人を動かす力の源 元ババア計略を披露す
――――そして起きたときには本当に何とかなり始めていたのだから驚きである。
朝の支度の呼び鈴を使っても誰も来ないので、不思議に思いつつ知世は自分でドレスの着付けを始めた。
自室から出ると、使用人たちは誰もがバタバタと走り回っていて、知世に気付く余裕すらない。
遠くからは誰かの怒号のような指示出しが聞こえる。間違いない、ロニだ。知世はその声の方へ向かった。
途中大量の乾燥薬草を抱えて走るイーニアスに出会う。
「あ、セレスティア殿、おはようございます。
どうですか?少しはゆっくり眠れましたか?」
「…まさかとは思いますが、ロニはイーニアス様にまでその…指示を…?」
「指示というか、暇なら働けと殴られました」
「!!!も、申し訳ございません!!!!
ロニはあとで私からきつく叱っておきますので…」
「ははは…まあ、本当は手出ししてしまってはいけない立場なんですけど。
ずっとあなたを見ていて…何もできない自分が悔しかったところですから、いいんですこれで。
それよりロニはすごいですね、容姿が変わったから屋敷の誰も最初は彼女だと気づかず、指示に従わなかったんです。
でもこの屋敷においてのあまりにも的確なダメ出しをされるうちに、皆いつの間にか言うことを聞くようになっていて…。
人を使うことにおいては天性の才能があるのかもしれません。あれもある意味魔法です」
若干興奮したように話すイーニアスはとても楽しそうだった。
手の中の乾燥薬草を知世に示しながら続ける。
「セレスティア殿も、起きたのでしたら診療所の改変の方を手伝っていただけませんか?
診療は前々から親交のある医師を呼び寄せたそうですから、薬の調合に専念できますよ。
見たところセレスティア殿はそちらは得意分野のようでしたし、これで負担はかなり減るはずです」
「…わ、わかりました…。では今日も薬作りに専念し…」
「ちょっとお待ちぃ!!!」
いつの間にか遠くの鬼が近くまで来ていたらしい。ロニはどかどかと大股で歩き、知世の前まで来るとグイと顎を掴み上げる。
「…顔色はいいようね。よし、働きな。
あとアンタ、勘違いしてるようだけど、診療所は慈善事業よ、領主の主な仕事じゃないわ。
そういうのは仕事の合間にやるもんよ、まずはこっち!
王子!アンタはとっとと薬草運びな!あと薬のストックはこいつ…お嬢がそれなりに作ってたはずだから、医者の指示に従って薬出して!」
「そ、そこまで私が手伝うのは…」
「うるさい四の五の言うな!手伝ったことなんかバレなきゃいんだよ!!
ほらみんな!文句陰口言ってる暇があったら手動かしな!!やることは山ほどあるよ!!」
皆、鬼が怖いのか黙って指示に従い、バタバタと走って行ってしまった。イーニアスは知世に肩をすくめて見せると、軽く手を振って診療所に駆けて行った。
知世が呆然としていると、ロニはその首根っこを掴んで引きずり、町の重役の集まる会議室に放り込んだ。
以前屈辱的な扱いをしてきた重役たちは、何故か皆緊張した面持ちで席を立ち、知世に対してお辞儀をする。
「モントレー町長!!!!」
一緒に部屋に入ってきていたロニが声を張り上げて町長の名を呼ぶ。町長は弾かれたように飛び跳ね、ロニと知世を凝視した。
ロニは元々胸元の開いたドレスを指でさらに開け広げ、谷間がくっきり見えるようにする。部屋の中の何人かが喉を鳴らした。
そして体のラインがはっきり見えるマーメイドタイプのドレスの裾をひらめかせ、お尻が揺れるように歩きながら町長の前に立つ。
白くしなやかな指で町長の頬を撫で、そのまま指で喉、胸と辿り、服の上から町長の胸の小さな尖りを強い力で引っかく。町長から変な声が上がった。
「…ここにいる全員、渡した資料には目を通しておきましたわよね…?ねぇ、町長?わたくし、そうお願いしましたもの…。
内容は把握できていて?猿でもわかるように書かれたあの素晴らしい資料なら、頭のいいあなた方なら苦労せずに熟知できたでしょうね…?」
艶っぽい声と流し目でロニが周りの反応を窺うと、皆青くなったり赤くなったりしながらも、どこかうっとりしたような顔つきでがくがく頷いていた。
途端、ロニが鋭い目付きであたりをねめつけ、好色男どもを尻の毛の先まで震え上がらせる。
「わかったんならまずは情報収集からだよ。町の商売の昨今の収益を聞いておいで。
それから計算表通りに徴収税率の計算!取り立て!あとそいつらが嘘ついてないかの調査員も派遣しときな!
