第3話「カイバ」
全てのEDに搭載されているブレイン“カイバ”。
・EDを操作するための「補助兼・自立プログラムAI」
・機体のトラブルやエーテル切れの際、カイバの緊急自立プログラムが発動し、自動稼働に切り替わる
・この自立プログラムは、ファクターの任意で起動することも可能
さらにEDには、“エーテルコンデンサー”も内蔵されている。
言わばEDの「予備バッテリー」かつ「エーテル貯蔵器官」。
つまり今のバサラヲは——
カイバによる“自立モード”に移行していた。
自立モードでは、スキルは使えない。
だが、閃の戦闘データはプログラムとして記録されている。
そこに回避特化の行動パターンを組み合わせれば、短時間ならこの暴走状態のレギオンΩにも対処はできる。
そして、その戦いを支えるのが音だった。
音はファクターズの中でも、最もエーテル容量が多い。
だからこそ、先にエーテル切れを起こしそうな閃を優先し、自分の力を残していた。
閃はコクピットの中で目を閉じ、深く息を吸い、回復に意識を集中させる。
一方で、ベルセルク状態だったレギオンΩの動きが、少しずつ鈍り始めていた。
(やばっ……もうそろそろ限界かな?)
メルはそう察しつつも、動きの変わったバサラヲを重点的に狙っていた。
ハードクラッシャーの猛攻を、バサラヲはギリギリで捌き続ける。
だが防御が弾かれ、ついにハードクラッシャーが直撃しようとした、その瞬間——。
背面から強烈な衝撃が走り、レギオンΩが吹き飛んだ。
音が最後の力を振り絞り、《突破のウィンド》を放ったのだ。
一点に高密度の空気弾を叩き込み、ピンポイントで破壊するスキル。
狙いは——
以前、2機で刻んだ背中のバツ印の斬撃跡。
そこに撃ち込んだ。
レギオンΩの損傷は一気に広がり、ベルセルク・ギアの限界を告げる警告音が、コクピット内に鳴り響く。
「っ…!ここまでか!!」
さすがのメルも、顔をしかめた。
そしてレギオンΩは、ヴァルキリー・ギアをフル稼働させ、そのまま戦域から離脱していった。
◆
「さっすが音! カイバさんも助かったよ」
閃が息を整えながら言う。
「はぁ、はぁ……久しぶりだよ、エーテル空っぽになるの……」
音は肩で息をしながらも、どこかスッキリした笑顔を浮かべていた。
『オフタリトモ、ブジデナニヨリデス。センサマモ、レイセイナハンダン——スバラシイ』
バサラヲのカイバが、無機質な声で告げる。
続いて、ツムギからも別の声がした。
バサラヲのカイバとは違うタイプの、機械的な女性の声だ。
『オンサマ。オツカレサマデゴザイマスル。アトハワタクシガ、ツムギヲ エアキャリアマデ 、イドウサセマスルノデ、ユックリ ヤスンデクダサイマスル』
ツムギに搭載されたカイバが、いつもの独特な口調でそう告げる。
「うん! ありがとう、カイバさん」
音は微笑みながら礼を言った。
(……前から思ってたんだけど、なんでツムギのカイバさんだけ、語尾に『マスル』って付くんだろう……?)
そんな小さな謎に首をかしげているうちに、遠方で待機していたエレキャリアが接近してきた。
2機はそのまま収容され、オルフェへの帰還についた。
◆
——数日後。
烈のスマカが鳴った。
発信者は、美晴の娘・結菜。
烈はいつもの調子で通話に出る。
「おう、結菜さん。どうした?」
そう言って耳に当てたスマカを、そのままゆっくりと握りしめる。
烈の顔から、みるみる血の気が引いていった。
◆
同じ頃。
閃は訓練エリアでトレーニングをしていた。
そこには怜やクレアもいる。
その訓練エリアの扉が乱暴に開き、烈が血相を変えて飛び込んできた。
「閃っ!!」
閃はその声に振り向く。
烈の表情を見た瞬間——
閃は、何が起きたのかを直感で理解してしまった。
怜とクレアも、2人のただならぬ空気に気づき、戸惑いながら様子をうかがう。
閃が、震える声でぽつりと呟いた。
「……美晴さん……?」
その名を聞いた瞬間、怜とクレアも状況を悟ってしまう。
烈が駆け寄ってきた。
「美晴さんがっ……!!」
そこから先は、言葉にならなかった。
閃の表情も、明らかに動揺していた。
クレアは2人を見て、すぐに口を開く。
「まだ、間に合うの!?」
烈は苦しそうに答えた。
「……わからねぇ」
その返事を聞くと同時に、クレアは迷わずスマカを取り出し、通話を始めた。
相手は父・トーマス。
状況を手短に、しかし正確に伝えていく。
それを見ていることしかできない怜は、ぎゅっと拳を握りしめていた。
閃と烈はただ黙り込んでいた。
頭の中では、様々な感情や思考が渦を巻いていたが、言葉にはならなかった。
その間、クレアが通話を切る。
「エレコプターの準備はすぐ出来るから! 早く行って!!」
そう、2人に向かって言う。
だが——
2人の足は、その場から動かなかった。
クレアは戸惑い、声を荒げる。
「な、なにしてるの!? 早く!! パパも、早く行ってあげてって言ってるわ!!」
けれど、2人の胸の内には同じ迷いがあった。
イシュタール財団、そして天華連盟。
どちらがいつ再び襲来するか分からない。
特に天華の動きは、今まさに拡大中だ。
この状況で、ファクターズの主力が同時に抜けるわけにはいかない。
——そう頭では分かっている。
それでも。
沈黙を破ったのは、閃だった。
閃は、烈に向き直る。
「烈。俺の分も……頼む」
烈はその言葉に、思わず目を見開いた。
だが、閃の瞳は——
覚悟を決めていた。
烈はその目をまっすぐ見返し、力強く返事をする。
「……わかった!!」
クレアに案内され、烈はエレコプターへ向かって駆け出した。
その背中を見送りながら、怜は閃に詰め寄る。
「……何をしているの? アンタも行きなさい……!」
いつになく強い口調だった。
閃は、視線を落として答える。
「俺はファクターズのリーダーだ。今、2人も抜けるなんて——」
その言葉を、怜が遮った。
胸ぐらを掴み、涙をこらえながら叫ぶ。
「今行かないと、一生後悔するよ!!」
閃は、怜の表情に息を呑んだ。
怜が、目の前で母親を失ったあの日。
閃が、家族も友達も故郷も、全てを失ったあの日。
お互いの過去を、2人は知っている。
だからこそ——この言葉は重かった。
◆
すでに準備されたエレコプターのそばには、トーマスが待っていた。
烈はトーマスに向かって、深々と頭を下げる。
「ホント……すんません!!」
トーマスは首を振り、静かに答えた。
「当たり前のことをしているだけだ。エドワードさんにも、すでに許可は取ってある。心配はいらない。……閃くんは?」
烈はうつむき、首を横に振った。
トーマスは、それ以上は何も聞かなかった。
「さ、早く!」
クレアが烈を促す。
トーマスはクレアに向き直り、言った。
「クレアは、烈くんの傍にいてあげてくれ」
クレアは真剣な表情で頷いた。
2人はエレコプターに乗り込む。
その前に、クレアは最後の確認をした。
「……閃、本当に待たなくていい?」
「……あぁ。出してくれ」
烈が、絞り出すように答える。
そして——
エレコプターは、激しくローターを回しながら、青空へと飛び立っていった。




