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NO,BAD  作者: 不落八十八
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一章「中串組」ー3

3



 中串奏。華の女子高生。

 私立高町高等学校の三年生で、将来の夢は家業を引き継ぐかパン屋さん。

 友人関係は極めて良好。

 極道さんの一人娘だと知っても関係が無いと言い切れるようなよろしい関係。

 彼氏は歳イコールで無し。これといって気になる異性は居ないが、高嶺の花扱いをされているらしい。

 顔合わせが台無しになってから彼女が根掘り葉掘りに情報を集めてくれた。

 今は徐々に顔色が良くなり、安堵の溜息が出る程に元気そうにしている。

 ぼくは敢えて奏ちゃんとよろしくしない事にした。

 理由は単純。

 ぼくのような奴を良い奴と宣う祖父が育てた箱入り娘の性格なんざ分かりやす過ぎて「良い人ですね」と世迷い言を吐くに違いないだろうから。

 言うなれば嫌悪だ。

 光に気持ち良く当たる向日葵に、草葉の陰に潜む雑草の気持ちを分かったつもりになって欲しく無いからだ。

 不幸になるとまではいかないが、自惚れながらぼくという存在は奏ちゃんにとっても害悪になるだろうと勝手に判断した結果でもある。

 愛を知る者に愛を知りたがるぼくが良い結果を生み出すわけがない。

 慰められたくも無いのに、勝手に想像して泣かれても困るし、分かったような口調で言い寄られたくもない。

 ぼくは世間一般常識を馬鹿みたいに振り回さずとも悪人であると自覚しているし、罪を償うとかそんなくだらない事を心に抱いてお涙頂戴な茶番をするつもりもない。

 常識なんて誰が決めたんだと反抗するような幼稚な事もしたくない。

 別に、許されるつもりはない。

 人間扱いされなくても構わない。

 いやまぁ、「畜生が!」と罵声を受けたいドMちゃんというわけではなく、ただ単純に自然という世界で生きる事を選択したからだ。

 憎しみからの意味無き殺人。

 食物連鎖による捕食行為。

 これを同等であると常識人振って批判する奴には一生分かって貰わずとも構わないし、逆に構うだけ無駄な奴だとぼくは思っている。

 分からずとも良い。

 分かろうとしない奴には何を言っても無駄なのだから、近寄らないで欲しい。

 つまりは拒絶反応だ。

 ぼくは中串奏に理解してもらう気は無いという拒絶を露わにし、最低限のみのコミニュケーションで済ませるつもりだ。

 フォローは彼女に任せ、ぼくは無口な壁に徹するつもり……だった。


「へぇ……、蟲森様はケバブが好きなんですね。確かにわたくしもあのカリカリとした鶏は好きです」

「いやぁ、賛同を得て嬉しい限りだね。近くには駅前の通りにしか無いから今度自作するつもりなんだよ」


 ……そう、だったのだ。過去形だったんだ。

 何だよこの子、凄い良い子じゃん。

 誰だよ「良い人ですねとか言われたく無い」とか内心で表の住人である奏ちゃんに嫉妬してた奴は。

 縁側で特に理由もなく庭園を見ていたぼくに冷たい緑茶と芋羊羹を用意してくれたり、「これから御迷惑をおかけ致します」と深々と頭を下げたり、お互いに自己紹介を始めたらいつの間にか談笑していた。

 ……嫉妬と憧れが混じってるって事なのかな。

 もしかしたらぼくは学校に通って友人と馬鹿やって宿題に苦しんだりして一日を費やしたかったのかもしれない。

 ふと気付けば学校の事をぼくは尋ねてしまっていた。

 中学までしか行かなかった学校という学びの場所は今のぼくには遠いものだ。

 悲しみや痛みや哀しみや傷みを共感できる友人が欲しかったのかもしれない。

 気付くには遅過ぎるのかもしれないが、ぼくの心にそんな感傷が残っていたのを知れて良かったのかもしれない。

 忘れるのと失うのは違う。

 自身が忘れていてもふとした瞬間に脳が思い出して失せ物が戻ってくるかもしれないが、失ったならそれはもう戻っては来ない。

 死んだ人間が蘇らないように。

 死体が街を歩かないように。

 

