それからはやっぱりハッピーエンドかと思いきやもう少し続くらしい
世界を震撼させかけた不老不死の魔法使いキルスの早々の退場によって、被害はグノーゼル王国の一角だけで済んだ。
だが知世の治めるマクファーレン領は大打撃だ。穀倉地帯をやられてしまったから、農民から税を徴収できないし食べ物にも困る。
穀物の値段が上がり、町の皆もとても落胆していたのだが、そこに颯爽と現れたのが援助物資付き第二王子だった。
町の皆はヴィンセントを大いに崇め、遠慮なく物資にありつき、事なきを得た。
そんな特別な計らいを受けられたのも、大けがを負った第三王子の療養地として、知世がマクファーレン領を提供したからである。表向きは。
実際のところは、単にイーニアスとヴィンセントがマクファーレン領を気に入り、入り浸るようになったから、その礼ということだった。
ヴィンセントは遊びに来るたびに、イーニアスの怪我に言葉という塩をたっぷり塗り込んで楽しそうに帰っていく。
そんな兄を鬱陶しそうにしながらも、知世たちと生活を共にできることを喜び、日に日に元気になっていくイーニアス。
要するに毎日がとてもとても平和になったのだった。
「ヴィンセント様、相変わらずお美しかったわ~~!
今日は私、お花までいただいたの!ウフフ、婚約も間近かしら…♪」
ロニの焼いてくれたクッキーをつまみながら、オルガナ似の少女になったセレスティアが、夢見心地でそう呟く。
いつものようにメイドの立ち位置で控えてくれていたロニが、それを聞いてぴくりと眉を動かす。
「………アンタ、何の花もらったの?」
「何って…バラよバラ!!残念だったわねロニ…!あの人の心はもう私のもの…」
「あたしももらった。ちなみに色は?」
「…………………黄色」
「…あたしもよ。ついでに教えるけど、黄色いバラの花言葉は、友情だから…」
「…………………ロニ嫌い、ロニ嫌いロニ嫌いロニ嫌いロニ嫌いいいぃぃぃ~~~~!!!!!!!!」
「うっさい!!文句ならヴィンセント様に言いな!!
あたしも花言葉調べて絶句してたとこなんだからくっそおおおぉぉぉ~~~~~!!!!!!」
「…負けない、少なくとも情はあるんだもの…!友情から掴むわ恋心!!!!
ロニには負けないいいいぃぃ~~~~~!!!!!!!」
「きいいいぃぃぃ~~~~~!!!!!望むところよおおおおぉぉぉ~~~!!!!!!」
あまりにも通常運転なカオスのお茶会に、慣れ親しんだかのように紅茶を飲む知世の姿があった。
「いつもいつも騒がしいお茶会ですね、まあ兄のせいなんでしょうけど…」
傷も順調に回復し、最近は肉体鍛錬も欠かさずするようになったイーニアスが、日の当たるテラスに顔を出した。
「ごきげんよう、ニア。ヴィンセント様はもう帰られたの?」
「つい先程。今日は小さい頃の私の恥ずかしい話をたっぷり語って、満足そうに帰っていきましたよ…。
何がしたいのかいまいち掴めない人です。女性に人気の理由もちっともわかりません」
イーニアスはそう愚痴をこぼし、テーブルの上のクッキーを手に取り、一口かじる。
さんさんと差す日の光を眩しそうに見上げ、顔の前に影を作るように手をかざす彼の姿を、知世は眺めながら思った。
こっちの方が格好いいと思うんだけどなぁ…。
口には出さず、紅茶と共にその言葉は飲み込んだ。ヒートアップするヴィンセント派の二人に油を注ぎたくない。
「いいっ!!!もうこうなったらやけ食いよ!!!ロニ、もっとクッキー持ってきて!!!」
「レス嬢、それ作ってんのあたしだからな!!!食いたきゃ自分で作れ恋敵が!!!」
「私を呼ぶならティア嬢でしょ~~~~!!!!何回言わせるのよこのオイボレババア!!!
いいわよ!!もう残り全部私のだから!!みんな食べちゃダメッ!!!!」
「アンタ、そんなに食ったらブタ道まっしぐらだよ!!!肥えたら笑うからね!!!!」
「ふっふ~~~ん、残念でしたーーー、このお父様お手製のスペシャルボディはね、なんと食べたもは魔力に変換するのよ~~!!!!
つまり私のこの体は、食べても食べても太らない!!いつまでも適正体重ボディラインキープの約束がされた、そういう逸品なのよ!!!」
「はん!!そんなお子様体形がキープされたって、どうってことないけどねーーー!!!
