第五話 洞穴突入
闇の洞穴は、王都から馬車で一日掛けたところにあった。
無一文なので、馬車賃はテディに出してもらった。
闇の洞穴の傍には、小さな集落があった。
闇の洞穴の奥にいる魔物が世に解き放たれないよう、数世代掛けて見張っているらしい。
そんな彼らも自ら進んで闇の洞穴に入る気概はないらしく、軽く誘ってみると「冗談じゃない」と拒否された。
どうやらいざ魔物が解き放たれたときも、全力で追い返すことしか考えていないようだった。
倒すつもりは毛頭ないらしい。
自分を騙し騙しここまで来たけど、これ無理なんじゃね?
闇の洞穴、無理なんじゃね?
高い崖にぽっかり開いた、人一人がギリギリ通れそうな狭い穴。
ここが道中でも散々脅された闇の洞穴の入り口であることは間違いなかった。
推定危険度、覇者級。
一流の冒険者達が万全の準備をしてから挑むレベルらしい。
「なぁ……テディ、本当に行くのか? 本当に行くんだよな?」
「当然じゃないですかっ! 私、こんなので怖気づいたりしませんっ!」
「お、おう……そうだな」
なんでこの子、こんなに余裕そうなんだ?
なに? ひょっとしてこの子、滅茶苦茶強いの?
「なあ、一人ずつしか通れなさそうだし、先に行ってもらっていいか?」
気がつけば俺はそんなことを言っていた。
「え?」
「い、いや、冗談だ冗談! 先頭は俺に任せてくれ!」
俺は馬鹿か!
ここまで来といて、女の子に先に行ってくれなんて言うか普通!
大丈夫だ! 俺はツイてる! 絶対そうだ!
そうじゃなかったら異世界転移期待しつつ自殺したら異世界転移なんて珍事が起きるものか!
だってこれ、フォアグラ食いたいって思いながら家に帰ったら今日の晩御飯がフォアグラでしたレベルの奇跡だろ。
こんなにツイてるんだから絶対大丈夫!
それにヤバイと思ったら適当に理由をこじつけて出てしまえばいい。
「うらぁっ!」
掛け声を上げながら、俺は狭い入り口へと飛び込んだ。
中は極端な下り坂になっていた上、妙に地面が滑る。
「これ……下手に進んだら戻るの無理なんじゃね……」
両手を端に付けながらゆっくりと俺は降りようとしたが、周囲が暗すぎる。
足許が見えない上、一歩でも踏み外せば転がり落ちて大怪我をすることは明らかだ。
「テディ! やっぱりこれ、引き返した方が……」
後ろを振り返ると、すでに転んだテディがこっちへ向かってくるところだった。
「ごご、ごめんんさいっ! どいてくださいっ!」
「どこにだよ!」
この狭い洞穴、避けるスペースなどない。
当然の如く俺はテディのタックルを全身で受け止め、尻餅をついた。
それからプールのウォータースライダーよろしく洞穴の中を滑り落ちる。
「ぎゃぁぁっぁああっ!」
「ごめんなさいごめんなさいィッ!」
テディと抱き合うような形になりながら洞穴の地下深くまで落とされた。
俺が背中から床に落ち、その上にテディが馬乗りになる形になった。
「おごっ!」
腹の上に乗られ、体内のものをすべて吐き出してしまいそうになる。
「あれ、思ったより地面柔らかい?」
「……お前はクッションがあるからな」
こっちは背骨が折れるかと思った。
「あわ、あわわわわ! ごめんなさい!」
ばっとテディが飛び退く。
「つつつ……」
立ち上がり、俺は壁に開いている穴を覗き込む。
俺が転がり落ちてきた通路だ。
中はかなり急な坂になっており、ここを登るのは不可能そうだ。
「こっから戻るのは不可能か……」
というか、この先に地上に繋がる道があるのかどうかも怪しい。
「帰りのことは帰りに考えましょう! 私、ダンジョンに潜ったの初めてだからすっごくわくわくします!」
