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-Frost- 魔女領主の性悪令嬢と入れ替わったら異世界で王子様付き領主候補になった話  作者: わなな・BANI


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叡智の結晶、ババアを湧かす 私の屍を越えていけ




「…どういうこと…?」


 知世(ちせ)はイーニアスと兵士二人を伴い、オルガナの寝室の扉を開けていた。

 領主の死去と寝室に遺体があることは事前に三人に伝えてあっただけに、皆呆気にとられているようだった。

 まさか死者の復活薬でも作っていてオルガナが蘇ったか?そんな想像も知世の頭をよぎったが、それにしては不自然な点がある。


「…ベッドまで、ない…?」


 オルガナの遺体はベッドごと消えていたのだ。部屋も不自然にそこだけ何もない。怪しかった。

 知世は部屋に入ると、ベッドのあったあたりを入念に調べ始めた。付近の棚や調度品も片っ端から触ってみる。


「痛っ…!」


 先端の鋭い装飾品に触れたとき、誤って指を刺してしまった。少し血が滲む。

 それでも構わずまたベッドのあった床を調べようと、その手をついたときだった。


 床に淡い光を放つ大きな魔法陣が現れた。イーニアスは知世を慌ててその場から退かせた。

 皆が見守る中、ベッドのあった場所に現れた魔法陣が発動、床に大きな穴ができた。


 四人が穴を覗き込むと、壁に螺旋階段があり、地下へ降りられるようになっているようだった。

 知世はイーニアスを見る。イーニアスも知世を見て頷いて見せた。

 イーニアスは兵士二人に指示を出し、穴の見張り役を任せた。

 知世はイーニアスの後ろにつき、螺旋階段をゆっくり降りて行く。



「………ロニ…?」


 地下には何に使うのかよくわからない器具や魔術書や薬草など、何らかの研究の痕跡がぎっしりと残っていた。

 中には明らかな人骨、内臓の類も保管されており、ここでの研究が非人道的な法に触れるものだったことをうかがわせる。

 部屋の中心には、ベッドに寝かせられたオルガナの遺体があった。

 その傍らに立つメイド長のロニは、ただただ手の中の小瓶を愛おしそうに眺めていた。小瓶の中には少量の液体が入っていた。


「…彼女はメイド長のロニです。イーニアス様、あの小瓶ってまさか…!」


 嫌な予感がして、知世はイーニアスに話しかける。イーニアスはロニから視線を外さないまま、こくりと頷いた。


「…お初にお目にかかる、マクファーレン家のメイド長殿。

 私はグノーゼル王国第三王子、イーニアス。噂の真相を確かめに来た。

 貴女の手の中にある小瓶、それはまさか…」


「ぶんぶんとうるさいハエだねぇ」


 ロニは小瓶から視線を外さないまま、ようやく口を開いた。


「…これから世界はあたしを中心に回り始める。アンタらはそこで指くわえて見守っときな。

 ああ…、この時をどれだけ待ち望んだか…!

 思い返せば何十年、遊びすぎて行き遅れたあたしは、それからずっと人に仕え続ける人生だった!

 周りには老害メイドと呼ばれ、常に煙たがられていたが、それでも頑張り続けたのは全てこの時のためよ…!

 このあたし、ロニがオルガナ様の研究の成果を独り占めするため…!」


 ロニは小瓶を掲げ持ち、朗々と独白を続けた。


「オルガナ様に恨みはないが、期を見て欺くか殺すかするつもりだったけど、自然死してくれたならそれで万々歳!!

 不死に興味はないけど不老はいい…!あたしゃこれ以上、老いぼれになりたかない…!」


「待つんだ!」


 悦に入るロニの語りを遮り、イーニアスが訴えた。


「それが完成品かどうか、オルガナ殿が亡くなってしまった今、わかるものは誰もいない!

 効果が正しく現れる保証はどこにもない!副作用もわからない薬を飲むなんて、命を投げ出す行為だ!」


「はん!この老いぼれ、失うものなどとうに何もないわ!!

 あたしの人生は生まれたときからずーーーっと賭けばかり、博打博打の連続よぉ!

