王子が二人に増えても特に幸せにはならない
「チセ!あんたまだ私の体返してくれないの~?
今のぬいぐるみの体じゃ魔法も魔術も一切使えないのよ~。つまんな~い。
だから早く私の体から出てって!体明け渡してよ~~~」
最近はこれを一日三回言われるのが決まりだ。知世は机で書類の束をめくりながらため息をついた。
「てぃあ…、せめて仕事中はその話やめてほしいな…。
あとそれは私の魂をどうするか、具体案が決まってからっていつも言ってるでしょ」
「このぬいぐるみの体と交換でよくない?
私が自分の体に入る術式はあんたに組んでもらわなくちゃだけど、私が入ったらしっかりあんたの魂をこのぶっさいくなぬいぐるみに…」
「却下」
執務室に入ってきたロニが話に割り込んできた。両手にどっさり新しい仕事を抱えて。
「なぁぁによぉぉう~~~~!!!!
ロニには聞いてないでしょう~?!割り込んでこないでよ~~~~」
手に持った資料と書類をズンと机の上に置き、ロニは手足をバタバタさせているてぃあを睨む。
「レス嬢の性格ならあたしはよ~~~~く知ってるからね。
あんた体が手に入ったら、満足して他のことどうでもよくなっちゃって、やる気ゼロで寝っ転がるつもりでしょ」
「あはは、昔っから私、やりたいことにしか力が出ない性分なのよね~~~」
「知ってる。で、追い出したチセの魂も時間切れで消滅、なんていうんじゃたまったもんじゃないわ。
見なさいよこの仕事の山。チセがいなくなったら誰がやるのよ、レス嬢に変わりが務まるとは全然思えないわ」
「うん!私も働く自分なんか想像できな~~~~い」
「あきらめてそこでぶっさいくなツラしてろ。お似合いだぜお嬢」
「きぃ~~!!!ロニのバカ~~~!!!!
私にだって領主の仕事くらいできるもん~~!!!もちろん私「らしく」だけど!!!」
「いらん」
「きいぃぃぃ~~~!!!!!」
このやりとりも毎度のことすぎて、知世としては二人ともよく飽きないで同じ会話が続けられるな…と思っている。
でもそろそろ時間だ。知世は書類のサインと手直しを終えると、資料を閉じて椅子から立ち上がって二人に告げた。
「はい、そろそろ患者さんの診療終わる時間だよ。薬の調合の打ち合わせに行かなくちゃ」
「ちょっと!話切り上げないでよ!!私の体!!!」
「だーから、今替わられたら迷惑だっつの。
どーせだらだらすんならレス嬢はぬいぐるみしてろっての」
まだバタバタ暴れるてぃあを片手で押さえつけながら、ロニは知世にしっしっと手を振った。
知世はロニに軽く感謝の言葉を述べ、足早に診療所に向かった。
「……あ、ギルゼリニアムの汁が足りない。どうしよう…」
知世が処方箋を見ながら薬を調合していると、材料が足りなくなってしまった。
薬草園に行けば咲いている花だが、あれは摘むのに時間がかかる花だ。毒性が少し強くて面倒なのである。
知世がため息を吐いて厚手の手袋を準備していると、窓から風が舞い込む。
調合の際に閉めたはずなのにどうしたんだろう?知世が振り向くと、そこには白と黒のまだら模様の花束が。
その花束を抱える青年は、金色の長い髪を風になびかせ、白い歯を光らせながら笑って知世に語り掛ける。
「お探しのものはこれかい?」
「…………え、…えっと…、はい……」
「いやなに、先程医師と立ち話をしてね。今日の処方箋には結構な量のこの花の汁が必要だと言っていたのでね。
足りなくなっては困ると思って、先回りして摘んできたのさ」
「…………ありがたいのですが、素手で…ですか?」
「え?…まさか手で摘んではいけない、繊細な花だったのか?」
「いえ…、それ、毒性が強くて…、手、かぶれてませんか?」
「…………あ」
知世が見ると、青年の手は見事に赤く、ところどころぼこぼこと腫れあがっている。
青年はその手を見ながらカラカラと笑った。
「いやぁ、これはまいったまいった。知識のなさが露呈してしまったな。
申し訳ないが、かぶれによく効く薬などはないだろうか?」
「…あります」
「ぜひ処方してもらいたい。結局手間をかけさせてしまってすまないな」
「…ありますけど、薬をご所望なら、患者列の最後尾に並んでください」
「ん?」
青年がぱちくりと瞬きをする。言われたことが理解できない、といった顔だった。
「…患者さんは皆平等です。薬をご所望なら、列に並んでいただきたいのですが…」
「………列に並ぶ?最後尾?僕が…?」
「はい」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔というのは、きっとこういう顔を言うのだろう。そのくらい意外なことを言われたかのように、青年はきょとんとした。
そして突然大笑いすると、花束を知世に押し付けて手を叩いて喜び始めた。
「あっははははは、あはは、オーケー、最後尾だね。せいぜいかゆい思いをして待つことにするよ!
