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あの時のあいつ

 この男は、市村が呼んだのかと思っていたが、そうではないらしい。だとすれば、この男の目的は一体…。

 俺は、男を前にして、一歩も動けないでいた。何かを感じる。恐怖ではない何かが引っかかっている気がした。少なくとも、今分かることは、この男が父親を撃ったことと、簡単に倒せる相手ではないということだ。

 ドスを向けてきた男は続けて言ってきた。

「烏山のせいで、ビジネスの一つが潰れた。おまけに、俺もこの世界から追い出されそうだ。ただ…」男の口元が少し緩んでいるように見えた。「俺はツイてる。今日ここで烏山の息子の首を取れば、一気にトップになれる!だからよ、借金返済の代わりだ。恨むなら、お前の親父を恨んでくれ」

 俺は、男が喋っている間、ずっと考えていた。

男は右手にドスを持ち、構えている。左手は腰の後ろにまわしている。

 何分経ったのだろうかと、部屋の時計に目をやる。十五分後には、ホテル前に行かなければならない。鵜飼がやって来るからだ。


 鵜飼?


「はっ!」

 俺は、引っかかっていた何かが、少しずつ姿を現したような気がした。鵜飼の顔を思い出したとき、ネットカフェで感じた感覚を思い出した。その感覚を思い出したとき、榎本の顔が頭に浮かんだ。テレビのニュースで報道していた、俺の手で駆除したはずの椿原の顔も浮かんできた。この三人と関連する中学時代の人物………。軽く巻いたロングの髪型をした、堂々たる立ち姿………柊だ。

「そうか!お前はっ」

ガタイが大きく、右手と左手を使う姑息な男。柊に雇われて、鵜飼を痛めつけた男。男の左目にある傷を見るたび、その時の感覚が蘇ってくる。

「ようやく気がついたようだな。この傷はお前につけられた傷だ」

 左手に持つ拳銃で、俺がつけたことになっている傷を指した。

 あれ?いつの間に、拳銃を持っているんだ?

 そんなことを思った瞬間。初めに音が鳴った。撃った時の音なのか、何かが割れた時の音なのか判断はできなかったが、とにかく、何かが割れた。とりあえず、ガラス窓ではない。が、気が付くと、周りはガラスだらけになっていた。

 背後がガラス窓だと、すぐに追い詰められてしまう。そう判断した俺は、斜め前方へと跳んだ。転がり受け身を取り、男の足元に来たとき、ナイフを振った。当然であるが、男には当たらなかった。

 男は跳び、ベッドの上に立っていた。足元が悪そうであるが、深追いはしないことにした。

 落ち着け。と、心の中で言う。今、目の前にいるのは、俺の父親を銃で撃った男。さらに言うと、柊が雇っていた男であり、鵜飼を痛め、俺を痛めつけた男だ。これも、何かの縁だ。ここで、この男を駆除する。

 男が銃を構えた。撃ってくる。弾丸を避けるほどの能力はない。一か八かで横に跳んだ。後ろの方で何かが壊れる音がした。跳んだ先に市村が転がっていた。

 男がベッドから降り、銃を構えながら、近づいてきた。

 一歩二歩と近づいてきたときに、俺は勢いよく立ち上がった。立ち上がるついでに、引っ張り上げた。市村を。完全に〝モノ〟扱いだ。

 市村は盾にする。死んでもなお、国民の役に立つのは、議員としては立派だ。さすが、大物は違う。


市村を盾にしたことに驚いたのかと思いきや、男は躊躇なく銃を撃ってきた。

 案の定、市村の脂肪では弾丸は貫通してこなかった。

 俺は、そのまま男に接近した。男の様子は分からないが、まだ拳銃を構えているに違いない。あとは、自分の感覚に任せるしかない。

 盾となった市原を男に押し付けた。男が少し怯んだのが分かった。俺は右手に持っているナイフを強く握った。ここで避けられたらお終いだ。完全に決めなくてもいい。俺が優勢になれば倒せる。

 市原を押し付けている力を少し抜く。右手を挙げ、勢いよく降ろす。狙うのは男の左肩辺りだ。首に当たってもよかったが、すぐに撃たれる可能性があった。

 刺さった感触がした。

ナイフを抜いた。

 市原越しから、血が噴き出るのが見えた。

 重量感のあるものが落ちた音がした。拳銃だ。

 俺は市原から手を放し、二、三歩分、後ろへと跳んだ。

 男はドスを持ったまま、左肩を抑えた。左腕は力なくぶら下がっている。

 狙い通りだ。

「てめぇ…」男が力なく口を開いた。


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