烏山と榎本
「烏山君、待って、待って」
校門を出ると後ろから誰かが走ってくる。少なくとも、女子ではないし、椿原でもなかった。
「やっと、追いついたー」
息を切らして、膝に手をついているのは同じクラスの……誰だっけ?
「僕の名前分からないの?ひどいなー。小学校から一緒だったじゃないか」
「そうだったのか」
「そうだよ。榎本だよ。本当に分からなかった?」
「ああ」
「ひどいなー。女の子だったら泣いてるよ」榎本は肩をすくめた。
榎本はいかにも真面目そうな、それでいて、心優しそうな雰囲気がある。俺と並んで歩いているのは不釣り合いに感じる。
「烏山君、あれは酷いよ」榎本は椿原の机を蹴っ飛ばしたことを言っているらしい。
「でも、スカッとした」
「そうか」
「家、同じ方向だよね。一緒に帰ろうか」
榎本と並んで歩いていると、前に緑色の首輪をつけたチワワがいた。颯爽と歩くチワワを見ながら思わずつぶやいていた。
「平和だな」
「ん?何か言った?」
榎本は目を輝かせて、それでいて、幼さ残る笑顔で俺に聞いてきた。
ある朝、登校すると校門にはカメラが数台、それに合わせた人数のレポーターがいた。校舎内を歩けば、ヒソヒソ話が絶えず聞こえてくる。
「ねぇ聞いた?」「ねぇ知ってる?」「自殺したんだって」「三年生の…」
教室でもヒソヒソと話す生徒がいた。鵜飼の姿は見えなかった。
「おはよーさん」
その言葉と同時に後ろから肩を叩かれ、思わずビクついてしまった。
「お、びっくりした?」
そこにいたのは、屈託ない笑顔を見せる榎本だった。
「なんだ、お前か…」
「〝お前〟とはひどいなー。女の子だったら泣いてるよ」
榎本は自分の席に荷物を置き、俺の机に座った。
「烏山君は気にならないの?」
「何がだ」
「カメラとか、うちの生徒の言動」榎本は少し顔を歪めていた。
「………」
突然チャイムが鳴り、放送が入った。緊急の朝礼があるようだ。
生徒は皆、ダルそうに体育館へと向かった。まだ、鵜飼の姿は見えなかった。