私の新しい家族のかたち
マクファーレンの屋敷、エントランスホールで一行を出迎えてくれたのは、ロニと手の中の動かないぬいぐるみだった。
「…てぃあ!」
疲れも忘れて知世が馬車から飛び降りる。ロニのもとに駆け寄り、てぃあを抱き上げた。何の反応もない。
「ロニ…いつから……」
「…黙ってたけど、アンタが一旦屋敷に帰ってきたときには、もう全く動かなくなってた…」
わかってる、ロニは知世を気遣ってくれたのだ。鬼気迫る形相でメタンハイドレートを作っていたのだ、てぃあのことを言えるはずもない。
「でも…それじゃあ、動かなくなってからもうだいぶ日にちが経って…」
あきらめきれなかった知世は、馬車から降りてきたキルスに駆け寄り、水色のぬいぐるみを震える手で差し出す。
意図を察したキルスがぬいぐるみに手をかざす。だが知世の望む答えは返ってこない。キルスは首を横に振った。
「嘘よ…、てぃあ…セレスティアはこんなに呆気なく死んだりなんかしない!!」
叫ぶ知世の隣にイーニアスが立ち、肩を叩く。この場にいる全員が、すでにセレスティアをあきらめていた。
でも知世は、それだけは認められないと必死に首を振って、現実に抵抗する。
「セレスティアは…!彼女は、自分のしがらみから死んで逃れるのではなく、異世界の人間と入れ替わってでも生きたいと、自分を満たしたいと願った人よ…!
絶対にこの世にしがみついて、何が何でももがいてるはず………そうよ、霊魂…霊は、この世界にも存在する…」
知世はキルスの方を振り返った。この中で一番物知りと言えば彼だ。
「キルス!「地縛霊」って知ってる?」
「…読んで字のごとく、あの世に行かず死んだ場所から離れられない霊のことだな。
セレスティアがそれになっていると?」
「可能性はある!そして今の私のこの体は、もともとセレスティアのもの…。
私たちが強く願えば、前のように夢の中で引き合うかもしれない…!
キルス!私を眠らせて!!今すぐここで!!」
「まったく…不老不死遣いが荒い娘だ…」
キルスはツイッと右の人差し指を一振りする。途端知世は意識を失った。崩れ落ちる体をイーニアスが受け止める。
知世は深い眠りの中で、精一杯セレスティアを呼び続けた。
「やっと来たわね!!ほんっと手遅れよ!遅すぎるわ!!」
ふわり漂う紺色の夢の中、知世を罵倒するセレスティアの元気な声が聞こえた。
知世は涙ぐみながらセレスティアに宙を泳いで近づき、力いっぱい抱きしめた。
「ティア…よかった……」
「………ほんとによかったの?」
「ん?」
「だぁって…、まともな体、一つしかないのよ?
私、あんたから自分の体、奪い返す気満々なんだけど…」
「うん…、そうだね、ティアは体に戻っていいと思うよ。私が人形に入れば…」
「だから…!まともなヒトガタがなきゃ、今度はあんたの魂が私と同じ運命に…!」
「それまでに対策を立てられるかもしれないでしょ?
この体はティアのものなんだから、とりあえずティアが戻って魔術の研究を…」
「~~~~~っっっ、はぁ、あんたバカァ?!ほんっとバカ!!!
いい?!私はあんたの運命を狂わせた張本人なのよ?!そいつに遠慮するって、あんた何なのよ!!
恨みなさいよ!!歯向かって叩き潰しなさいよ!!生きて生きて生きて、ちゃんともっと自分の人生を大事にして…!!」
言い終わったセレスティアの目には涙が滲んでいた。知世も涙ぐみながら、優しくセレスティアを抱きしめる。
「………確かに、私の運命は狂わされたよ…。死んでもいいから捨てたいって思ってた運命がね…。
…今、私は生きてて楽しい。「生きてる」ってこういうことを言うのかな、って思えてきてる…。
それは、この世界に来れたから…、いろんな人が私と出会ってくれたから…、ティア、あなたが変えてくれたから…。
私にとってあなたはもう…恩人でしかないし、大切な大切な、家族なの」
「かっ…、家族…?バカ、あんた、家族っていうのはねぇ…その…、血が繋がってて…えーと…。
………………あったかいもの、らしいんだけど………」
「あったかいよ、ティアもロニもニアも、お屋敷の皆、町の皆、きっとヴィンセントやキルスだって、みんなみんなあったかい…。
私…、大好きだよ…」
「………全部を全部、愛してるって言うの…?
そんなに…、重くていいの…?」
「…正直、重いのは怖い。嫌になっちゃう日も来るかもしれない。
でもそのときは、周りにちゃんと相談するから。今までみたいに。だから、大丈夫」
「……………あんた、強く…なったね…」
「かな…?ティアの体から力がもらえてるのかも…」
「あのさ…………、私、ぬいぐるみのとき、わがまま言ったらお洋服、作ってくれたじゃない…?
