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NO,BAD  作者: 不落八十八
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序章「グールズ」ー4

4



 ただいま、と言って返事が返ってこない。

 彼女はまだ帰宅していないようだ。


「さて、何をするかな」


 異臭やら潮風やらで体がヤバイ。

 ぼくが殺る気に満ちていた頃はこの程度気にするまでもない事だったけれど、一応彼女と同棲の真似事をしているわけだし、最低限の清潔さは保っておくべきだろう。

 このアパート、外見がボロいわりには中身が充実しているので共同のトイレやら風呂やらキッチンが無い。全て全部屋に備え付けしてあるらしい。加えて箪笥やクローゼットなどの家具から新しい歯磨きブラシまで新生活を過度に応援してくれているために未だに感謝尽くせないほどだ。

 そのためよっぽどの事が無い限りぼくらは半蔵さんの依頼を断らない。ギヴ&テイクな関係が今は心地良い。

 風呂一式を集めたぼくは風呂場に向かい、扉を開く。

 そこには半裸の彼女が居た。いや、ほぼ全裸だが。

 飾り気の無いショーツだけで、首から下がるバスタオルが「未だ発展途中なんだ」と彼女が力説する代わり映えの無い小さな胸を覆っていた。

 

「……た、ただいま」

「……………………おかえり。遺言は遺しとくかい?」


 笑顔が怖い。

 確かにノックして事前確認するのを忘れていたぼくが全面的に悪い。


「……とても眼福でした。不注意で覗いてしまいごめんなさい」

「最初に本音を持ってくる辺り反省してないようだね」

「いや、その……。ぼくとしては君の肢体は美しくて凄く見惚れてしまうわけでーー」


 会話が切れるまで見放題だと彼女は何故か気付かない。そんな背徳的かつ博打的な打算をしながらぼくは褒めて褒めて褒めの押しで褒めまくる。

 結局、彼女はぼくの必死な誉め殺しに怒りが冷めたのか「まったく君という奴は……仕方が無いなぁ」と可愛らしい反応で許してくれた。

 脳内のSDカードが三枚程埋まるくらいにぼくは彼女の肢体を脳内に刻み込んでいる。よし、これでいつでも闘えるぜ。

 何と闘うかは人には言えないけど。

 

「……ふぅ、幸せだった」


 頭や体の汚れをスッキリさせ、湯船から出て体をバスタオルで拭う。

 彼女は綺麗好きな節があるので仕事帰りにはよくお風呂へ入る。

 ぼくは≪フランドール≫や≪ネクロフィリア≫に死体を運んだ時だけそのお風呂の恩恵を受ける。

 まぁ、時期的にもクリスマスに近付いて寒くなっているから体を温める意味合いも彼女にはありそうだけど。

 お気に入りのシャツとお値段据え置きなジーンズに着替えたぼくはバスタオルで頭を拭いながら風呂場から出る。

 彼女はもう怒っていないようで、使い終わったドライヤーを貸してくれた。


「そういえば≪ロシアンルーレット≫という双子はどんな感じだったんだい?」

「んー。小飼されてる哀れな双子の少女って感じだね。気配の殺し方とか感情の押さえ具合が少しヤバめだったよ」

「ふぅん? 暗殺者寄りだった?」

「いや、むしろ人形みたいだった。傀儡と形容した方がしっくり来るかな。当たり前な事をやらされてるみたいな雰囲気」

「……あらら、一騒動起きそうだ」


 役目を終えたドライヤーと淹れたて珈琲と取り替えてくれた彼女にぼくは首を傾げる。

 

「今現在、中串組と≪ロシアンルーレット≫を飼ってる≪スペアリヴ≫が抗争中らしいのよ」

「……へぇ」


 スペアリブが香草に巻かれてる絵図を浮かべてしまうが、最後を強調している辺り「ブ」では無く「ヴ」か。

 ≪スペアリヴ≫ねぇ……聞いた事が無い。

 彼女曰く、海外貿易を主流にしているマフィアもどきの組織らしいが、最近この街で麻薬を売り捌く闇ブローカーになり「麻薬駄目絶対」な中串組と鉢合わせして勃発。

 中級な組織を幾つも構えているからか蜥蜴の尻尾切りがし易く、それ故に≪スペアリヴ≫。代替ある人生という意味合いからそう呼ばれているらしい。

 くだらない話に嫌気がしてきた。麻薬程度の興奮なんて脳内麻薬で賄えるだろうに。努力が足りない奴らのお遊戯に付き合える程ぼくらは暇じゃない。

 まぁ、そんな救えない奴らが居るおかげで、ぼくらみたいな救い難い奴らが得をするのだから、これ程カモな話は無い。

 カモがネギ背負いながらタレ被って焼かれたのを、ぼくらは横合いから食べるだけだ。

 

「お仕事が沢山来るね。喜ばしい事じゃないか」

「くくっ。しかし、君は“また”違う事をするつもりなんだろう? このボクを陥落させたように、また誰かを救っちゃうんだろう?」

「……救ってなんか無い。あの時偶々お腹が減っただけさ」

「へぇ? ボクを追い詰めてきたストーカーを喰べたのはそんな事だと済ます内容なのかい」


 蠱惑的な笑みを浮かべて彼女は嬉しそうにぼくを問い詰める。その時の応酬は既に終えたと思っていたぼくにとっては邪険にし辛い。


「女の子の初めてを奪ったのは君だったと思うのだけど、何時迄も逃げ通せると思ったら大間違いだよ」

「……ごめん、もう一回言ってくれるかい?」

「……………………変態だねぇ君も」


 「ボクの初めてを奪ったのは君だろう」と誘惑するように甘く囁かれてしまい、場を流すための冗談は正夢みたいに実現してしまう。

 ……ファーストキスを奪ったのはぼくだけど、セカンドキスは君に奪われた気がするんだけどね。

 ぼくは彼女を救う理由のために報酬を受け取っただけで、別に彼女を愛しているからキスしたわけじゃない。

 理由が欲しい。

 何かをするための後押しが欲しいだなんて、馬鹿げた事かも知れないがぼくには必要だった。

 たったそれだけだ。

 彼女に言えば「然れどそれだけの理由だろう」と慰められてしまうので口には出さない。

 ぼくは彼女を“愛したくない”。

 “愛する”という事はーーーーなのだから。

 たったそれだけの事だけれども。

 家族から学んだ“愛”。

 それを彼女にするのは、今のぼくにはできそうに無い。


「……まぁ、君の抱える闇は知ってるからさ。だからこれはただの戯言(たわむれごと)なのさ、今はまだ、ね」

「……ほんと、申し訳ない」

「なぁに、ボクには君がくれた自由がある。まだまだ時間はあるのさ。ボクも、君にもね」





序章「グールズ」了。

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