第2話「光の届かない世界で②」
シラユキの存在に、密猟者達はすぐに気づいた。
使用しているSDは“ブロックス・ダイバー”
ブロックスを海底調査用に改修した非武装仕様。
しかしそれらは密猟者によって戦闘仕様となっていた。
古代クジラに取り付いていた5機のうち、3機が迎撃に回る。
水中とはいえ性能だけを見れば、シラユキが圧倒的に有利。
しかし、エーテルで機体を強化し発光している影響で、位置が相手には丸見えだった。
一方でシラユキ側の視界は悪く、頼れるのは自身のモニターと、ビットから送られてくる映像だけ。
3機のブロックス・ダイバーから、魚雷が一斉に放たれたが、シラユキは即座に回避した。
その瞬間——
水を通して、低く唸るような音が響いた。
「!?」
怜が視線を向けると、古代クジラに取り付いている残りの2機が、さらに銛を突き立てていた。
一瞬、動きが止まったシラユキ。
その隙を、密猟者は逃さなかった。
3機のうち2機がスタンワイヤーガンを放ち、左腕と右脚に正確に絡め取ると、即座に高圧電流を流す。
「———っ!!」
声にならない悲鳴が、怜の喉から漏れた。
水中での高圧電流。
並の人間なら、即死していてもおかしくない。
そして残る1機が、ナイフを構え、一直線にシラユキの腹部へと迫る。
「怜っ!!」
それを見た音は、思わず呼び捨てにして叫んでいた。
ツムギのガンブレードを握り締める。
だが——
ナイフは届かなかった。
《アイスシールド》が展開され、攻撃を阻んでいたのだ。
同時に、ジャベリンが回転し、絡みついたワイヤーを瞬時に切断。
ナイフを構えていた機体は、すでに氷に侵食され、動きを止めていた。
「《氷槍》」
氷で作られた長槍が、2本。
目にも止まらぬ速さで放たれ、2機のコクピットを正確に貫く。
「……大丈夫よ」
怜は通信越しに音へ告げる。
「……うん!」
音はガンブレードから手を離し、再び探索に集中した。
◆
残るのは、古代クジラに取り付いた2機。
遠距離攻撃は、古代クジラを巻き込む危険がある。
接近するしかないが、暴れるクジラに近づくのは容易ではなかった。
同時に、怜の中に疑問が浮かんでいた。
——SDは現在2機、元々は5機。
水中仕様とはいえ、たった5機では古代クジラの捕獲は不可能。
それに、捕獲というにはあまりに攻撃が激しい。
生死を問わない?
それでも、2機だけではどうにもならないはず。
……それなのに、なぜ撤退しない?
思考を巡らせていると、音から通信が入った。
「まだいる!3機!…それに、これって…!」
音は続ける。
「“子クジラ”もいる!!」
その言葉で、すべてが繋がった。
密猟者の狙いは、親ではなく子クジラ。
親クジラは、子クジラをおびき寄せるための餌であり、怜達を引きつける囮。
最初から、生死など気にしていなかったのだ。
子クジラなら、SD2~3機でも捕獲可能。
もし音が探索をやめ、戦闘に参加していたら、この反応は見逃していただろう。
怜はビットの情報を頼りに、速度を一気に上げた。
モニターには、SDと子クジラが離れていく反応。
そして、瀕死状態の親クジラ。
幼い頃、目の前で母親を失った記憶が無意識に重なる。
その瞬間——
シラユキの身体が、エーテルとは異なる“光の粒子”を纏った。
怜とシラユキは、完全同調を引き起こしていた。
静かなる超加速。
離れていた距離を、一瞬で詰めた。
そこには、鋼鉄の網に絡め取られた、傷だらけの子クジラがいた。
突然現れたシラユキに、密猟者達は明らかに動揺する。
だが次の瞬間、3機すべてが氷漬けになっていた。
網から解放される子クジラ。
「……子クジラちゃん。ちょっと待っててね」
そう言い残し、怜はすぐさま親クジラの元へ戻る。
そして、残る2機も同様に氷漬けにした。
◆
戦闘終了と同時に、光の粒子は静かに消えていった。
音はすでに子クジラの元へ向かっていた。
深々と刺さった銛を抜き、氷による止血と回復を同時に行う《アイスヒーリング》で親クジラの治療を始める。
「ごめんね…少しだけ、我慢してて…!」
そう言いながら、手当を続ける。
「怜ちゃん!おまたせ!」
音が、元気になった子クジラと共に戻ってきた。
音のスキルにより、子クジラは完全に回復していた。
音も加わり、2人で親クジラの治療を終える。
やがて、親子クジラは並んで、深海へと去っていった。
その背中を見送る2人の表情は、穏やかだった。
◆
キャリアへ戻り、海上保安庁へ連絡する怜。
状況を淡々と報告する。
『ご協力、心より感謝いたします……。本当に、本当に、ありがとうございます……』
年配の男性の声は、涙に滲んでいた。
背後からは、職員たちの安堵と歓喜の声が聞こえる。
人の醜さも、優しさも、どちらもこの世界には存在する。
怜と音は、それを静かに感じていた。
◆
帰りのキャリアの中。
「……そういえば、音」
怜が切り出す。
「なぁに?」
「“怜”って、呼んでくれたね」
「あっ!ごめんね、つい……」
「違うよ。嬉しかった」
怜は、少し照れながら言った。
「ほんと?」
音は、ぱっと笑顔になる。
怜は頷いた。
「……じゃあ、“怜”って呼んでもいい?2人きりのときに……」
音も、少し照れながら言う。
「……嬉しい」
2人の心の距離は、さらに縮まったようだ。




