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いつかは

作者: 山田ビリー

「あーもう、疲れた~っ!」

帰宅早々、大声を上げてテレビの前の座布団にスライディングする。

「お帰り~。」

台所から、同居人のお気楽な声が返ってくる。

「ご飯できてるよ。何時にも増してお疲れモードだね。何かあった?」

タイちゃんは家事全般を精力的にこなしてくれる、理想の同居人だ。社会で磨耗した心を癒す、最高のサプリメントである。

「聞いてよ~!今日こそ定時で帰れると思ったのに、帰りがけに電話かかってくるし、厄介な話だし、上司は怒るし、5時過ぎると会社のエアコン切れるし、もうやってらんないよ。」

冷蔵庫から冷えたビールを出す。プルトップをつまみ上げると、プシュッと1日の疲れを洗い流す音がした。

「あっ、僕もご相伴。」

二人分のご飯を運んできたタイちゃんが、ささっと自分のグラスを差し出す。

「それじゃあ今日も1日お疲れ様でした。乾杯!」

二人、缶とグラスを付き合わせる。

琥珀色の泡が夏の夜に弾けた。


泰佑(たいすけ)は、私の又従兄弟の大学生だ。

彼が高校生の頃、彼のご両親が事故で亡くなった。その頃(もう4年も前だ。)就職して一人暮らしを始めたばかりだった私は、途方に暮れる少年を自分の賃貸マンションの部屋に勧誘した。

以来、同居生活は続いている。


「彼氏欲しいよー!出会いが欲しいよー!」

何でこんな話になったんだっけ。酒飲んだらいつも言ってる気がするな。

我ながら寂しい女である。

「まぁまぁ。マリさんには僕がいるじゃん。」

そう言って私の頭をナデナデしてくれるタイちゃんは天使だ。

可愛い可愛いタイちゃん。

「タイちゃんもいつかは、独り立ちするでしょ。タイちゃんがお婿さんにいっちゃったら寂しいなぁ。可愛いヨメを捕まえるんだよ。」

そしたら私は、結婚式でお母さんの役をやるからね。母への手紙、楽しみにしてるんだ。



***


茉莉(まり)さんが居間で眠ってしまったので、彼女を抱き抱えて蒲団に運ぶ。

あーあ、化粧も落とさないで。

このままだと明日「肌がボロボロだー!」と騒ぐのは目に見えているので、拭き取りタイプのクレンジングで化粧を落としてあげる。

彼女がルームウェアに着替えていて幸いだ。

妙齢の女性を邪心無しに着替えさせるのは難しい。ましてそれが想う人なら、尚更。


高3の夏、両親が死んだ。

一人っ子だったから、天涯孤独になった。青い空に立ち上る線香の白い煙を、今も覚えている。

親戚同士の(しがらみ)や遺産分け、保険金やら扶養義務といったあれこれ。誰もが俺の保護者に名乗りを上げるのを躊躇していた。

「じゃあ私んとこおいでよ。家賃タダにしてやるから、美味しいご飯作って。」

そう言って、ニカッと笑って手を差し出したマリさん、当時23歳。

あの日から、マリさんは僕にとって、たった一人の人なんだ。


「僕、マリさんの所にしか、婿入りする気ないんだけどね。」

涎を垂らしながら眠るマリさんに告げる。

まだ学生の僕は、彼女から見れば子供だろう。社会に出て、生活基盤を作ってからじゃないと相手にしてもらえない。

僕はマリさんの弟や、ヒモになりたい訳じゃないんだよ。マリさんの隣でこの先の人生を歩みたいんだ。

眠るマリさんの(うなじ)に、そっと口付ける。これくらいは許される、はず。

マリさんはいつも長い髪を下ろして出掛けるけれど、デスクワークのときはサイドで束ねているらしい。

本人には気付かれないように、首筋に痕を残す。

「彼氏できないよ~」って、そりゃあ定期的にキスマーク付けてる女性には、真っ当な男性なら手を出さないよ。

どうか、もう少し、このままでいて。

いつかは、僕が貴女に手を伸ばすから。


台所の流し台には、ビールの空き缶と空のグラスが、仲良く並んでいる。

おやすみなさい、僕のマリさん。

願わくば、僕の隣にいる夢を。

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