朴念仁王子と絢爛王子の恋模様
屋敷に戻ると、どんな宴のときよりも気合の入った豪華料理が並ぶ晩餐の間に通された。
きっとロニの独断だろう、こき使われる結果になってしまった料理長に、知世は心の中で謝った。
ヴィンセント、イーニアス、知世=セレスティアの三人が食卓につく。
また昼間のときのように大騒ぎになるのかと思いきや、そこはさすが元メイド長、ロニもわきまえているようでただ静かに「ヴィンセントの」脇に仕えていた。
そしてヴィンセントの席にはまた一つ特別な仕様があり、ナフキンを構えた水色の「ナフキンパペット」が常備されている。
そんなロニとてぃあを牽制するかのように、他のメイドたちも皆ヴィンセント側寄りの配置で、静かに仕えている。
静かだ。静かなのが不思議なくらい、部屋の空気はうるさいが。
ヴィンセントは慣れているのか、緊張感漂う室内でも涼しい顔をしている。
知世はちらりとイーニアスを見た。肩を竦め、申し訳なさそうに笑っている。やはりこういうことには慣れているらしい。
小さくため息を吐くと、知世は食事前の祈りの合図をする。ヴィンセントのことは本人に全面的に任せよう、そう思うことにした。
かくも静かでやかましい食事時、一番先に口を開いたのはイーニアスだった。
「…兄上、今回の脱走は結局、何が目的だったのですか?」
「それはもちろん!お前が見初めたという女性にお会いしてみたくなったからさ…!」
「…見初めた、と言った覚えはありません…。ただ、とても話しやすい女性だったと…」
「お前のような朴念仁が話しやすい相手だなどと聞いて、興味が湧かぬわけがないだろう。
会って話して…できれば目の前で掠め取ってやりたかったが、うまくはいかないのもまた一興…」
「…兄上、今回の脱走はそれだけではないのでしょう…?
長兄の生誕祭のタイミングでおこなったところをみるに…、また父上兄上と何かあったのでは?」
「…お前も意趣返しがうまくなったな、イーニアス…。
さすが我が弟、ここまで鍛えた甲斐があったというものだ」
イーニアスは食べる手を止め、ため息を吐き出した。ヴィンセントは手の中のグラスを弄び、揺れる赤を見るともなしに見ている。
「兄上…、もうそろそろ子供のような憂さの晴らし方はおやめください…。
何かあるたびに脱走しては女性と遊び、放っておけば金がなくなっても女性宅に居ついて帰ってこないだなどと…。
あなたの起こした事件も尻拭いの数も、もう数えるのをやめて久しいです。
国の第二王子の自覚があなたには本当におありなのですか?」
「お聞きになりましたか?セレスティア殿。我が弟は見た目は若者のくせに、中身は説教臭い爺なんですよ」
「兄上、…何があったのですか?」
「………二番目、三番目の僕やお前には関係のない話さ。
所詮僕たちは予備でしかない。それだけのことだ」
「…黒い肌や髪を持つ私は予備ですらない。
そう言い嘲笑ったのは、幼き日の兄上でしたね」
くつくつ、とヴィンセントは退屈そうに笑い、グラスの中身を一気に呷った。
「…許せ弟よ。僕もまた、お前に負けないほど弱い男なのさ…。
…ああ、誰か僕のこの弱さを包み込んで、優しく背中を撫でてくれる方はいらっしゃらないのだろうか…」
ヴィンセントの後半の台詞は芝居がかり、明らかに傍に仕える女性陣を煽っている。
「兄上、まだ話は終わっていません、何度同じ過ちを繰り返せば気が済…」
イーニアスの台詞は、出番を許された女性陣の色めき立つ声によってかき消された。
「ヴィンセント様!貴方様のその儚く脆いお心の内、私ヴェロニカがオトナの魅力で癒して差し上げますわ…!」
「美しい王子様の辛く切ない裏事情…何というギャップ萌え!!モフモフを…ヴィンセント様!癒しのモフモフてぃあをお求めください…!」
他のメイドたちも声を張り上げ、それぞれにアピール合戦を繰り広げてしまえば、イーニアスや知世の入り込む隙はまるでない。
蚊帳の外で二人が見守っていると、ヴィンセントは大仰に手を広げ、彼女たちを迎え入れるジェスチャーをする。黄色い歓声が上がる。
「ありがとう、美しいお嬢様方…。今宵はとことん飲み明かしましょう。