あたしのこの色気ムンムンのはち切れボディの方が、男ってのは好むものなのよ~~~!!!」
「…へっ…、天然ブタ…」
「ぬぁぁんですぅってぇぇ~~~!?!?!?」
まだまだ続きそうな女の醜いバトルに、イーニアスは口をへの字に曲げた。
その様子に知世は少し笑うと、自分の分のお茶を飲み干して立ち上がった。
「…そろそろ休憩も終わりにしましょう。さあ、イーニアス様、午後のお仕事ですよ。手伝ってください。
確か抉れた穀倉地帯の土に合う食物の種の選別と、耕作をどの農園に任せるのが効率的か、が議題でしたね」
テラスを後にしながら、知世は頭と口調を仕事モードに切り替えた。
共に歩きつつ、イーニアスも顔つきを引き締める。
「はい、それについては各農園の代表が案を持ち寄る予定です。
範囲が大きいので、いっそ足りていなかった牧草地帯を一角に作り、畜産の分野での利益を上げようという声も…」
「儂は肉より酪農推しだな。この地域の気候はチーズ作りに適していると前々から思っていた」
二人は足を止めた。
振り向くと後ろに穀倉地帯をダメにした張本人が、しれっとナチュラルに会話に入り込み、ついてきている。
「………こんにちは、キルス。一ヵ月ぶりくらいでしょうか」
「時間など儂には無意味なものだ。数えておらん」
精一杯平常心を保った知世の挨拶も意に介さず、キルスは暇そうにあくびをした。
隣のイーニアスは、キルスが登場したときからずっと、片手を腰の剣にかけている。いつでも斬りかかれる、そういう気迫が感じられる。
そのイーニアスの態度も意に介さず、キルスはごそごそと服のポケットから四角い板を取り出して、タップしたりスワイプしたりしている。
「………それ、まさかスマートフォン?」
知世は驚いてキルスの手元を覗き込みに行く。間違いなくスマートフォンだった。
画面は有名なパズルゲーム。でもネットには繋がっていないようだった。
「ふむ…ネットに繋がっていないと、これは大した価値がない代物だな。
仕方ない、魔力で動くように改良して、あちら世界のネットワークが拾えるようにもしてみようかの」
「そんなことできるの…?」
「できそうにないことをやるから楽しいのだ。成功してもやらんぞ」
「…………欲しかったなぁ…」
知世とキルスの会話を聞いて、緊迫感や緊急性は感じられないと判断したイーニアスは、ゆっくり剣から手を離した。
初めて戦場で会ったときのキルスとは違い、まるで普通の人間のような空気を纏っている彼を不思議そうに眺めている。
そんなイーニアスの隣に知世が戻り、話し始める。
「キルスが持っているあれね、スマートフォンっていって、私の世界のものなの。
どうやら異世界を行き来できるようになったみたい」
「チセの…世界?」
「うん。キルス、私の世界、どうだった?」
知世が問いかけると、聞いてくれとばかりにキルスは身を乗り出して語りだす。
「どうもこうも、刺激的すぎるものばかりで知らぬものばかりだ。まだまだ探索せねばならん。
こんなに探究心がくすぐられるのは何百年ぶりか…。
そなたの思うつぼかもしれぬが、素直にもっと生きてみたくなったぞ」
子供のような目の輝きで語るキルスを、知世は笑みながら見ていた。
「そうそう、『他の異世界』にも行くことができたぞ。
そこは竜と人の世界でな、人間から竜に転生した魔術師とやらと話すことができたぞ。
お互い長年生きているからか、話が弾んでな。
「陸を空に構築したい」だなどと言っているから、少しばかり二人で知恵を絞って実験してきたぞ」
「そう、すごいことになってるみたいだけど、楽しそうでよかった」
それまで笑顔で話していたキルスが、手に持っていたスマホをしまって、やおら真面目な顔つきになる。
どうしたのかと思いつつ、知世は言葉を待った。
「…そなたの世界で、そなたの両親を調べ上げて見つけたぞ。話は…聞くか?」
知世は目を丸くする。寝耳に水の、本当に意外な言葉だった。
聞くかと問われても、何と答えたらよいかわからない。知世が困っていると、テラス方面から人影が飛び込んできた。
「いいいいいいいーーーーよね?!そんな話、聞かなくていいよね?!
