さまよう不老不死を釣れ!異世界実在証明ミッション
微かにしか動けなくなったてぃあと領主不在の領地をロニに託し、知世は最前線を目指した。
怪我の全く治っていないイーニアスも、知世に同行すると言って聞かなかったため、旅程の進行はやや遅めとなった。
はやる気持ちを抑え、前線に立つ知世を出迎えたのは、大勢の兵士たちと空にぽつりと浮かぶ人影だった。
空に座す人影がこちらを向いた。途端周りの兵士たちがどよめきを上げる。
何とかやせ我慢で隣に立っているイーニアスに聞いてみると、人影はこちらが攻撃をやめてからずっと、何にも興味を示さなかったらしい。
どんよりと不気味に静かに座していた人影が、セレスティアの外見の知世にだけ興味を示した。やはり何らか、マクファーレン家と縁のあるものなのだろう。
「…降りてくる気配はないな。チセ、どうしますか?必要なら風の魔法魔術部隊に頼んで飛ぶこともできますが…」
「…多分、大丈夫です。ニア…イーニアス様はどうか安静にしていてください。…いってきます」
知世は魔法を使い、靴の下に氷の足場を作った。それをどんどん高く凍らせてゆき、人影のもとまで登っていく。
下ではイーニアスが風の魔法魔術部隊に援護体制を取るよう指示を出しているのが聞こえた。
知世は空に浮かぶ人影、白髪の青年と対峙する。やはりあのとき、屋敷を訪れた青年と同一人物だった。
青年は立ち上がると、フッと笑んだ。濁った眼を知世に向けて口を開く。
「氷か…」
「…初めまして。私はセレスティア・ノル・マクファーレン…」
「儂の娘だ」
「…は?」
「氷の魔法は儂の遺伝だ。この魔法は極めて使い勝手が悪く、また使い手も珍しい…。
ついでにその容姿、似ておる…。若い頃は儂も金髪だった」
「…あの、あなたは一体…」
「儂はキルス。魔法の研究の末にできた、突然変異の不老不死者だ。…ああ、髪の色は抜けたがな」
突然の情報に知世は言葉を失った。だがここで参っているわけにはいかない。知世は一つ一つ質問を整理した。
「…あなたは、オルガナ…お母様と関係を?」
「ああ。一度きりな。
儂は不老不死になって久しい。どうすれば「治る」のかもわからぬまま、今に至る。
そんな儂に彼女は提案したのだ。あなたを独りにはしない、女にしかできない「不老不死」の方法がある、と。
それが子供を産み、子々孫々に渡り受け継いでいくことだと知ったときは、馬鹿馬鹿しいと思ったものだがな」
「…あなたは誘いに、乗ったんですね…」
「いい加減暇でな。試してみるかと思ったのだ。
…オルガナは儂に固執していた。儂の傍らに立つため、不老不死の研究もしていたようだ」
「…お母様は、あなたに恋を?」
「さあな。どんな理由での固執かは興味がない。
ただ、オルガナの押しの強さに儂が折れたのはその通りだ。…そなたは、その一夜の子なのだろう」
キルスと「セレスティアの体」は血のつながりがある。それはそれでこちらには都合がいいことかもしれない。知世はキルスに嘆願した。
「実はお願いがあります。あなたの娘、「セレスティア」を助けてください。
…私は知世、異世界から来ました。セレスティアが編み出した魔術で魂を相互転送し、今はセレスティアの体の中に入っています。
いろいろあって、セレスティアの魂もこちらの世界に来ているのですが、今は人形を仮宿として過ごしています。
ですが魂の定着が不安定で…。このままでは魂が抜けて、いずれ消えてしまうでしょう。
お願いです、そうなる前にどうか、あなたの知恵と力をお貸しいただけないでしょうか?何とかして助けたいのです」
キルスは突拍子もない話に眉一つ動かさず、じっと知世の――――セレスティアの顔を見ていた。
「…何故そなたは娘を助けたい?」
「…笑われるかもしれませんが、私にとっては…ずっと、ずっと憧れていた、大切に思える「家族」のような存在、だからです…」
知世は精一杯の思いを瞳に込めてキルスを見つめる。キルスは眉一つ動かさず、呟いた。
「つまらん。実につまらぬな…。
血の繋がりも何もないものを家族と呼ぶそなた。血の繋がっている娘を何とも思わぬ儂。
その話、何の興味も湧きはせぬ…」
キルスはまた空中で座った形になって動かなくなってしまった。濁る瞳を無にしながら、最後に独りぼやく。
「破壊も戦闘も飽きた…。何か儂が心から楽しめるものはこの世界に残ってはいないのか…。
つまらぬ…つまらぬよ…」
