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-Frost- 魔女領主の性悪令嬢と入れ替わったら異世界で王子様付き領主候補になった話  作者: わなな・BANI


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19/21

朴念仁とちんちくりんの恋


 だいぶ走って周りが落ち着いてきてから、知世(ちせ)はスマホのアプリでタクシーを呼んだ。

 イーニアスと共に乗り込むと、今度はなるべく人のいない場所がいい、と呟きながら、スマホで候補地を高速で調べ始める。

 するとイーニアスが知世のその手を止めた。何事かと彼に振り向く。


「チセ、逃げるのなら今度は人の多い場所の方がいいです。

 私のような明らかにこの国の人間でないものが珍しくない場所、木の葉が紛れ込める森を探してください」


「そっか…一理ある。えっと…外国人の多い場所は、っと…。

 …近場に花畑の有名な海浜公園があるかな…。でも今の時期はお花咲いてないかも…」


 知世は必死に検索するが、やはりそういうことは乗る前にやってほしいのだろう、運転手の舌打ちが聞こえてきた。

 焦った知世は勢いのままに指定地を口にする。


「こっ…ここから近くの海浜公園までお願いします!」


 タクシーが走り出す。知世とイーニアスは長いため息を吐き出し、ようやく一息付けた。





「…先程のところよりは人が多いかもしれませんが、まばらですね…」


「ごめんなさい…、選択を間違えました…」


「まあまあ、今度は私が目立つ行動を控えればいいだけのことですよ。おとなしくしていましょう。

 それにほら、ここは景色がいいし、風も気持ちいいです」


 イーニアスが腕を広げ、公園の空気を胸いっぱいに吸い込む。知世も真似をしてやってみた。

 確かに風も気持ちいいし、花の時期でなくても十分美しいこの公園を、ゆったり散歩できれば気分も落ち着きそうだ。


 そう思ったとき、知世は思い出してしまった。


 急に黙って下を向いた知世を心配して、イーニアスが顔を覗き込む。知世は小さく、弱々しく笑って見せた。


「………思い出しちゃったんだ。私の夢、っていうか…叶えたかったこと」


「それは…、興味があるのですが、あまり良いことではなさそうですね…」


「つまらない話なんだけど…よかったら聞いてくれないかな…ニア」


 知世が公園内を歩きながら話そうとすると、イーニアスは手を取ってベンチに知世を誘った。


「しっかり聞きたいので、できれば座って話しましょう」


 そう大した話ではないのだが、知世はイーニアスの心遣いをありがたく受け取り、ベンチに二人並んで座った。

 少し冷たいけれど気持ちのいい風を浴びながら、知世は公園内の人たちを何気なく眺めた。

 皆一様に楽しそう、幸せそうな顔をして歩く、カップルや家族連れが多い。知世はその中の三人家族を指さした。


「あれが、夢だったの。

 家族で仲良くお散歩。してみたかったんだ…」


 知世が指さした三人家族の真ん中にいる子供は、親二人と手を繋いで、無邪気にぶら下がって宙に浮いている。

 幸せそうで、羨ましかった。


「…確かに、いいですよね、ああいうの…」


 イーニアスも散歩する三人家族を見送りながら、少し寂しそうな顔をする。

 知世は上を向いて、空を見た。いろんな形の雲が、平和そうに浮いている。自分たちはこんなに寂しい思いをしているのに。


「…ニアは、ニアのお母さんと仲いいんだっけ?そう誰かに聞いた気がするんだけど」


「はい、母とは仲が良かったです。でも躾の厳しい人でしたから、あまり甘やかされた覚えはないですね…。

 まああれも、私が人前に出たときに恥をかかないようにするための、愛情故の教育だったのでしょうけど」


「愛情故の…教育…」


「母からはまだ教わりたいことがたくさんありました。あんなに早く亡くなってしまうとは思っていなかった。

 返したい恩もたくさんあったのに、寂しいものです…」


「…いいな。…私、恩を返したいなんて、どっちの親にも思えない。何も思い描けない。

 ずっと一人で、すごく空っぽで、無価値で、どうしようもなかった…」


「チセ…」


「…だから、夢がお散歩なの。

 まあ、もうどっちの親にも望めないことだけどね」


 イーニアスがすっと手を差し出し、指で知世の目元を拭う。そこで初めて知世は自分が泣いていたことに気付いた。

 恥ずかしくて、服の袖でぐしぐし顔をこする。そしてこんなシケた話は終わりにしようと、笑顔を作ってイーニアスの方に向いた。


 そこに彼はいなかった。


 不思議に思って目をぱちくりさせると、ここです、とイーニアスの声がした。知世の足元から。

 視線を横から前へ戻す。イーニアスは知世の前に片膝立ちで、まるでかしづくかのような姿勢だった。