あれ…、うれしかった…………ありがと…」
「あれはロニにいっぱい手伝ってもらっちゃったけど…。
鏡の前で何度もフリルをヒラヒラさせてたよね…、気に入ってくれて私も…うれしかった…」
二人は抱き合ったまま涙を流していた。涙と一緒に体から流れ落ちていく感情が、心地よかった。
「チセ…、あんたはいつまでも、そのままでいてよ。約束よ…。
さあ…、目を閉じて。あんたと私の魂を繋いで、強く強く響き合うの。
弱り切った私の魂が少しでも強く輝けば、きっと見つけてくれる…」
その言葉を最後に、夢は強い光となって弾けた。
知世がセレスティアの体で目を覚ます。濡れた感覚がして頬に手をやると、泣いていた跡が残っていた。
心配してくれているイーニアスを押しのけ、ロニが抱いていた水色のぬいぐるみを確かめる。動きもしゃべりもしなかった。
「…そっちではない、こっちだ」
落胆しかけた知世にキルスが声をかける。キルスの方を見ると、何やら右手に光の四角を浮かばせている。
「…急に空中で輝き出したのでな。捕らえた。おそらくこれが、セレスティアなのだろう?」
「…その四角の中にいるの?」
「ああ。…ちょうど呼び寄せていた「ついで」も到着したな」
キルスの向いた方向に目を向けると、いつの間に現れたのかそこには女性が一人立っていた。
知世たちは突然現れたその女性に注目する。何かおかしい、女性は瞬きをしないのだ。
不思議に思った知世が口を開く前に、キルスが説明を始める。
「儂の作った人形…生き人形、とでも呼ぶべきものかな。魂がない以外は完璧に人間を模している。
口から食べ物を摂取することで魔力を生み出し、魔法や魔術を行使することができる。
五感は全てあるから、そこらへんの綿人形よりは魂の入り心地もいいだろう。
ほぼ人間と言って差し支えないほどの逸品だ」
「…なぜ、「人間」にしなかったの…?」
知世が首を傾げて問う。キルスは不服そうに唇を尖らせて答えた。
「…この不老不死が暇に任せて研究し続けても、魂は作れなんだ…。あれだけは…神の叡智なのかの…」
咳ばらいを一つすると、キルスは気を取り直して人形の説明を再開する。
「普段は魔術からくりで動かして、儂の世話をさせていたのだが…。
そのうち動かすのも面倒になってな。ほったらかしていたものだ。そなたにくれてやる」
言い終わると同時に、キルスは手の中の四角を砕けさせた。中からまばゆい光が現れる。
キルスは術を唱え、空中に魔法陣を描くと、その魔法陣の真ん中に人形と光の玉を吸い寄せる。
光は人形を覆い、しばらく人型に発光すると、突然消えた。
残された人形が地に降り立ち、棒立ちになっていたが、やがて瞬きを始めた。首、腕、胴体、足、と順に動かしていく。
「………………ティア…?なの…?」
知世が掠れた声で呼びかける。ふわふわの茶色の髪の少女が、そこにはいた。
「…やだ、これ、悪くないっていうかかなりいいじゃない、この体」
「ティア…!!」
知世は走り寄って、茶色い髪のセレスティアを抱きしめた。
続いてロニが走り寄り、このときばかりはさすがに目を潤ませ、鼻を赤くしていた。
イーニアスは少し距離を置いたところから、優しい眼で皆を見守っていた。
「…儂はこういう空気は苦手なのでな。とっとと交換物をもらって退散するぞ」
言うが早いかキルスは宙に浮くと、高速で屋敷内を移動し、どこかへ行ってしまった。
知世が呆然と見送っていると、セレスティアがエントランスホールの鏡壁に顔を近づけ、自身の新しい体をじっくり見回していた。
「…ねえロニ、この茶色のくせ毛に緑の瞳ってさ…、お母様にどことなく似てない?若い時の。
あの人いっつも髪の毛きつくアップにまとめてたし、魔法の薬品で前髪整えてたから、くせ毛の印象なかったかもだけどさ…」
セレスティアとロニが不思議がりながら鏡に食いついている間、知世だけがその真相を察していた。
そのことについては、あとでお茶でも飲みながら皆に話そう、そんなことを考えていると、エントランスに機嫌の良さそうなキルスの声が響いた。
「セレスティア。そなたの部屋で見つけた異世界転送術とやらの書物は儂が預かるぞ。
さて、儂は暇つぶしに戻る。ではな」
キルスはまたも空中に魔法陣を展開すると、今度はその中に入って消えてしまった。
知世は礼が言えなかったことを残念に思ったが、あまり事情をよく知らないセレスティアは怒り心頭のご様子だった。
「ちょっと!?何よあのポッと出、パッと消えやがったじゃない?!
というか交換物って魔術書…、許可してない!!私許可してない!!!!
この体とあれが釣り合うとか、どういう了見よーーーーー!!!!泥棒!!!
ちょっと!!第三王子、あんた捕まえてきなさいよ…って、なんで倒れてんのあいつ?
…え?怪我??え、チセ、ロニ?ちょっとそいつどこ連れてくの?!私の魔術書どうなんのーーーー?!」
マクファーレン家は騒々しくも新しい朝を、迎えようとしていた。
主な登場人物
もう本文は書きあげているのでこれから毎日アップ予定。
挿絵は間に合ったら&気が向いたらつけます。
もしよければこれからも読んでやってくださいませー。




