと心掛けた。
「すみませーん。冒険者登録をしたいんですけど」
決意を新たにしているところに、受付の方で声が聞こえる。一人の少女がそこにいて、フィネに向かって呼び掛けている。周りを見ると、他の職員は手が空いていないようだ。
フィネは急いで対応に向かった。
「お待たせしました! 冒険者登録ですね! 過去に他のギルドで登録をしたことはございますか?」
「いえ、ここが初めてです」
また新人がやってきた。しかもフィネと同い年くらいの少女だ。
女の子が一人で冒険者になろうとするのは珍しい。大抵は、経験者が付き添っていることが多いからだ。
しかし、新人でも経験者でもフィネのやることは変わらない。登録用紙を用意して、受付のカウンターに置く。
「それでは、こちらの冒険者登録用紙に記入をお願いいたします。文字は書けますか?」
「はい、大丈夫です」
気持ちの良いほどの明るい声で、少女は返事をした。用紙を受け取ると、さらさらと文字を書いていく。
間もなくして書き終えると、フィネはそれを受け取った。確認のため、その内容を読み上げる。
「ロティア町出身のウィスト・ナーリア様。十六歳で冒険者としての実績は無し。マイルスで初めて冒険者登録を行い、活動拠点もマイルス冒険者ギルド。で、よろしいですか?」
「はい」
ウィストと呼ばれた少女は、さっきと同じように元気に返事をする。そしてフィネに対して微笑んだ。
「これからよろしくお願いします!」