裁判もそのうち改正していくから、悪いことしたやつらはみんな痛い目見るよ!!」
何故か「痛い目」という単語でびくんびくん体を震わせる輩もいたが、知世はなるべくそれらを見なかったことにした。
「町長!書類のこれとこれとここにサインしな!
お嬢!アンタが証人だよ!これとこれとこれにサイン!あと嫌でもこいつとガッチリ握手しときな!」
言われるがままに二人で書類にサインを書く。チラリと盗み見たサイン中の町長の横顔は、何かに興奮したように赤く色付いて口元は涎が垂れかけていた。
めちゃくちゃ握手したくない、心の内を隠しながら知世は右手を差し出す。ガッ!と掴まれブンブン振り回すように握手されたが気持ち悪くて仕方ない。
「さあみんな!命とアソコが惜しかったら、馬車馬よりも働きな!!!」
なかなか最低な台詞でロニが部屋の男たちに号令をかけると、慌てた男たちは転げるように部屋を出ていき、バタバタと走り去っていった。
終始呆然とするしかできなかった知世は、呆然と男たちを見送り、呆然とロニの色気の詰まった尻を見ていた。
ロニに声をかけられて我に返り、改めて聞いてみる。
「…全員に渡した資料って……」
「ぁん?アンタが前に書いたやつだよ。あたしみたいな学のないやつに、あそこまでのもの書けるわけないじゃん。
その学のないあたしでもよくわかる資料だった。あいつらならまぁ、理解して動けるんじゃない?知らんけど」
「…あの人たち、前はすごくひどい態度だったのに…」
「そこはあたしの善行で目が覚めたのよ」
「…そういうことにしておくね……、あの、本当にありがとう…ロニ…」
「ヴェ・ロ・ニ・カだっつってんの!
頭はいいのに覚えの悪い子ね、アンタ。……そういえば、アンタ名前は?」
「?…セレスティア…?」
「バカ、そりゃお嬢の名前、今の体の名前でしょ。
あたしが聞いてんのはアンタ、アンタの心の名前よ。…聞いてやるわ、一応ね」
「…チセ トヨシキ、です…」
「チセ?なぁんか下っ端の使用人みたいな名前ねー。気に入ったわ」
ニカッと歯を見せて笑うロニの顔を見ていると、知世は一人で張りつめていた心がほろほろとほぐれていくのを感じた。
安堵の涙が自然とこぼれる。この狭い会議室という空間でなら、泣いても許されるだろうか。
知世がしゃくりあげ始めると、近づいたロニが知世を引き寄せ額を合わせてきた。
「…アンタ、泣いてもいいけど、これから領主になるのよ。今回何が悪かったかは、ちゃんとわかってる?」
「…わ、わたしに……色気がなかったこと?」
「バカ、アンタの一番の敗因は人を頼ろうとしなかったことよ。何でも一人で背負いすぎたところがよくなかったの。
腕組んで心配そうに見てるだけの王子なんて、涙で釣ってこき使ってやればよかったってわけ。
そういう世渡りの部分、アンタは弱いんだって自覚しなさい」
「…はい…」
「…ま、あたしに任せてくれりゃ、この若返った悩殺ボディで男はほとんどイチコロよ。給料はずんでくれていいからね」
「………ロニはまたここで働いてくれるの?」
「うん。アンタ一人じゃやっていけないしね。やっぱりここはあたしがいないとダメよダメ」
「…なんで?若い体を手に入れて自由になったのに…。
またメイドに戻るだなんて、他にまだやれること、やりたいことなんていくらでもあるんじゃ…」
「………あたしね、気づいたのよ………」
「…何に?」
「町程度じゃ、あたしを満足させられる男がいないってことに…!」
「…ふ、ふぅん…?」
「やっぱほら、これくらいの美女ともなると、遊ぶ男なんかだったらテキトーでいいけど、結婚するとなるとね…!