あれ、なんか今、さらっと恐ろしいことが聞こえてきたぞ。
「……今、なんて言った?」
「え? だから帰りのことは帰りに考え、今は前向きに……」
「違う、その後だ!」
「えっと……だから、私ダンジョンに潜ったの初めてだか……」
そこまで言い、はっとしたようにテディは自分の口を閉じる。
「私、こう見えて100回くらいはダンジョンに潜ったことがあるんですよ!」
「いや、さすがに騙されねぇよ!?」
俺は怒りのあまり、テディの頬を両の手で引き伸ばす。
「どうするんだよオイ! これ二人仲良く共倒れパターンじゃねぇか!」
「ごめんなふぁい……どうひても、闇の洞穴にもふっへみはふて……」
ぱっとテディの頬から手を放し、俺は溜め息を吐く。
「まぁ……俺もダンジョン潜ったことないし、お相子か」
「なんだお互い初めてだったんですね……安心しました」
「そうそう、だからそこまで気に病まなくても……」
「どういうことですかぁっ! 俺は強いって言ってたじゃないですかぁっ!」
テディが叫びながら俺の頬に両手を伸ばしてくる。
俺はその腕をがっちり掴んで途中で止めた。
「すまん、悪かった。正直、ちょっと調子乗ってたと思う。今考えると、なんであんなことしたのかさっぱりわからん。お互い様だしここは許し合おう」
「お互い様だったら、私にもシュウさんの頬を抓らせてくださいぃぃっ! それでようやくお相子様です! 私だけ抓られ損ですぅっ!」
テディが腕に一層と力を込める。
「待て、待て! こんなことで争っていても仕方がないだろうが! 一刻も早くここを抜け出す方法を考えるぞ!」
「だったら大人しく抓らせてくださいぃっ! それですべて解決しますぅっ!」
「お前はどれだけ人のほっぺ抓りたいんだ!」
「物凄く蹂躙されてる感があって屈辱的だったのでぜひお返ししなければと」
「人にやられて嫌なことはするなと教わらなかったか?」
「そもそもの発端はシュウさんなんですがぁっ!?」
頬を抓るのはいいが、抓られるのは絶対に嫌だった。
元の世界でクラスに山田という男がいたのだが、あいつが女子から頬を抓られて幸せそうにニタニタしていたのを俺は覚えている。
顔からどM根性丸出し感が出ていてものっそい嫌だった。
俺は山田には成り下がらない。絶対に嫌だ。
俺は男女の筋力差で、テディの腕を下へと押し下げる。
「いい加減にしろ! 今はこんなことで揉めてる場合じゃないと言っているだろうが!」
「勢いで誤魔化そうとしてませんか!? さっきもその問答しましたよね?」
しょうもない言い争いをしていると、遠くの方で聞こえていた足音が近くなってきていることに気がついた。
ずん、ずん、と一定の間隔を刻んでいるそれは、明らかにこちらへと近づいてきている。
俺とテディは二人して固まり、音の方へと目をやる。
曲り角のところから、ぬっと緑の巨人が現れた。
ぶくぶくに肥えており首が図太く、身長は3メートル以上ある。俺達を見つけると、その醜悪な顔でニイっと笑った。
その瞬間、俺は夢から覚めたような気分になった。
どう考えても勝ち目がないと、一瞬にして悟ったのだ。
今までファンタジー世界に主人公として入り込んだような、そんな錯覚さえ感じていた。
だから王様にも一歩も引かなかったし、見知らぬ街で肩を風で切るようにして歩けていた。
自殺からの奇跡的な生還でハイになっていた部分が大きい。
それが、一瞬で覚めた。
「テディ! 逃げるぞ!」
呆然と立ち尽くす彼女の手を引き、緑の巨人とは逆方向に俺は走った。
スキル紹介:
『通常スキル:ステータス確認』
自己のステータスを確認することができる。
スキルLvの上限は1。