第9話「Last Smile」
「……完全同調……?」
ツムギから溢れ出す柔らかな光を見つめ、閃が思わず呟いた。
「このタイミングで……?」
怜も、信じられないというように目を細める。
これまで完全同調を発動させたのは、閃、怜、烈——
いずれも戦闘の極限状態の最中だった。
だが、音は違った。
まるで、静かな決意の先に辿り着いたような目覚めだった。
「大丈夫。見てて」
音は穏やかに、けれど迷いなく3人に告げる。
そしてツムギをゆっくりと、エンプティアとラフティアの元へ進ませた。
「お、おい……」
烈が思わず声を漏らすが、それ以上は何も言わなかった。
今は、音を信じるしかない。
激しく刃を交えていた2機も、近づく光に気づき、動きを止めた。
「え……音……さん……?」
イノが、煌めきを放つツムギを見上げる。
その光は、不思議とイノの胸の奥を静めていた。
ラフティアも完全に動きを止め、ツムギを見つめている。
(サム……もう大丈夫。もう……苦しい思いはさせないから)
音はそう心で呟き、ツムギの掌を、そっとラフティアの胸部へ当てた。
そこは、サムのいる場所。
「《解放のウィンド》」
淡く優しい光の粒子が、手のひらからラフティアの内部へと流れ込む。
荒れ狂う黒いエーテルを包み込み、鎮め、ほどいていく。
そして——
光はサムだけをやさしく包み上げ、そのままツムギの掌へと引き寄せた。
その瞬間、“核”を失ったラフティアの巨体は、急速に元の大きさへと縮み、力を失った抜け殻のように、静かに地面へ崩れ落ちた。
◆
「サムを……助けたのか……?」
烈が、信じられないという声で呟く。
「……そう、みたいね……」
怜も小さく息を吐いた。
3人は、音とイノの元へ駆け寄る。
ツムギの掌の中には、優しい光に包まれたサムの姿。
音はそっと、エンプティアへ差し出した。
「音さん……サムを救ってくれたんだね……」
「もう、2人が傷つけ合う必要はないよ」
静かな言葉。
「本当に……本当に、ありがとう」
イノは、心の底から感謝をした。
「ううん……わたしは、できることを、ただしただけだから……」
そう言うと、音は《治癒のウィンド》を発動。
閃との戦闘、そしてラフティアとの交戦で傷だらけだったエンプティアは、淡い光に包まれ、一瞬で修復されていた。
そこへ、3人が合流する。
「イノ……」
閃が静かに呼びかける。
「閃……皆さん。この戦い……ボクらの、ゼクストの負けです」
イノは続ける。
「ボクは……いや、“ボクら”は、もう戦いから降ります……」
イノの言葉を、ファクターズは黙って聞いていた。
「だから……どうか……見逃してください」
エンプティアは膝をつき、明確な降伏の姿勢を取った。
「そんなの、当たり前じゃん。というか、最初からそのつもりだし」
閃は即答した。
「ああ。それより、サムは……?」
烈が不安げに問う。
「ありがとう、閃。烈さん。サムは……」
イノは一瞬、言葉を詰まらせる。
音の力で命はかろうじて繋がっている。
だが、それは長くはもたない。
それを、イノは感じ取っていた。
音も理解している。
そして3人も、イノの反応から察した。
「……あとのことは、全部私たちに任せて。行って」
怜が静かに言う。
「怜さん……皆さん、本当にありがとう……行かせてもらうね……」
エンプティアはサムを抱え、静かにその場を離れた。
「……俺たちも、帰ろう」
しばしの沈黙の後、閃が言った。
◆
上空を飛ぶエンプティア。
イノは掌の中のサムを見つめていた。
(イノ……少し、話そう)
「サム?」
その声を確認すると、エンプティアは近くの海辺へと着地した。
見晴らしの良い、自然に囲まれた静かな浜辺。
イノは優しくサムを下ろす。
「サム、大丈夫?」
「あぁ……イノ。うん……大丈夫……だよ。音のおかげで……今、すごく楽なんだ」
「よかった……」
「でも……多分、もう……もたない……かも」
声が、次第に細くなる。
「サム……」
イノはそっとマスクを外そうとする。
だが、サムはその手を優しく止めた。
「イノ……ごめんね……キミを……ひとりにさせてしまうかも……」
震える声。
「そんなことないよ……サムも、クリスも、アークも……もうボクの一部なんだから」
イノは手を握りしめる。
「……イノ……僕のワガママ……聞いてくれる……?」
「うん。なんでも」
「……どうか、生きてほしい……イノには、生きてて……ほしい……」
マスクの横から、涙が零れていた。
「……こんな酷い世界で……キミを1人にして……“生きててほしい”なんて……残酷な……お願いだよね……」
「そんなことないよ……だって、もしボクがサムの立場だったら……きっと同じこと言うから」
「……ありがとう、イノ……どうか……僕たちの、“ゼクスト”の……生きた……証を……」
「うん……もちろんだよ……サム……」
返事は、もうなかった。
イノは、サムの亡骸を静かに抱きしめる。
悲しくはない。
イノは悲しみを失った存在だから。
だが、胸の奥から、言葉では表せない感情が静かに溢れていた。
イノは、美しい海へとサムを沈めた。
生前、サムはよく海の絵を描いていた。
(サム……クリス……アーク……みんなは、ゆっくり休んでて)
(やるべきことは、全部ボクに任せて)
(おやすみなさい……)
(第7章 完)




