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第十話 ゴブリン牢獄の囚人

「テディ、トイレは我慢しすぎると身体に悪いぞ。そろそろ出しとけ。安心しろ、こんな極限状態で邪な気持ちなど欠片も浮かばん」


「がっ我慢なんてしてません!」


「……貴方達、メンタル強いわねぇ。素直に羨ましいわぁ」


 偽ゴブリン姫ことスライム娘が牢に逃げ込んでから、既に半日が経過していた。

 もっとも体感時間なので、正確さは保証しかねるが。


 見張りのゴブリンは入れ替わりで、常に五人は牢の前に立っている。

 俺が疲労のあまり眠ろうとすると、棍棒で鉄格子をぶっ叩いて起こしてくる。

 本当に嫌な奴らだ。



 最初の方は俺もスラ子といがみ合い続けていたが、なんかもう空腹と眠気でどうでもよくなってきた。

 呉越同舟というか、殺されかけた身とはいえ互いにゴブリンに監禁されてる状態だし、そもそもスラ子がいなかったらゴブリンに叩き殺されてただけの可能性の方が高い。

 限りなく好意的に解釈すれば、命の恩人といえなくもない。


「おいスラ子、そういえばトロルはどうなったんだ? あいつ、ここの入り口の壁を壊して侵入しようとしてなかったか?」


「……ゴブリンに長めの棍棒持たせて、なんとか追い払わせたわぁ。ほんと、とんでもない化け物を地下二階まで降ろしてくれたわねぇ。まあ、あそこの壁はそもそも土魔法を使えるゴブリンに固めさせてるから、そう簡単には崩れやしないわよ。諦めて地下一階層に帰ったんじゃないかしらぁ」


「そうか、それは良かった」


「あ、後、次ワタクシのことをスラ子って呼んだらぶん殴るわよ」


 トロルなら、力技だけで牢を壊しかねない。

 そんなことをされたら今度こそ俺達はお終いだ。


「一応訊いとくけど、牢の鍵はお前が持ってるんだよな?」


「ええ、安心していいわぁ」


 スラ子はぷっと鍵を吐き出した。


「これがこっち側にある限り、あいつらは何もできやしないわよ。この牢も錠も、かなり頑丈だから。問題は、ワタクシ達が何日持つか、あいつらがいつ飽きるかよ」


 恨めしそうな目でスラ子は牢の外を見る。


「……あいつらが土魔法とやらで、壁を崩そうとして来る可能性はないのか?」


「ないわよ。あいつ、土を固める魔法しか持ってないもの」


「そうか、いつまで俺らが飢えないかが問題だな」


「因みにワタクシは一週間何も食べなくても生きられるわぁ」


「マジかよすげーな」


「でも二日間水を飲まなかったら死ぬわぁ……」


「マジかぁ……」



 そこから更に、体感時間で六時間近くが経過した。


 あまりの空腹に耐えかねたテディが紫の肉を食おうとして吐いて余計に体力が落ちたり、精神的に限界を迎えかけたテディが鍵を牢の外に投げてゴブリンにぶつけようとしたりした。

 とち狂ったテディが「私が説得します!」と声高らかに宣言し、ゴブリン語を真似して「けはけはけはぁっ!」と話しかけたところ、馬鹿にされたと思ったゴブリンが鬼の形相で鉄格子を蹴って来たり、色々あった。


 テディのポンコツ振りを改めて再認識させられただけの六時間だった。


「なんでお前はさ、ゴブリン従えたり人間捕まえたりしてたんだ?」


 ゴブリンを醜いという割にはわざわざゴブリンだらけの地下ダンジョンに引き籠っていたりと、どうにも行動が不自然なように思う。

 人間が好きだというのなら、外に出ればいいだけの話だ。

 その辺りにゴロゴロいっぱいる。


「……ワタクシ、元々人間に育てられたのよぉ。小さい頃に、拾われたのぉ」


「え?」


「え? じゃないわよ。そうじゃなかったらぁ、人間語なんて喋れてないわよ」


「そうか……まあ、言われてみればそんなもんか」


 ゴブリンは『アルデンダ言語:Lv1』を持っていた。

 こっちの言っていることがなんとなくわかる程度の言語能力はあったようだが、それくらいならば冒険者と対峙して身に着けてもおかしくない。

 しかし、舌の問題もあるのだろうが、このスラ子のように使いこなしているのはちょっと異常だ。


「まぁ、そこから先はわかるでしょう? 形を変えるスキルと、色と雰囲気を変えられるスキルを持ってるワタクシが、どんな目に遭ったかくらい。ワタクシは育ての親に売り飛ばされて、金持ちの愛玩道具にされたの。それで逃げ込んだのがここのダンジョンよ」