「奏ちゃんは友人は多いのかい?」

「いえ、数人だけです。祖父様から量よりも質のある友人関係を築きなさいと教えられましたので。わたくしの家族の事を知っても、わたくしを怖がらない良き友人ができました」

「へぇ、成る程ね。友人ってのは河原で喧嘩しても笑って拳突き合わせるような奴を言うらしいから、羨ましい限りだよ」

「ふふっ、殿方はそんな風に友人を築くのですね。初めて知りました」

「んー、どうだろうね。そんな友人はぼくには居ないから分からないや」

「あら、そうなんですか。では骨骨様とはどのような関係であるのですか?」


 芋羊羹が喉に詰まった気分だ。

 小さく切ってるからそれはあり得ないが、言葉が詰まるという感覚だったのだろう。

 はて、彼女は友人と括って良いのだろうか。

 

「……まぁ、似たようなもんかな」


 お茶を濁す事にした。

 気持ち裏腹に奏ちゃんが出してくれた緑茶は澄みきっているが、ぼくの心はベタついた油汚れのような異物感があった。

 彼女、骨骨骨子はぼくにとって、何だ?

 契約の関係? 同僚の関係? 同居人の関係?

 友人以上恋人未満、そんな当たり障りの無い答えが出たが何処か釈然としないし、違和感がある。

 だが、これ以上考えても答えが出そうになかった。

 いや、出したくないのかもしれない。

 宙ぶらりんのままに、心の天秤をそのままにしたいのかもしれない。

 分からないから、分からないままにしておく。

 今はまだ、結論を出すには早い。


「あら、わたくしはてっきり……将来の伴侶になる方かと」


 鳩尾にパイルバンカーでボディブロウを食らったような衝撃が胸に突き刺さる。

 ぼくと彼女が男女の関係であると、そう言ったのか?

 パイルが炸裂し、胸奥を抉る。

 彼女がぼくの将来の伴侶だと?

 …………別段、悪い気はしないな。

 もっとも、彼女がぼくなんかを好きなんて考えるのは烏滸がましくも自意識過剰という奴なんだろうけれども……。


「あれ、何をやっているんだい?」

「いやその、護衛対象の近辺状況の把握……かな?」

「ふふっ、そうですね。自己紹介をしていただけですよ」


 もやもやする何を感じながらぼくは慌てて仮面を被り直し、奏ちゃんは意味有り気な微笑を浮かべた。

 ジェットコースターが上り坂の頂点で止まった後、安全ベルトが突然上がったような気分。生殺与奪を係員が握って絶体絶命の危機、そんな感じで心臓が戸惑っていた。

 彼女の小悪魔のような蠱惑的な笑みに見惚れる。

 ……考えるのを止めろ。思考停止、開始。


「で、今日からぼくらはここに住む予定だけど抗争はどれぐらいだって?」

「長くても一週間だってさ。あんまり長期戦にしたく無いらしいよ」

「……まぁ、≪スペアリヴ≫の尻尾の付け根を狙うなら短期決戦が妥当かねぇ。最悪ぼくらが前線に出る事だけは回避しないといけないな」

「そうだね。君ならまだしもボクらは足手まといになってしまうからなぁ」


 彼女は死体相手の解体は可能だが、殺し合いや暗殺には彼女は戦力として見れない。

 手負いの相手くらいなら問題無いかもしれないが、実力、つまりは殺人戦闘においては全くの素人だ。

 精々夜道の一般人を狙う程度の殺人鬼であるため、正直に言ってアパートで留守番して夕飯を作っていて欲しいくらいに戦力にならない。

 

「あら、蟲森様はお強いのですか?」


 これまた素っ頓狂な質問だな、と奏ちゃんが極道的な戦いを垣間見ている事を知れたぼくは思う。

 強い弱いを口に出すという事は、実際に強い人物の戦いを見ていて、比較する対象があるという事だ。

 吟醸さん辺りだろうか?

