第7話「それぞれの戦い」
魔獣とは——
古代より世界の陰に生息してきた異形の生物の総称である。
本来は通常の動物や昆虫であった個体が、未知の変異を経て誕生した存在。
そのため、通常の生物とは明確に区別され、“魔獣種”として分類されている。
種類は多岐に渡るが、共通点がある。
すべて夜行性で、暗所を好むという点だ。
そして、目の前にいるのは、昆虫型のエレイーター。
魔獣は基本的に肉食だが、エレイーターは例外的に電気を主食とする。
その特性から、この名が付けられた。
さらに、もうひとつの特性が“ステルス能力”。
ドローンで内部をスキャンした際、生体反応が検知されなかったのは、この能力によるものだった。
◆
閃に吹き飛ばされたエレイーターは、ゆっくりと体勢を立て直す。
(……電力停止は、コイツの仕業か)
ようやく、すべてが繋がった。
エレイーターの体長は約5メートル。
完全な成体だ。
いつからこの施設に潜んでいたのか。
最初から成体だったのか、それともここで成長したのか、それは今は分からない。
だが、ひとつだけ確かなことがある。
この魔獣は、この街の電力を“餌”にしていた。
電力施設は森林地帯に隣接している。
侵入経路は、おそらくそこだろう。
エレイーターは特性上、何もなければ比較的無害に近い。
だからこそ、施設自体は破壊されずに保たれていた。
しかし、近隣で発生した小規模な戦闘。
それを察知したエレイーターが暴れ回り、結果として設備を破壊。
そして完全停止に至った。
本来は無関係だった2つの問題が、最悪の形で重なったのだ。
施設内に張り巡らされた糸は、非常に粘着性が高い。
一度絡め取られれば、脱出は困難。
閃は両脚に雷のエーテルを集中させ、糸を焼き切るようにして回避を続けていた。
(さて……どうする)
エレイーターは電気を食う。
だが——
(“エーテルの電気”は、どうだ?)
閃は魔獣に関する知識を一通り得ていた。
理由は、ファクターズの任務には、魔獣討伐も含まれているからだ。
魔獣は、強固な外皮と高い再生能力を持つ。
SDの兵器でさえ、有効打にならない。
だからこそ、軍や専門ハンターは討伐の際、エーテル素材を用いた特殊弾を使用する。
そして、ファクターズのエーテルスキル。
つまり、純度100パーセントのエーテル攻撃。
それは、魔獣に対して最も有効な手段だった。
ただし、代償もある。
魔獣はエーテルそのものを非常に好み、捕食することすらできる。
五感か、本能か——それは不明だが、確実に認識している。
根拠は一切ないが「通常生物がエーテルを摂取し続け、魔獣になった」という説が出るほどだ。
——雷のエーテルは、毒か、それとも、餌か。
◆
閃はファクターズとして、魔獣と交戦した経験はある。
だが、単独戦闘は初めてだった。
(バサラヲが使えたら、瞬殺なんだけどな。そんなこと考えても仕方ないか)
そう思いながらも、閃は《雷撃》を最大出力で放った。
SDの電気系統すら完全に狂わせる威力。
エレイーターは再び壁に叩きつけられる。
しかし、ダメージは皆無。
それどころか、先ほどよりも動きが鋭くなっていた。
閃は舌打ちする。
(効いてない。それどころか吸収してる)
半端な攻撃は、完全に逆効果だった。
◆
一方、東は1階に到達していた。
備え付けのリペアキットを掴み、第三電源へ向かう。
後ろにはドローンがついてきていた。
自分と一緒に吹き飛ばされたらしい。
(……僕は……)
魔獣を初めて目の前にし、恐怖で身体が動かなかった。
何もできなかった事実が、胸を締め付ける。
そのとき、タイミングよく通信が入った。
『グンジン、気にすんな!みんなそうだった!』
『俺も、怜も、音も——あの烈だって、最初は全員ビビり散らしてた!』
「!……上矢くん……」
胸が、熱くなる。
『焦らなくていい。急がなくていい。落ち着いて、確実に直してくれ。俺は——』
一瞬、間が空く。
『こんなクモ野郎に負けねぇから!それに外にはバサラヲもある!いじゃとなれば——あ、噛んだ』
通信は途切れた。
「……ありがとう……!」
東の心から、迷いが消えた。
(あなたは……本当に太陽みたいな人だ)
自然と、口角が上がる。
ドローンの補助を受けながら、修理は順調に進んだ。
◆
エレイーターの攻撃は、明らかに激しさを増していた。
閃は強化スキル《化身鳴》を発動し、身体能力を底上げする。
それを察知したエレイーターは、歓喜するかのように襲いかかってきた。
回避自体は難しくない。
スピードでは圧倒的にこちらが上。
だが、攻撃が通らなければ意味がない。
その時、別方向からの糸が、閃の背中に絡みつく。
(……やっぱり、孵化してたか!!)
正体は幼体のエレイーター。
魔獣は単体生殖が可能だが、昆虫型のみ複数の産卵が可能だった。
そして、エレイーターは幼体とはいえ、体長は50センチ近い。
閃は即座に上着を脱ぎ、糸から離脱する。
《化身鳴》を使った理由は、最初からこれだった。
地下に、幼体がいる。
そして、予想は的中した。
閃の強力なエーテルを感じ取った幼体のエレイーターは、通気口を渡って来ていた。
四方から飛ぶ糸をかわしつつ、位置と数を把握する。
幼体の数は3体。
その瞬間、東から通信が入った。
『上矢くん!復旧、完了しました!!』
その言葉を聞いた瞬間、閃は叫んだ。
「よっしゃ!!」
もう、遠慮はいらない。
「よぉ。そんなに電気が好きなら……」
閃は笑う。
「腹いっぱい食わせてやるよ——破裂するくらいな!!」
閃は《雷導》を使用した。
床に張り巡らされた糸を媒介に、電撃が一気に拡散する。
《化身鳴》で強化された雷は、幼体を次々に内側から破裂させた。
いくら電気を食うとはいえ、容量には限界がある。
残るは、成体のみ。
「どっちが先かな!?」
さらに電圧を引き上げる。
すると、エレイーターの外殻に、僅かにヒビが入った。
閃はそれを見逃さなかった。
《雷導》を止め、一瞬で距離を詰める。
ひび割れた一点へ、フルパワーで《雷衝》を放った。
エレイーターは、粉々に砕け散った。
閃はすぐに東に通信を入れた。
「……ハァ……ハァ……こっちも……終わった……」
エーテル容量は、底をつきかけていた。
「……本当に……無事でよかった……!」
東は、心からそう思ったのだった。
一方、街には電力が戻り、人々は安堵の表情を浮かべていた。




