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NO,BAD  作者: 不落八十八
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序章「グールズ」ー3



 逃げ出したぼくは廃工場からトランクケースのキャスターをフル回転させて、人通りが無い道を選んでとある教会を目指していた。

 ≪フランドール≫がシスターを務める冒涜的過ぎる個人教会は港から少し離れた場所にあり、舞い込む暖かな潮風に死体の腐乱を助長させたり汲んできた海水で締めて長く貯蔵できたりするという嫌な理由で建てられ、この街の処理場の中でもトップを争う強烈な場所だ。

 しかし、それ故に知名度が高まり、この街の裏世界では≪ネクロフィリア≫と肩を並んで大御所として存在している。

 ちなみに≪ネクロフィリア≫は手渡された死体と対面した瞬間に、発狂しかねないくらい興奮してしまう変態さんたちが経営している処理場だ。

 「恋人は死体だけで良い」と満足気にサムズアップする姿に、幾度渾身の蹴りを食らわしてやりたいと思った事か。

 今回の依頼に≪フランドール≫が指定されていたのはあの廃工場から近かったからだろう。

 依頼者に感謝だ。あの腐れ変態共に会わなくて済むのだから。

 とはいえ、目の前の教会に住む二人も中々クセのある人物だ。気疲れをしない分胃には優しいけど、やっぱり天然にぼくの胃をひっくり返すからよろしくはない。

 確か、初対面の頃にはまだ腐乱死体に免疫無かったから吐きそうになって口を押さえたら、何故か喜々として≪フランドール≫が胃の中のモノを吸い出さんとサードキスを突然胃の中身ごと奪ったんだよな。

 酷い目に遭った、と彼女に話したら何故か不機嫌になって、次の日の朝珈琲の時からぼくのだけ麺つゆだったり烏賊墨だったりと可愛らしい悪戯をされたのを覚えている。チョイスが全て一応は飲めるものだから彼女は優しい。容赦無くぼくはそれらをうどんやパスタにして朝食を作ったけどね。意外と好評で、機嫌が良くなったんだよな。どういう理屈なんだろうか、あれは。

 

「……お祈りする?」

「いや、遠慮しとく」

「…………そう」


 教会の入口からひょこっと顔を出した無表情の少女は何処か残念そうに出てきた。

 ≪フランドール≫と呼ばれる所以はその容姿にある。まるで西洋人形のような綺麗な顔に常に無表情の仮面が張り付いていて、純白な修道服を着崩すという新ジャンルを開拓しかねない格好と我儘ボディが内側から出張していて大変眼福。

 普段は無表情がデフォルトな少女だが、腐乱死体を見るとくまの人形を見て無邪気に笑う幼い子供のように可愛らしい微笑を浮かべる。

 だから、腐乱好きな人形≪フランドール≫。

 殺し屋のプレイヤーネームや殺人鬼のキリングネームとは違って皮肉な通り名。

 ぼくも、彼女も、≪グールズ≫と名乗っているのは、性癖たる食人を皮肉っている通り名だからだ。

 裏世界の住人なら通り名は覚えていて損は無い。

 固定概念に囚われて裏を書かれたり逆に特定したりと様々な要因に成り得るために、知名度があるという事は通り名が浸透しているのと同義であり、相当の実力者又は実力派グループという事を示している。

 ≪ロシアンルーレット≫はプレイヤーネームか。つまり、性質を表す通り名という事だ。

 六発中の一発で暗殺? 

 単にリボルバーを使っているからか?

 それならマグナムとかでも良さそうだけども。まぁ、よく分からん。シリンダーみたいに回されてる気分だ。


「……それ」

「あ、これが仕事のトランクケース。中身は」

「……匂いで分かる。……推定七日以上の男性死体の匂い。……死因は、拳銃と刃物の傷からの出血。……出血量から即死じゃ、無い」


 流石としか言いようが無い。あの異臭でそこまで嗅ぎ分けられるなんて絶句を通り過ぎて最早唖然の域だ。

 ……はて、切り傷なんてあったか?