 危険なんか渡り慣れてる、ここでどんな結果が出たとしても…それがあたしの人生だ!生きた証よぉ!!」



 ロニは迷うことなく小瓶の中身を飲み干した。

 止めようと走り寄った知世がロニの体に触れる。焼けた鉄のように熱かった。

 めきめきとロニの体から音が聞こえ始め、ロニが苦悶に満ちた呻き声をあげる。

 イーニアスは知世をロニから遠ざけると距離をとった。

 やがてロニの体がぼこぼこと膨れ上がったところで視界が遮られた。

 イーニアスがマントで知世に目隠しをしたのだ。見るな、というように首を振っている。

 知世はマントを見つめながら、その向こう側で起こっていることを音だけで認識することになった。

 めきめきはやがて、くつくつ、しゅうぅぅ…という音に変わり、そして無音になった。

 途端、知世の視界を覆っていた布がはらりと外れる。


 反射的にイーニアスの方を見ると、驚いた表情でロニのいた場所を見つめていた。

 知世も改めてロニのいた場所に視線を移す。




 そこにロニはいなかった。

 いたのは、銀色の美しい髪を持つ女性が一人、ロニのメイド服をはだけた形で着て、呆然と座っていた。


「………ロニ…なの…?」


 知世がおそるおそる声をかけると、銀髪の女性は声に反応してこちらを振り向いた。

 若く美しい、瑞々しい肉体を持つその女性は、自分の手や足をさすり、体の状態を確かめていた。

 そして近くにあった器具で手に切り傷を作って見せた。傷は自然回復はしなかった。


「不死…じゃない?…若返りの薬…か?」


 イーニアスが呆然と呟く。一部始終を見ていた彼だ、衝撃は大きいのだろう。


「…そうか、さすがに不老で不死というところまでは手が届かなかったんだろうか。

 それでもこれは…十分に万人が欲しがる秘薬だ…!こんなものを世に放つわけにはいかない!」


 ガシャアァン!!!


 イーニアスの台詞が終わると同時に、ガラスなどの割れるけたたましい音が部屋に響き渡る。

 部屋の一角からボッ!と火の手が上がった。

 ロニが立ち上がり、近場から研究器具や薬剤を片っ端から倒して回っていた。


「ロニ!!!」


「お黙り小娘!!

 あたしは…そう、あたしの名前は今日からヴェロニカよ!!もう老婆のロニじゃないわっ!

 そっちは第三王子とか言ったね、坊や。

 あたしも同意だよ!この研究の成果はあたしでおしまい!他の誰にも渡すもんか!!」


 高笑いするロニを囲むように火が回り始める。

 助けなければと知世が手を伸ばすが、その手はイーニアスに取られ、そのまま抱きかかえられた。




 イーニアスは螺旋階段を駆け上がり、途中降りてきていた兵士と合流して領主の寝室に戻った。

 部屋の大穴からは黒煙がもくもくと登る。たまらず咳き込む知世たちは部屋の窓を開け放った。

 とりあえず部屋から逃げようとイーニアスが扉を開けると、そこには屋敷の召し使いたちが勢ぞろいしていた。

 皆一様に不安げな顔をし、中には泣いているものもいた。

 その視線が一斉に知世を――――セレスティアを見た。救いを求めるように。

 知世の肩にずしり、と重荷がのしかかる感覚がする。だが今はそれどころではない。


「お嬢様、部屋が燃えているのですか…?」


 メイドの一人がおそるおそる声を上げた。知世はこくりと頷き返した。


「では消火を…!」


「で、でもどうやって…」


「落ち着いてください、お嬢様。

 お嬢様は氷の魔法がお使いになれるではありませんか!」


 執事らしき初老の男性が声を張り上げ、頷いた。皆それに倣って頷き始める。

 そこで知世はようやく、セレスティアは氷の魔法使いであることを思い出した。

 知世は踵を返し、黒煙の上がる穴まで走った。


 壁に備え付けられた螺旋階段の穴だったので、地下まで直接この空間は繋がっているはず。

 知世はありったけの力を込めて両手の間に氷を生成し、そのまま地下に落とした。

 何度かそれを繰り返すうち、知世の足元にドン!と水の入ったバケツが降ろされた。


「お嬢様、空気中から氷を生成するより、水から作り上げた方が魔力量の節約になります…!」


 先程の執事が知世に説明した。知世は言われるがまま、水から氷を作り始めた。

 扉の向こうでは、水の入ったバケツのリレーが召し使いたちによって行われている。イーニアスたちも加わっていた。

 知世は己の役割を全うするべく、ひたすら氷を作り続け、地下に落とし続けた。



 それから何分ほど経っただろう。気が付けば穴から上がる煙は消え、部屋は煤で黒いものの、焼けてはいないようだった。

 知世は氷を生成する手を止め、その場にへたりこんだ。床に手をつき、肩で息をする。

 屋敷のものたちから歓声が上がる中、知世はふと気が付いた。

 地下のロニはどうなったのだろう…?それに、オルガナの遺体は…?