だってだって…チセは…チセは……もうここんちの子なんだし!!!ね?!」
「気持ちはわかるが、落ち着きなさい…セレスティア殿」
「だって…イーニアス様…」
飛び込んできたセレスティアはしゅんと俯き、黙ってしまった。
イーニアスは知世を真剣な目で見つめた後、ふわりと笑って語り掛けた。
「…聞くも聞かないも、あなたが決めていいことですよ、チセ…」
知世はためらった後、顔を上げた。息を吸い込み、キルスに答える。
「…聞かせてください、両親のこと…」
母親は、文字通り抜け殻状態になって、毎日知世の寝ている病室でぼーっと過ごしているらしい。
臓器系も安定して機能しているため、生命維持装置なしの植物状態のような娘の横で、ただただ空っぽになっているようだ。
父親は相変わらず仕事人間、というか、見たくない現実から仕事に逃げている生活を今もずっと続けている。
二人に親戚、親しい友人などはおらず、ただただ毎日が淡々と終わっていくだけの様を、キルスは何日か見守ったそうだ。
「…そなたには血の繋がった家族よ、幾分か心も痛もう」
キルスにそう言われて、知世は自分がもうあまり、あの二人のことをよく思い出せなくなっていることに気付いた。
あまりの薄情さにショックを受け、なんとか二人を思い出そうとするが、顔がもやがかかっているかのように、特に思い出せない。
知世は目を閉じ、二人との思い出を探る。小さい頃から陰で泣いていた自分のことくらいしか頭に残っていなかった。
母が今抜け殻なのは、私のせい?父が昔から帰ってこないのも、私のせい?
昔は自分が悪いんだと思っていた。でも、今ははっきり否定できる。私のせいじゃない。
知世は目を開け、きっぱりとキルスに告げた。
「…あの二人は、自業自得よ。それ以外の何物でもないから、同情もできない」
「チセ…」
セレスティアが意外だと言わんばかりに目を丸くして驚いていた。
知世も初めて知った、自分の冷酷な部分。セレスティアは引いてしまっただろうか。
だが心配は一瞬で終わった。セレスティアは知世を飛びつくように抱きしめると、頭を優しく撫でた。
「…いいんだよ、自分の正直な気持ちを押し込めないことは、正しいことだから…。
もう相手の都合や気持ちばかり考えなくていい。あんたは今、強く生きてるんだよ、チセ…」
セレスティアの言葉に、急に目に涙が溢れてきた。しゃくりあげないよう、知世は唇を噛んで耐えた。
キルスはそれを見て、にやりと意地悪く微笑む。
「血の繋がりの家族を捨てるか。そなたも大した自分勝手ではないか、実に良い」
それを聞いたイーニアスが、横から口を挟む。
「子というのは、いずれ血の繋がりのない家族を手に入れて飛び立つもの。それは勝手でも何でもない、自然の摂理だ。
チセを責め立てるような物言いはよせ。許さんぞ」
「おーおー、怖い怖い。さすがはいずれチセを嫁にして家族になりたい男なだけはある」
キルスは肩を竦め、ケラケラとイーニアスをはやし立てた。
イーニアスは咄嗟に何かを言おうとしたが、ぐっとこらえて押し黙った。
知世は「嫁」という言葉に狼狽えて、キルスとイーニアスを交互に見てから俯いて顔を赤くした。
それを見たセレスティアは、少し面白くなさそうに唇を尖らせる。
「…そなたが望んだなら、あの両親にそなたの言葉と声を、夢を使って伝えてやろうかとも思っていたが、不要なようだの。
…いや、知世の言葉を伝えたら伝えたで、それもまた面白そうかの?そうだなそうするか」
キルスは一人で結論を出し、急に空中を切り裂いた。
切り裂かれた向こうには真っ黒な空間が広がっていたが、構わずキルスはその中に入っていく。
「邪魔したな、さらばだ」
切れ目から手だけ出して振ると、それを別れの合図とし、切れ目を塞いでキルスは突然退場した。
「…何をしに来たんだ…」
「…暇つぶし、かな…」
「なんか、伝言してくれるとか言ってなかった?親切すぎない?余計なお世話?
…というか、娘の私に挨拶もなしかあの野郎」
イーニアスの呟きに知世が返し、セレスティアが次いで吠えた。
屋敷の廊下で呆然とする三人の後頭部に、スパスパスパァーンとやたらいい音のする資料での打撃が加わる。
「お前らぁっ…!!休憩時間は終わりだよ仕事しな!!!」
鬼のロニ領主秘書様の鶴の一声で、三人は職務を思い出し急いでそれぞれの持ち場に向かった。
当然のように働かされている療養中の第三王子は、すでに自身の身分を忘れているという噂が、領内には広まっていたのだった。
主な登場人物
もう本文は書きあげているのでこれから毎日アップ予定。
挿絵は間に合ったら&気が向いたらつけます。
もしよければこれからも読んでやってくださいませー。