そう言い残して、青年の心は完全に閉じた。もう今の知世にはこじ開けることはできそうにない。
あきらめるわけにはいかないが、ここでできることは今はもうないだろう。知世は足元の氷を徐々に溶かして下に降りて行った。
「…あぶないっ!!」
力加減を誤って氷が途中で折れ、知世は地表に真っ逆さまに落ちてしまった。
風の魔法魔術部隊が構えるが間に合わない。咄嗟に動いたイーニアスが知世を受け止めた。
「…ぐうっ…!」
その衝撃でイーニアスが呻く。傷口が開いたようだった。
知世は慌ててイーニアスから飛び退き、痛みにうずくまるイーニアスを支えた。
「殿下!」
イーニアスを救護班に診せようと手を伸ばした初老の兵士を拒み、イーニアスは知世に問うた。
「………せ、成果は…?」
「…申し訳ございません、彼…キルスの心は再び閉じてしまいました。
何物にも興味を示すことがないようなので、攻撃や戦闘などは起こらないかと思います…」
知世のその言葉に、現場は安堵したような落胆したような雰囲気に包まれた。
「…これから、どうなるんだろう……」
誰から漏れたともわからない呟きは、この場の全員の心の内を如実に表していた。
「ありがとうございます…」
野営の焚火の前で、ようやく腰を落ち着けることができた知世は、座るタイミングで差し出された温かい飲み物を受け取り、礼を述べた。
労いの一杯を持ってきてくれた兵士は、明らかに野営慣れしていないであろう知世=セレスティアを気遣い、ニコリと笑みを返してくれた。
イーニアスの傷が開く原因になってしまった知世は、ずっと付きっ切りで彼の看病をしていた。
幸い傷の縫い目がほつれたわけではなかったため、それほど大事には至らなかった。
消毒や血止め、傷薬の塗り込み、包帯替えなど、細かいことは救護班とすり合わせながら行った。
夜になり、傷が開いたことから発熱したイーニアスの面倒を見て、容体が落ち着いたところでようやく救護テントから離れることができた。
もらったハーブティーのカップを、大事に両手で包みながら飲む。心からホッとする味だった。
知世は昼間のことを思い出し、考える。キルス――――彼をどうにかしない限り、王立騎士団はここを動けないだろう。
今のように無害ならまだしも、クレーターは作るわ、騎士団は壊滅寸前にするわ、やろうと思えばやれてしまうところが脅威である。
これから、彼をどうするのか。本人曰く不老不死である以上、討伐はできない。
だからキルスにはどこか――――少なくとも国の外には出ていってもらわないといけない。
知世はキルスについて考える。
キルスのあの濁った眼差しの意味を、知世はよく知っていた。あれはこの世に何の希望も見いだせなくなったものの瞳、絶望したものの瞳だ。
彼が絶望しているのは、自分が不老不死であってそれが治らない、いわゆる死ねないこと。心から楽しめるものが何もないこと。
前者は今すぐどうにかできないとしても、後者はどうだろう。興味を持てることが見つかれば、それで一時落ち着くのではないだろうか。
魔法魔術を極め、知識の探究もやりつくし、破壊衝動にすら飽きた男の興味を引けるもの…。
そこで知世はハッとする。自分のいた世界、異世界はどうだろう。
見たところ、彼が異世界と通じている節はなさそうである。あれがセレスティアオリジナルの大発見だったとしたら、それで釣れないだろうか。
化学や機械文明を極めたあの世界なら、キルスの曇りを晴らす何かは十分に見つけられそうな気がする。
それにそれだけには留まらない。セレスティアの世界や知世の世界があるなら、他の異世界だってあるはずなのだ。
それらを行き来できるようになれば、彼が興味を持てるものはそれこそ無限大になるのではないだろうか。
少なくとも永遠の暇つぶしくらいにはなるはずだ。こんなところで空にぼんやり浮かんでいるよりも。
なら、娘であるセレスティアが成した異世界転送術を教えれば、それで解決するだろうか。
正直あれは、「セレスティアの経験」が上乗せされている知世でもよく理解できない。十分な説明はできないだろう。
セレスティア本人は今、魂が抜けかけている。話をさせることすら難しい。この案はダメだろうか…。
いや、でもこれだけのことを成せるキルスなら、何かを匂わせるだけであとは自分でやってしまうだろう。
あとは異世界に興味を持たせること、そこが楽しいところであると彼に示せればいい。知世は頭をフル回転させた。