 そっ…と右手を取られる。彼の手の温度にドキリとした。


「チセ…、あなたが言うのなら、きっとそれはもう叶えられない夢なのでしょう。

 でも、夢が「親との散歩」でなく、「家族との散歩」なら、まだ叶えられるのではないでしょうか。

 生まれの家族には望めなくても、これから自分で選んでいける家族となら、きっとできるはずです」


「………自分で、選ぶ…家族……」


「セレスティアやロニだって、経緯はどうあれ今やあなたの立派な家族ではないですか。

 あなたが選んで、勝ち取った家族です。そして…」


 イーニアスが掴んだ知世の手に、少し力を込める。真剣な眼で、丸く開かれた知世の瞳を覗き込むように見つめる。


「…そして、私もあなたの家族にしてほしい…。一緒に、散歩を楽しみたいです。

 …結婚してくれませんか、チセ」


 知世の驚きを表すように、通りを闊歩していた白い鳩たちが一斉に飛び立つ。

 騒がしい羽音の中、知世は動けず、瞳を逸らすこともできず、ただイーニアスと見つめ合った。



 見つめ合う中、やけに冷静な知世が頭の片隅からこの出来事を客観視していた。


 ロマンチック、あまりにもロマンチックなプロポーズじゃないか。鳥まで飛んだよ、ホラ。

 イーニアス、結構な声量で言ってくれたからな、見ろ、さっきから周りの人たちがチラチラこっち見てるよ。

 ほらほら早く答えないと、ギャラリーと王子様が飽きちゃうぜ?いいのかい?知世。


 知世はぶんぶんと頭を横に振って、頭の中の一番うるさい野次馬を追い払った。

 だが、急に知世に首を振られて動揺したイーニアスの緊張が、繋いでいる手を通して伝わってきてしまった。


「ち、ちちちちちちちがうの!!!違うのこれは、嫌だっていってるんじゃなくて!!

 ………で、でもあの、いいっていうのでもなくて…。ごめん、うまく言えないけど…。

 …とても、とても大切なお話だから、きちんと考えて答えを出す時間をください…」


 知世は言い終わると、ぎゅっと目を閉じて俯いてしまった。

 そんな知世の頭を、イーニアスがもう片方の手で優しく撫でる。


「…ちゃんと、チセの言葉で、チセの気持ちを聞かせてくれましたね…。よかった…。

 私は待ちます。あなたの心が、気持ちが、私の求婚に追いついて、答えを出せるその日まで…」



 待ってくれる。それに安堵すると同時に、知世はイーニアスの穏やかな愛の根本を見た気がした。

 目を開けて、イーニアスを見る。少し眉尻の下がった、寂し気な笑顔。

 頬というよりは目元が少し赤くて、放っておいたら泣いてしまうんじゃないだろうかと、こちらが不安になってしまう笑みだった。


 知世は自然と動いていた。

 繋いでいる手を引き、膝立ちしているイーニアスの前にかがんで、傷のある頬にそっと顔を寄せる。

 そのまま、軽く触れるだけのキスをした。

 イーニアスの眼が大きく見開かれる。

 知世は顔を離すと、目を逸らしつつ言葉を紡ぐ。


「…お、お返事は…必ず、します…。

 こ、これは……その約束の、証です…」



 立ち上がったイーニアスが、握り合ったままの手を強く引き寄せた。知世はつられて立ち上がったがバランスを崩す。

 倒れこんできた知世を受け止め、イーニアスは知世の後ろ頭を手で支え、顔を寄せた。


 唇が触れ合うって、濡れた感触がするんだ。


 心の片隅の冷静な知世が、そんな感想を弾き出す。

 知世にとって、生まれて初めての唇同士でのキスだった。



 イーニアスが名残惜しそうに唇を離すとき、「ちゅっ」と音がした。その音で知世はようやく自分が何をしたかの実感が湧いた。

 顔が一気に熱くなる。知世は両手で頬を抑え、次いで顔を抑えた。

 赤らんだ頬で見下ろすイーニアスは、その反応を満足げに眺め、いたずらっぽく笑って知世に告げる。


「…すみません、さすがに我慢できませんでした」


 その言葉に、知世の顔はさらに赤くなる。そのままへたり込んでしまいそうになったとき、周りからまばらに手を打つ音が聞こえ始めた。

 やがて連鎖したようにそれは増え、拍手になり、知世をさらに追い詰める。

 異世界語で話していたはずだから、周りに言葉は聞こえていないはずなのに、全てバレバレに伝わってしまっていたのが心から恥ずかしい。

 そして照れながらも笑顔で周囲の拍手に応えているイーニアスが、心から憎い。


 知世はその場から逃げるために走り出した。イーニアスと手を繋いだままで。


 家族未満恋人未満の二人は、公園を共に散歩ならぬ、共にランニングから始める仲となった。









主な登場人物


挿絵(By みてみん)

知世・イーニアス



今週の金曜日(2025/11/21)に完結の予定です~。

毎日アップにお付き合いくださりありがとうございます!

最終話までどうぞよろしくお願いします~。

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