プロローグ 終焉の幕開け
貴方は、本当の『痛み』をご存知だろうか。
痛み━━それは、肉体的・精神的な負荷の総称だ。ハードな労働を続ければ、筋肉は過労で悲鳴を上げる。その際引き起こされるのが、肉体的な痛み。内外的に言葉の暴力や、ストレスを原因として、心に深い傷を負うこと、それが精神的な痛み。
確かに、それらも『痛み』であり、決して違うとは言い切れない。
だが、それよりも強い『痛み』は、必ず存在する。
誰かを喪った時、誤って人を傷つけた時、好きな人と決別した時。『痛み』は人を良くも悪くも、その場に留めてしまう。その『痛み』を棄て、新たなる未来を目指して歩き出せるよう、人間の運命は都合良くも調整されているからだ。『痛み』を共に背負う事を誓う、相手が、必ず。
それでも、拭い去れない禍根となる。
例え記憶を削除しても、何かを切欠に、意思が強くその過去を蘇らせてしまう。
だから━━━。
時は大戦。
十二の種族と、それより選ばれる十二の神━━通称『神族』を合計した十三種族、加えて動植物以外に独自の発展を遂げた『亜種族』を加えた、計十四種の大まかな括りを持つ種族が帰結する根源の大地。
≪エルドア十二大陸≫
巨大な一枚岩の大陸を指す。現在は十二種族間で、大陸を分割、お互いがお互いを国家レベルで襲撃しないように不可侵条約を結んでいる。元は一つの大陸で、十二名の神々が創造し、十二名の原初の神々のみが立つ事を許された、神聖なる土地だ。
この十二に分割された大陸に、『亜種族』は住み着いている。
所謂モンスターと呼ばれる類の生物だ。多くは『魔力素』によって精神が汚濁、意識と肉体が別々に分離され、両方がそれぞれ毒されていき、最終的に、意思を持たない殺人種族と化した者となる。加えて、肉体は『魔力素』によって変貌を遂げ、人━━否、十二種族ならざる者になる。
十二種族は、『亜種族』の掃討作戦を開始した。
しかし、これは口実だ。あくまで、互いが互いに自由に武装し、戦場で争う事を可能とする為の、子供じみた屁理屈なのだ。理由はどうあれ、十二種族はそれぞれがお互いに優れている事を誇示する為に、戦争を開始したのである。
戦火は大陸随所に及び、緑色溢れる水の惑星と称された≪エルドア≫は徐々にその姿を荒れ果てた荒野へと変えていく。幾重にも折り重なった死体、淀んだ血の匂い、目が眩む様な無残な断末魔の叫び。恐怖と混沌が世界を覆い、どう転がっても≪エルドア≫は壊滅すると予言された。
しかし、稀代の十二神がそれを阻止した。
十二の神は、下僕となる各種族の実力者を募った。神々はその者に、一時的ではあるが、≪継承印≫を与えた。≪継承印≫は神が種に与える加護を導く証、そして、この場合は人知を超越した能力を有する資格を意味する。
総勢五十名にも満たない少数精鋭編成で、見事戦火を極最小限に抑える事に成功した。
大戦は二十年も続き、その中で大陸の再生が始まった。神族が所有する≪再生泉樹ユグドラシル≫により、緑・命・平穏を喪った世界が色づき始める。たった十年━━━世界は元通り、いや、それ以上の美しい大陸へと成り上がる。そう、まるで、何も無かったかのように。
━━でも。
「………私と、約束……してくれる?」
例え世界の全てが、あの戦争を歴史の果てへと追いやっても。
「……うん、必ず」
例え世界の全てが、消え逝く命の囀りを掻き消したとしても。
「貴方は……世界を、変える。絶対にして、唯一の……神になる…って」
忘れない。決して、片時も、心の隅で彼女は生き続ける。
「絶対だ。俺は……『神託』に選ばれなくても、必ず、この手で勝ち取ってみせる」
その時、淡いサファイア色の瞳が一際大きく潤んだ。
今では呼吸する事さえ困難な彼女は、精一杯の力を振り絞り、笑みを浮かべる。
殊更に美しく、可憐で、陽光のような明るさを称えて。
━━━それと同時に、消え逝く儚さと、恐怖を込めて。
「お願い……ね?」
「うん……だから…」
逝かないでくれ。
そう、言った時、彼女は一筋の涙を零した。
穢れ無い、純粋な輝きを放つ、彼女が残した最後の残滓。
「………約束、だからな」
彼女の涙をそっと拭う。
━━━十四の種族、それに隠れた、最早伝説と化した一つの種族がある。
神の如き知恵と、果ての無い活力、決して折れない精神力。森羅万象に干渉し、望む未来を必ず手にする事さえ容易とされた神界の種族。他の種族を圧倒し、神さえも凌駕する。辿り着く先は終わり無き未来への幕開けとなる。無類にして無二、最強にして最狂。
≪堕天使≫
神界より居場所を喪い、下界へと足を下ろした神格の使い。
愛する人の為に。
喪われた人の為に。
愛するであろう人の為に。
喪われるであろう人の為に。
神の使いは、叛逆の意を心に、天から舞い堕りる。
━━━これは、喪われた約束を取り戻す物語にして、一人の少年が、神を目指す物語である。
あまりダークな世界観は得意じゃありません。
が、相応の努力をしてみようと思います。