最高の一品を期待しているよ!ではまたあとで!セレスティア殿!!」
何がそんなに楽しかったのか、青年はスキップしながら診療所の方へ消えていった。
知世は頭に疑問符を浮かべながらも、とりあえず手の中の毒々しい花から汁を絞り出す作業に取り掛かった。
知世は首を傾げた。今日の患者はこれでもう終わりらしい。あの手のかぶれた青年の姿がなかったのだ。
よもや毒が変なふうに回って、どこかで倒れたりしているのではないだろうか。
知世はかぶれ用の軟膏と、念のため解毒薬を持って屋敷内を歩き始めた。
メイドたちが慌ただしく廊下を走っているので、来客でもあったのかと知世は声をかけた。
すると国の王子がいらしていて、怪我をしているとの話を聞いた。
知世の頭に浮かんだのはイーニアスの姿だった。知世は急いで応接間に駆けこんだ。
だがそこには想像とは違う光景が広がっていた。
美しく長い金髪の青年が、ロニをはじめ大勢のメイドに傅かれて椅子に腰かけている。
青年は差し出された飲み物を口に運んだ。その指使い、所作、男性にしては細めの体つきも相まってひどく綺麗な人に見えた。
可憐さと優雅さを兼ね備えている、そんな言い方がふさわしいであろう青年の手は、よく見ると赤くただれていた。
そこでようやく知世は思い出す、あの人だ、毒の花束の人。
知世は軟膏を渡すため、応接間に一歩踏み込んだ。途端青年にうっとりした視線を投げかけていた女性陣が一斉にこちらを振り向いた。
迫力に気圧された知世は一歩後ずさりかけたが、それを青年の声が止める。
「お待ちしてましたよ、セレスティア殿。
あの後待機列に並んでいたのですが…、お恥ずかしながら女性陣に騒がれてしまいましてね。
どうしたものかと困っていたときに、こちらのヴェロニカ殿に助けていただいて、ここに通されたのです」
「そうでしたか…、すみません、私の配慮不足で…」
「セレスティア様」
ロニが会話に割って入った。キッと目の端を吊り上げ、静かな怒りを隠さない表情で知世に詰め寄る。
「…ヴィンセント様にお聞きしましたよ。どういうおつもりですか?
あなた、こんなに手が腫れて可哀そうなヴィンセント様に、病人の待機列の最後尾に並べとおっしゃったそうですね?」
「え?はい…、薬なら、みんな待ってるから…並んでもらわないとと思って…あの、軟膏持ってきま…」
「もう結構です!!以前調合していただいたお薬を、私手づからすでにたっぷり塗り込ませていただきました。
それと合わせて飲み薬もお飲みいただきました。もうあなたの出る幕はないです」
「…ロニ、そこまで言わなくても…」
「いいえ!どこまででも言わせていただきます!!あなたは何もわかってらっしゃらない!
この方をどなたとお心得ですか?!ヴィンセント様でございますよ!!」
「………どなた?」
聞き返したところ、ロニは顔に手を当て、大仰に天を仰いだ。周りの女性陣からも冷たい目線を投げられる。
「…セレスティア様、国の第二王子をお忘れで…?
あなたは式典の際などに直接ご覧になっているはずですよ?」
知世は慌てて「セレスティアの経験」を辿る。でもどこにも記憶がない。つまりセレスティアは覚えていないのだ。
おそらくセレスティアのことだ、式典など「興味なーーーい」の思考回路で寝ていたのではないだろうか。
大いに焦った知世は、蚊の鳴くような声で「ごめんなさい…」と室内の全員に謝ってみた。室内全女性陣の目が吊り上がる。
「まあ…!聞きましたか?!これほど見目麗しい方にお会いしておきながら、覚えていないだなんて…!!
女性の風上…いいえ風下にも置いておけませんわ!本当にお恥ずかしい…」
「ロニ…、さっきからそこまで言わなくても…」
「いいえ、どこまででも…!」
同じループになるかと思いきや、それは王子の上げた「わぷっ」と言う声で阻止された。
「もぃ~~~もぃ、もぃ、もぃ~~~~♪」
「何だ…?!顔に何か貼りつ…小動物??
…いや、これは…、動く…ぬいぐるみ?ということは魔法人形か何かなのかな?」
「もぃもぃ!」
「ははは、かわいらしいな…、ずいぶん動きが滑らかだな。昔旅芸人の一座で見たやつとは大違いだ。
セレスティア殿、これはあなたがお作りに?追従型でなく自立型とは珍しい、一体どのような設計で…」
「もーーーーぃ!!!」
「ん?どうした?わかったわかった、撫でてあげるよ。
君、お名前は?…なんて、さすがにしゃべれはしな…」
「てぃあ!!」
「おお!言葉を解する上にしゃべれるのか?!