 護られるという事は必然的に“何かから襲われる”という事で、その際に戦いを見ていてもおかしくはない。


「いや、別に取り立てて強いというわけじゃ……」

「え? 何を言っているのさ。四凶の一人≪ホーネット≫を殺したのは君じゃないか」


 四凶。

 裏世界の人物ならば誰もが一度は耳にする“出逢ってはならぬ人物”たちの事で、ぼくは最悪にもその一人と邂逅し、幸いにも勝ってしまった。

 猛毒の≪ホーネット≫。

 代々から連なる殺し屋の一族“骨骨”の六代目にして、彼女、骨骨骨子の父親だ。

 プレイヤーネームは骨骨骨斗(こつぼねほねと)と暗殺に用いる毒針による連想からの名前であり、何処か洒落を感じる辺りが捻くれているのだろう。

 ぼくが勝てたのは偏に相性が良かったからだ。

 インド象すら一刺しで殺す毒を持つ鉢が暴走機関車に巻き込まれたと例えを挙げるのが一番分かりやすいだろうか。

 暗殺は相手に気付かれないから暗殺と呼べるのであり、名も無き殺人鬼だと高を括り、真正面から超パワー型のぼくと対立した彼の慢心による勝利だった。

 即死するタイプの毒を嫌った彼の誇りこそが死による敗北を招いた際たる原因だろう。

 逆に言えば、彼が即死の毒を用いていたのならばぼくの死は確定だったのだ。

 “此方が毒で死ぬ前にぶち殺せば良い”と自殺志願者のような相討ちを狙って、それが見事に大当たりを引く要因になったのだ。

 つまりは偶然。

 辛うじて運が良かったから落ちてた勝利を拾えたといった気分なのであり、ぼく自身が強いとは自画自賛にも口に出せやしないのだ。

 だが、≪ホーネット≫に四凶という異名めいた肩書きが無ければ今ぼくは生きて居ないだろう。

 偶然ではあるがぼくは“四凶の一人を殺した奴”なのだ。

 もしもその結果が無ければ、骨骨家を敵視又は協力していた組織や一族による名声稼ぎや報復に巻き込まれていたのかもしれない。

 だから都合上にその偶然の勝利を持ち続けるため、“まだ生きている”という痕跡を作るために死体処理班グループ≪グールズ≫として活動しているのだ。

 そうなってしまった事に後悔も嫌みも無いし、むしろ彼女という背を任せる事のできる人物を得たので喜ばしい限りだ。

 

「……まぁ、接近戦なら強いってだけだよ」


 不意打ちで無ければ辛うじて銃弾は避ける事が可能と言えば可能だが、マシンガンなどは無理ゲーであるため勘弁して欲しいものだ。

 ≪ゴブレッド≫のように爆弾を使われたら一発は避けても二発三発で爆死は免れない。

 元々やる気が無かったからぼくらは生き延びれたものの、あの火炎瓶による縦断爆撃は戦慄を覚えた。

 有名な配管工ゲーに出てくるハンマー投げの敵を三倍速して更に真っ直ぐ投擲したと思ってくれれば分かりやすいだろうか。

 火炎瓶二ダースによる鬼ごっこは本当に死を覚悟した。

 今となっては懐かしくも香ばしい思い出ではあるが、やっぱりあいつは今も好きになれない。

 脱線したが、別にぼくは強く無い。

 常人が越えぬ一線を越えただけだ。

 間違えていたら廃人になっていたかもしれないし、間違えていたら四肢が戯れの果ての人形の末路を迎えていたかもしれないし、死んでいたかもしれない。

 だが、人を文字通り食物にしてぼくは未だに生きている。

 皮肉にも、人を食って、生きている。


「……まぁ、心配しなくても良いさ。君らよりは十パーセントくらい体は頑丈だから」

「具体的な数字は割愛しとくとしてだね、彼とボクは今日から君の護衛を担当する≪グールズ≫だ。基本的にボクがお世話で彼が警戒するスタイルを取らせて貰う。君は女の子だし、それで問題無いだろう?」

「ええ、お任せします。こう見えてもわたくし、お年頃な小娘ですので……」


 こそこそと奏ちゃんは彼女の耳元に囁き、数秒の末に彼女は頬を赤くして此方を形容し難い視線で見てきた。

 ……セクハラとかしてないからね?

 心当たりは無いが一応弁解を心の中で組み立てるが、何故かむすっとした不機嫌な顔になられてしまった。

 ぼくにどうしろというんだ。


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