 いや、じっくり見回すような事はできやしなかったが、≪フランドール≫がそう言うならそういう事なんだろう。

 ぼくからトランクケースを受け取った≪フランドール≫はキャスターを使って教会へ、ぼくも書類を貰わないと困るからその背について行く。

 教会の中はそこらの教会に準じていて長椅子やら神様を祀る像とかで、処理場は神父室にある扉だ。

 ここになんちゃってシスターの≪フランドール≫が居るから、もう一人は神父が居るのだろう、そう最初の頃は思っていた。

 神父室は酔っ払いそうな酒の匂いが充満していて、テーブルに干し肉を噛みながらテキーラ瓶をラッパ飲みするダンディかつ駄目男な人物が居た。


「……お久しぶりだな、≪ゴブレッド≫」

「おんや、その声は≪グロテスク≫じゃあないか」


 けたけたと愉快そうにぼくのキリングネームを呼んだ神父。逞しい顎鬚にミスマッチのくたびれた神父服。ダンディズム溢れるその老いた風貌は、まさに最老の観察者。

 零れ行く筈の歴史を拾う、醜悪な情熱家≪ゴブレッド≫。

 この街でぼくの過去をよく知る“最後”の一人。

 三晩まで振舞われた最悪なる饗宴に生き延びた殺し屋。

 この街で唯一ぼくが頭を下げたくない奴だ。

 

「……生憎様、今のぼくは≪グールズ≫の片割れさ。昔の名は宝箱に仕舞ってあるからさ、勝手に開くなよ神父様」

「くかかッ、随分と捻くれて皮肉になったな少年。教会にようこそリビングデッド、懺悔室はあちらだぜ」

「……はぁ」


 あんたも大概変わってねぇ。

 この軽い言動と相手を見越す観察眼はあの時と代わり映えしない程に健在だった。

 いつもは≪フランドール≫に任せっきりだが、たまに仕事を拾ってきては色々とやらかす火遊び人。燃えるのは隣の垣根であるから尚更性根(たち)が悪い。

 ぼくは≪ゴブレッド≫を一瞥し、懺悔室へ向かい無造作に放られた感がある書類を拾い集める。


「なぁ少年。愛ってのは何だろうな」

「ぼくとしちゃあ殺し合ったぼくにフレンドリーに接してくるあんたの方が知ってると思うんだがね」

「ああ、そりゃ知ってるさ。なんせなんちゃって神父様だぜ俺ぁ。だがよぉ、知りたがりってのは自分の事じゃなく他人を知りたがるもんなのさ」

「だからぼくに尋ねてんのか」

「そーなるなぁ。いやほら、三晩で裏世界に恐怖を振り撒き、旋律の如く刺客を葬り、戦慄の余韻を遺して去った喰い散らかしの殺人鬼≪グロテスク≫だった少年がどんな解答を出すかダービーの大穴くらいに気になるのは仕方あるまいて」

「うっさい。人の過去を軽々しく暴露してくれんなよ。≪フランドール≫ちゃんがドン引きしたらどうしてくれんだ。終いにゃ泣くぞ」


 ぼくは拾い集めた書類をこれ見よがしに置かれた茶封筒に仕舞い込み、開いた扉へ振り返る。

 ≪フランドール≫は話よりも干し肉に夢中のようで、その様子を見て微妙な気持ちになるぼくを≪ゴブレッド≫は嘲笑う。


「……ぼくは愛ってもんは犠牲だと思ってる。ウミガメのスープみたいな美談のような、美しくも儚く理解されない物語のような、甘ったるいもんだろうさ」

「へぇ、犠牲なる愛情か。これまた捻くれた答えを出すもんだな」

「悪いか」

「いや、悪くは無い」


 テキーラ瓶を飲み干し、ゴミ箱に放り投げた≪ゴブレッド≫は不敵に笑う。


「まぁ、何にせよ。やりたい事をやれよ少年。解答の感謝として、礼金は増しといた。彼女さんとごゆるりとな」

「……まぁ、素直に感謝しとく。野菜が少し高いからね、少し困ってたのさ」


 それと彼女とはまだ恋仲じゃねぇと言葉を叩きつけて、ぼくは教会から去った。

 早くアパートに帰りたい。そんな気分だった。

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