これは素晴らしい、城に持ち帰りたいくらいだ」
それまで静かにぷるぷる震えて耐えていたロニが、その台詞を聞いた途端ギラリと目を光らせ、即座に動いててぃあの首根っこを掴んで引きはがした。
「滅相もないですわヴィンセント様、このような薄汚れたぬいぐるみもどき、貴方様にはお似合いになりません。
それよりここまでの旅でお疲れではありませんか?私の部屋に移ってアロマとマッサージのリラックスタイムをご堪能いただきたく…」
「シャーッ!!シャーッシャーッ、グルォォゥンンン!!!!」
「黙れこの呪いのぬいぐるみもどきが!!焼却処分にするぞ!!!」
「なんですって?!キュートは正義アニマル無罪よ!!私の方が気に入られてるからって横から出てくんなババア!!」
「おお…!なんと流暢にしゃべる…、本当に魔法人形なのか?」
ヴィンセント王子は楽し気だが、さすがにこの醜態をさらし続けるわけにもいかないと、知世が仲裁に入る。
「ロニ、本性が出てるよ気を付けて。てぃあ、私の世界で何の動画見てたの、海賊船買いたいとか言い出さないでね」
その仲裁が火に油を注いだ。二人は聞き取れないほどギャンギャン騒ぎだし、収拾がつかなくなった。
知世が困り果てていると、応接間の扉が急に勢いよく開く。
「兄上!!」
第三王子イーニアスが騒ぎの元凶を探しに来たようだった。
それまで楽しげだったヴィンセントが、苦虫をかみ潰したような顔になり、椅子から立ち上がる。
「あーあ…、せっかく楽しかったのに、つまらない理屈屋がもう来てしまったようだな…。
残念だけどここは退散しよう。…そうだな、次はヴェロニカ殿の部屋を覗かせてもらおうか…」
「まあっ!それはいいお考えですわヴィンセント様!!
ささっ、お気が変わらぬうちに参りましょう!殿方落としの…いえ、殿方の好みそうなアロマをご用意してございますのよ…!」
ロニは顔に貼りついていたてぃあを引きはがし、知世の手の中にぎゅうと押し付けた。目配せで「抑えとけ」と付け加えるのも忘れない。
ヴィンセントと世話を焼こうとするロニを中心に、群れを成したメイド部隊はわさわさと部屋を後にした。
ぽつりと残された知世の手元から、ぽいーーーんとてぃあが飛び降りる。振り返るとイーニアスの顔をじっと見上げた。
そして今しがたメイドたちが出ていった扉の方を見ると、たたたっ…とその後を追いかけていってしまった。
「…今の間は何だったんでしょう?」
「おそらく…どっちがいいか迷って、最終的に私がフラれたんでしょう…」
「………ご無礼をお詫びいたします」
「いえ…、こちらこそ、兄がご迷惑をおかけしました…」
ハハハ、と乾いた笑いをお互いにこぼした。
先程のてぃあの無礼については、あまり気にしているふうでもない。比べられることには慣れている、ということだろうか。
知世は話題を変えようとイーニアスの方へ振り返る。イーニアスは優しく微笑みながら知世を見つめていた。
目線が絡んだ途端、二人は視線を逸らしてしまった。初々しい空気が二人の間に流れる。知世は慣れない感覚にぎゅっと目を瞑った。
「…少し、風に当たれる場所で話しませんか…?
あなたとはずっと…二人だけでお話してみたいと思っていたのです…」
知世の緊張を感じ取ったイーニアスが、優しく語り掛ける。その自分をいたわる低い声に、知世は心臓の音がどんどん速まっていくのを感じた。
「…私は…、面白い話なんて何も…」
「…では、あなたのことを聞かせていただきたい。
屋敷のものたちが言う、「以前のお嬢様とは別人のよう」というのはどういうことなのか、お聞かせください。
何かいろいろ心境の変化がおありで…どうしました?」
知世の色付いた頬からさっと血の気が引くのをイーニアスは見逃さなかった。
「…良くない質問だったようですね、取り消します。申し訳ありません…」
「いえ…いいえ、イーニアス様は何も…。
…あの、もしイーニアス様さえよろしければ、私の話を聞いていただけないでしょうか…。私の…「知世」の話を…」
知世には予感があった。イーニアスはきっと「セレスティア」ではなく「知世」の味方になってくれる、という予感が。
そして味方になってほしい、という願いが、自分の内にあることにも気づいた。
二人はひっそり屋敷を抜け出し、町はずれの川辺を目指し歩いた。
主な登場人物
もう本文は書きあげているのでこれから毎日アップ予定。
挿絵は間に合ったら&気が向いたらつけます。
もしよければこれからも読んでやってくださいませー。