 この世界で初めて正体を明かし、言葉を交わした二人。

 そう思ったとき、知世は立ち上がって地下に降りようとした。

 それを慌てて入ってきたイーニアスに止められる。


「私が兵士たちと見てまいります。セレスティア殿はどうか、部屋で安静に…」


 知世は逡巡のあと頷き、地下をイーニアスたちに任せた。





「地下にはオルガナ殿とおぼしき焼け焦げた遺体が一つだけ。ロニ殿は見当たりませんでした。

 我々の見た研究器具や魔術書も、薬品の散布痕があり見事に全て焼け落ちていました。

 そのあと魔力の通った氷で全て凍り付いたあの研究室では、二度とあの薬を生成することは叶わないでしょう…」


 しばらくして地下から戻ってきたイーニアスたちが報告してくれた。

 知世はロニの遺体が見当たらなかったことに少しだけホッとしたが、屋敷のものたちは自分たちの主の遺体をロニに粗雑に扱われ、憤慨しているようだった。

 だが怒りの声は次第に泣き声が混じり始め、それが伝染したかのようにメイドたちに広がっていく。

 悲しみを顔に浮かべた使用人たちは、知世に縋るような目線を送り始めた。

 知世はたじろぎ、半歩後ずさる。いつの間にか後ろにいたイーニアスに肩を支えられた。


「セレスティア殿…、このような場で告げるのは酷と承知の上だが…。

 あなたはこの屋敷の次期領主候補だ。跡を継ぐ準備をすべきだろう…」


 逃げ場のない言葉をとどめとして刺される。体がセレスティアである以上、避けられない事態だった。

 イーニアスは使用人たちに向かって話しかけた。


「屋敷のものたちよ、どうか一ヵ月時間をもらえないだろうか。

 セレスティア殿が領主の器かどうか、このイーニアス・レギト・グノーゼルが責任をもって見極めよう。

 もしその器にあらずの答えだった場合は、速やかに代理領主を私が用意しよう。

 どうか、お願いだ…時間をセレスティア殿に、与えていただきたい」


 屋敷の者たちの反応は芳しくなかった。「セレスティア」の日頃の行動があまり良いものとしては映っていなかったのだろう。

 知世は下を向いて震えた。無理だ、異世界から来た自分に領主なんて務まるわけがない。

 ロニの言う通り、逃げた方が良かった。死んだ方がよかった。今からでも遅くない、死んでしまおうか…?

 そんな考えがぐるぐる頭を駆け巡っていたとき、肩を支えてくれていた手にグッと力が入る。


 イーニアスが、気遣わしげに知世を見ていた。

 真剣な顔つきで次期領主候補に言葉を送る。


「…セレスティア殿、最初から下を向いては駄目です。

 まずは何事も、始めてみてから考える、やりながら考えていくのです。どんなことも」


 知世はイーニアスを見上げて、元の世界のことを思い出した。

 何を置いてもきつい勉学を続ける日々だった。計り知れない量の難解な参考書も、やらなければわからない、始めなければ終わらなかった。

 それと一緒と考えていいのかはわからなかったが、知世にはこの言葉が心にしっくり来る気がした。


 知世は視線を上げ、前を向いた。

 不安げな屋敷の面々に向けて覚悟を決め、決意のお辞儀をしてみせた。

 屋敷のものたちの張りつめた空気が少しだけ和らぐのを感じた。全てはこれから――――知世次第だ。



 試練の一ヵ月が、幕を開けた瞬間だった。








主な登場人物


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)



もう本文は書きあげているのでこれから毎日アップ予定。

挿絵は間に合ったら&気が向いたらつけます。

もしよければこれからも読んでやってくださいませー。

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