ただ異世界の可能性を話すだけじゃ、おそらくあの絶望の壁は破れない。
ここにはなくて異世界にはある物質を何か示せれば、あるいは…。だがここにはスマホもパソコンも車もない。それを作る技術も知世にはない。
知世ができることで異世界の証明になる物質…それは何なのか。
ダメだ、考えても思い出せるのは役に立たない勉強の知識ばかり。知世は本当にそれしかやってこなかったのだ。
それを話しても作り話にしか思えないだろう。何かその知識の中から作れるものはないのか。考えても考えても答えは出なかった。
「……様、セレスティア様!」
そのとき、救護班の一人に呼ばれていることに気付いた。知世は慌てて顔を上げ、何かあったのか尋ねる。
「すみませんお休みのところ…、今夜は発熱患者が多くて、申し訳ないのですが少し氷を生成していただけないかと…」
知世はその要請に快く応え、すぐにバケツ一杯の氷を生成して彼に持たせた。
何度もお礼を言ってテントに帰っていくその人を見ていて、知世はあることを思い出した。
「燃える氷」と呼ばれる存在、メタンハイドレートのことを。
知世は今、氷を生成することができる。それに化学の知識を集めて人工メタンハイドレートを作ることができれば、それが異世界への興味に繋がらないだろうか。
メタンハイドレートは天然ガスの主成分であるメタン分子が、水分子の「カゴ状構造」に閉じ込められた氷状の物質。
低温・高圧の海底下の地層や極地の永久凍土などに存在する、知世の世界では次世代のエネルギー源として期待されているものだ。
メタンは細かく砕いた生ごみに水を加えてかき混ぜ、ペースト状にしたものを微生物が食べることで、メタンガスとして生成できるはずだ。
他にも家畜の糞尿など、少々危険を伴うが採集方法は割とあると思われる。
海底下の低温・高圧の再現も、知世が氷を操れるなら解決できるかもしれない。
氷の温度を自在に操る、下げることも可能であることと、高圧の再現は「氷圧」を使えないだろうか。
水が氷る際に体積膨張によって生じる氷圧は非常に大きな力で、約二千気圧にも及ぶという。
この圧力は水深二万メートルの海底にかかる圧力よりも高い。
あとは分子、水素を見極める方法を探らなければならない。魔術を使った方法が何かないか、実験しながら探してみよう。
だがこちらには、魂が抜けかけているセレスティアというタイムリミットがある。悠長なことは言っていられない。
今すぐにでも帰って実験を始めなければならないが、馬車を夜に走らせることは大きな危険が伴う。
朝を待つしかない、それがわかっていてもじっとしていられなかった知世は、イーニアスの救護テントに足を運んだ。
「…少し曇りが晴れた顔をしていますね。何かいい解決策でも思いつきましたか?」
テントに入ると、他のものはぐっすり眠っている中、イーニアスは目を覚ましていた。調子は悪くなさそうだ。
知世は彼に先程思いついた案を小声で話してみた。もちろんちんぷんかんぷんなようで、首を傾げられてしまう。
わかっていたことだったのに、知世はそれを見て弱気になってしまった。
やっぱりダメだろうか、こんな案ではキルスを動かせないだろうか…、もっといいやり方があるのではないだろうか。
知世がぐるぐるしだしたのを見て、イーニアスはくすりと笑った。
片手で知世の頭を撫でながら、優しく語り掛ける。
「今の案に迷うことはありませんよ…。
私には理解できかねましたが、せっかくチセが思いついて、やる気を出した案なんです。
王立騎士団はこのザマ…、キルスをどうにかすることにおいては、私たちは無力だと言っても過言ではない。
ならあなたのやり方を試してみる価値はあるはずです。たった一人で彼に立ち向かい、対話してきたあなたのやり方を」
「イーニアス様…ううん、ニア…、ありがとう…」
「結果なんて最初から考えなくていいんです。まずは…」
『最初から下を向くな、何事もやってみてから考えればいい』
二人は同じ台詞を同時に唱えた。知世の中でも、大切な指針となっていた言葉。
顔を見合わせた二人は、どちらからともなく静かに笑い出した。迷いの夜が、明けていく。
主な登場人物
もう本文は書きあげているのでこれから毎日アップ予定。
挿絵は間に合ったら&気が向いたらつけます。
もしよければこれからも読んでやってくださいませー。