爵位くらい持っててくれなきゃ、あたしの横にはふさわしくないのよ!それに気づいちゃったの!!
となるとさぁ…王都に行ったとしても、街人のままだったらチャンスないじゃない?
それなら!ここにいてメイド長でも領主秘書でもやってたほうがさ!貴族に関わるチャンスあるじゃん?!
アンタならまだまだ頼りないし、付け入る隙だらけだし、ちょっと仕事してりゃ男との良縁運んでくれそうだし…!
あ、なんだっけ?第三王子?あれでもいいわ、あれもターゲットよ!!」
「…イーニアス様です…。あんまり失礼のないようにね…って、彼大丈夫かな…、診療所でこき使われてたり…」
「まぁっ!それはいけませんわ!イーニアス様ぁっ!!!」
台詞も終わらぬうちに、脱兎のごとく駆け出していくロニを追いつつ、知世はぽつりと呟く。
「…あの人働かせたのロニじゃん…」
知世の心配は当たった。
彼のことを使用人と勘違いした医者から、彼は薬草取りを命じられ、毒の花咲く薬草園で汗水垂らして草刈ってたそうな。
ロニはご機嫌取りしてたけど、夕食時に仕事後の一杯をおいしそうに飲む彼の、ロニに向けた張り付いた冷笑が知世は忘れられない。
イーニアスが城に帰るまであと一週間というところで、諦めムードだった屋敷の空気は一変した。
知世はロニからオルガナ時代の統治についてを学び、無理に変えなくても良いところは踏襲した。
人が押し寄せていた診療所も、ロニの助言通り少しだけお金を取るように変更したところ、人々の群れは驚くほど少なくなった。
心配していた親戚連中の襲来はそれほど多くもなかった。
一人娘が試験中であることを、イーニアスが身分を明かして告げただけで、皆王子という権力になびき帰っていったという。
そして何とか知世=セレスティアの領主生活は形を整え、イーニアスが城に発つ日にはギリギリ合格点をもらうことができた。
知世は何度も何度も飛び上がって喜んだ。ロニとイーニアスから若干呆れられるくらいの喜びようだった。
これまで、元の世界で積み上げてきた勉学の日々、それを支える頭脳を養ってきたこと。
それを今回の「実践」で少しは役に立たせてみせたこと、知世のこれまでを肯定する結果に、彼女はとても満足していた。
虚しいだけだと思っていた「生」が、強く大きく輝き始めたこの日を、知世は一生忘れることはないだろう。
コホン、イーニアスが咳払いをする。
さすがに咎められるかと知世は飛び跳ねるのをやめ、衣服の乱れを正す。
だがイーニアスが向き直ったのは知世ではなくロニだった。イーニアスはロニを睨むように厳しい視線を送る。
「…メイド長、いや、今は領主秘書だな、ロニ。
一つ釘を刺しておくが、貴女には罪がある。放火と遺体損壊だ。
火はすぐに消し止められたし、大した罪にはならないかもしれないが、貴女を裁くことは私にもセレスティア殿にもできるのだ、ということをお忘れなく」
「…いやですわ、殿下。それは老婆のメイド長ロニの罪でございます。
何度も申し上げているように、私はヴェロニカ。そのような罪は、私には当てはまりません」
「私が証言すれば周りも黙ってはいまい」
「何と証言するんですの?老婆が若返りの薬を飲み、美女に変貌したのだとでも?