「で、今度は復讐に人間捕まえてペットにしてやろうってか? とんだ逆恨みだな」


「……正しいことをしてるつもりなんてなかったんだから、責めたかったら好きなだけ責めればいいわぁ。どっちみち、このまま死ぬんだろうしぃ」


「…………」



 何度目かわからない俺の腹の音が鳴る。

 それを聞いたゴブリンは嬉しそうに紫の肉を取り出し、俺に見せびらかすように喰い始める。

 そうして「ケハッケハッ!」と気色の悪い笑い声を上げる。


 いや、嫌がらせのつもりなんだろうが、それぜんっぜん羨ましくないからな。

 その肉、悪いけどぜんっぜん食欲そそんねぇからな。


 なぜかテディが自らの服を噛みながら、物欲しそうにゴブリンを見つめている。

 いやいや、お前あれ喰って吐いてたよな? あれほどのたうち回って苦しそうにしてたのに、もう忘れたのか?



「なあ、スラ子、こっから助かるパターンってあり得ると思うか?」


「地震でも起きて上手い具合にゴブリンが全滅してくれたらチャンスはあるわ」


「なるほど、神にでも祈るか」


 ドブのような色をした水を呑んで談笑しながらも、ゴブリン達はこちらへの警戒を怠らない。

 たまに思い出したように近寄ってきては鉄格子をぶっ叩いたり、扉を揺らしたりしている。


 俺はそんなゴブリン達を見ながら、地震起きねぇかなぁとか、そんなことをぼうっと考えていた。


 俺が地に寝そべっていると、ズシンズシンと、床の振動が伝わってきた。

 今は微かだが、それは確かに近づいてきている。


 祈りが通じ、本当に地震が来たのだろうか。

 いや、まさか、そんな。


「なあテディ、なんか揺れてないか?」


「え? あっ……と、言われてみればちょっとだけそんな気もしますね」


 だんだんとその振動は大きくなってきた。

 牢の前にいるゴブリン達も慌てだす。


「ひょっとしてじし……」


 俺が地震と言い切る前に、壁をぶっ壊して視界の端にトロルが現れた。

 ゴブリン達は目を剥き、大きく口を開けて間抜け面を見せた後、仲間を引き倒して足を引っ張り合いながら一目散に逃げ出した。

 仲間に転ばされたゴブリンが、トロルの振り下ろした手の下敷きとなる。


「どどっ、どういうことだよ! 壁強化してるから大丈夫だって言ってたじゃねぇかっ! なんで普通にトロルが侵入して来てるんだよ!」


「……ちょっと、トロルを見誤っていたかもしれないわねぇ。ワタクシがいたら対処できていた自信はあるけど、ゴブリンだけじゃあ司令塔もいないし、突破されちゃったんでしょうねぇ」


 スラ子は言いながら鍵を拾って手を変形させて鉄格子の隙間から伸ばし、牢の扉を開ける。 


「逃げるんなら今しかないわよ。牢なんか、トロルにはすぐ壊されちゃうわよ」


 スラ子だけなら鍵を開けずとも出られるだろうに、わざわざ錠を外してくれた。


「随分と優しいことで」


「……貴方に擬態取られたせいで、このダンジョンで生き残れるスキルがないのよ。お互い囮にはなるでしょう、ついて来なさい」


 俺とテディはスラ子の後を追い、牢を抜け出してトロルの横を全力で駆け抜ける。


 トロルは捕まえたゴブリンに関心を向けていたので、幸い攻撃を受けずに済んだ。

 俺がちらりと後ろを向くと、トロルがゴブリンを頭から丸かじりにするところだった。


 ゴブリンの血が首から噴き出て、それを浴びてトロルは笑う。

 ばりぼりと口の中で噛み砕き、それから骨の破片を吐き出した。

 頭しか喰わないらしく、ゴブリンの首から下を壁にぶん投げる。べちゃっとゴブリンが壁に張り付く。


 それからトロルは、俺達の方へと目を向ける。

 俺達は一気に逃げ足を早めた。 

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