そんなもの誰が信じるんですか。薬も研究も燃え尽きたのだから、何の証明もできないではありませんか。
それでも殿下は、私を裁くと?」
イーニアスとロニの睨み合いが始まる。かと思ったら、イーニアスはすぐに肩をすくめて手を広げてみせた。
「見ましたか?セレスティア殿。これが世を渡るために必要な「図太さ」です。
あまり身につけてほしくはありませんが、見習っておいてくださいね。身につけてほしくありませんが」
「……ご安心ください、ここまでは多分なれません…」
ロニがぎろりと知世とイーニアスを睨む。だがすぐに余裕の笑みに戻った。
「殿下、ご心配には及びません。これからはこの私がお嬢様の相棒兼教育係ですから。
…大したタマに仕上がるはずですよ」
「…健闘を祈ります、セレスティア殿…」
「…痛み入ります、イーニアス様。何があっても生涯彼女の呼び名は「ロニ」にしておこうと、今決めました」
「あーっ!ひっどーいずるーい!お嬢ってばあたしがヴェロニカって呼ばれたがってるの知ってるくせに!性格悪ーい!!」
イーニアスの発つ日、かしましいマクファーレン家の薬草園では、さんさんと日を浴びて育った薬草が今日も元気に生い茂っていた。
身支度を整えたイーニアスが颯爽と馬に乗った。護衛の兵士たちもそれぞれ馬に乗り、いよいよ知世たちとの別れのとき。
知世は一歩踏み出し、イーニアスにお辞儀をして礼を言った。
「下を向くな、何事もやってみなければわからない、と言ってくれたこと。
今も心に残っています。本当にありがとうございました、殿下」
それを聞いたイーニアスは目を見張り、そして柔らかく微笑んだ。
「…それは私の大切な人が私に教えてくれた、一番大事な言葉です。
そして貴女は、この言葉に感謝ができる人なのですね…」
知世が見つめる中、イーニアスははにかんだ笑顔を見せ、馬に出立の合図を送り帰路に就いた。
小さくなっていくイーニアスたちの姿を眺めながら、ロニは誰に言うでもなくぼそりと呟いた。
「まぁ、母親の教えなんだろうね…」
「ロニ?」
「王様は金髪なのに、あの人は髪が黒いし肌も浅黒いだろう?
上二人が正妻の子で、第三王子は妾腹、なおかつ母親は卑しい身分の産まれらしい…。
王都でも迫害されて育ったってのは風の噂で聞いてはいたけど、まああれを見る限り本当なんだろうね。王族っぽさがまるでないよ」
「…イーニアス様の、大切な人の教え…」
「母親しかいなかったはずだよ。彼にそんな言葉をかけるやつなんてね。
…まぁ、アンタは今オイシイとこを褒めたってことさ」
「えっ…?!わ、私、別に何も狙ったわけじゃ…」
「わかってるわよ、わかっちゃいるけどあたしにとっては敵認定だね。
アンタ、あたしより先に結婚できると思うんじゃないわよ!!」
「結婚て…。イーニアス様に失礼な話しないでよ、ロニ。
ほら、私はそんなことしないから今日も働くよ、行こ行こ」
「ぬうぅぅ~~!!あたしの方が美女なのにぃぃぃ~~!!!」
本日快晴。マクファーレン領では束の間の安らぎを誰もが慈しんでいた。
主な登場人物
もう本文は書きあげているのでこれから毎日アップ予定。
挿絵は間に合ったら&気が向いたらつけます。
もしよければこれからも読んでやってくださいませー。