それについて、まずは場所を変えたい。町で有名な酒場などあれば、案内していただけるととても助かるのだが…。
なに、多少寂れていても構わない。僕が大輪の花となりましょう」
綺麗なウィンク付きでヴィンセントがそう述べると、ロニはどこかへ走っていき、一瞬で帰ってきた。手には硬貨用の麻袋。パンパンに膨らんでいる。
それに倣い他のメイドたちも金銭を準備し始めた。てぃあはヴィンセントの肩を独占し、ヴィンセント隊の準備は整った。
もう何を話しても無駄なその様子に、イーニアスはため息を吐くこともやめた。ぞろぞろと屋敷を出ていく面々をただ見送る。
知世もイーニアスに倣い、無言で皆を見送った。途中ヴィンセントにウィンクを投げられたが、心で避けておいた。
「…お料理もほとんど残していってしまったわね…」
「誠に申し訳ありません…チセ殿」
残された二人は、大量に残るおいしそうな料理を前に、大きなため息を吐き出した。
「イーニアス様、やはり私、あなたのお兄様のことは好きになれそうにありません」
「………呼び方、戻ってしまいましたね…」
「…!こっ、ここでは身分をごまかすことなど必要ないでしょう?イーニアス様はイーニアス様です。それとも殿下の方がよろしいですか?」
「………ぜひとも名前の方でお願いします」
苦笑しながらイーニアスはグラスのワインを飲み干した。ふぅ、と一息つき、空のグラスを弄りながら知世に語り始める。
「チセ殿…、兄上は大方、今日ご覧になったままの人物です。私もそれほど好きにはなれません。
でも一つだけ…、兄には兄なりの配慮があったことは…多分事実なのです」
「配慮…ですか?」
「はい。二番目や三番目の…と兄は言っていたでしょう?つまり父上と長兄の話は、私のことにまで及んでいた、ということなのだろうと思います。
十中八九我々が聞くに堪えない話です。私の母上が亡くなって以降、そういうものは隠さず話されるようになりました。
…これまでもそうだったのですが、私が城にいれば相当嫌な思いをすることになるだろうときに、兄上…ヴィンセントはよく脱走している気がするのです。
わざと私に彼の行き先がわかるようにして、追いかけて来い、城から出ろと言わんばかりに…」
「………とても回りくどい兄弟愛でしょうか…」
「フフッ………愛、なのでしょうかね…。ただ、おかげで憎み切れないのは確かです」
「…いいかもしれませんね、そういうのも」
「良くはありません、決して。ただ…、そうですね、悪くはない、と言ったところでしょうか」
苦く笑うイーニアスは、それでもどこか楽しげでもあり、知世も少し心の憂さを晴らせた気がした。
「さて、ではこのご馳走は、屋敷の皆様でいただいてもらえますか?私はもう十分満たされたので」
「そうですね…、では後で皆に声を掛けることにします。ご配慮ありがとうございます、イーニアス様。
本日はいかがされますか?寝所の準備など…」
「いえ、私もそう長く城を空けるわけにはいきませんし、兄上は酒に酔うともっとやっかいな事件を起こすんです。
そうなる前に淑女たちから回収して、城に戻ることにいたします。
夜通し馬を駆れば、朝には王都に着くはずです。力ずくで連れて帰りますよ」
「あまり無理はなさらないほうが…」
「…ここで無理をしておかないと、兄上の被害の飛び火で、私まであなたに嫌われかねませんので…」
イーニアスはテーブルにグラスを置き席を立つと、身支度をしてきます、と晩餐の間から出ていった。
メイドがいないので、知世は執事たちを呼び、屋敷に残るものを晩餐の間に集めるよう指示を出した。
集まったものたちに残るご馳走を全て平らげるように言うと、皆いそいそと酒を持ち込み宴会が始まった。
知世は晩餐の間を後にし、屋敷の外に出て厩に向かった。予想通りイーニアスは馬の支度をしていた。
――――名残惜しい。
正直な気持ちが知世の心に浮かび上がる。一ヵ月をこの屋敷で共にした過去を懐かしく思い返していた。
イーニアスは知世に気付かず、馬の調子を確かめている。知世はもう一歩だけ彼に近づいた。
途端振り返ったイーニアスが知世を引き寄せ、抱きしめた。力はほとんど入っておらず、抵抗すればすぐに抜け出せるような強さで。
知世はおずおずとイーニアスの背中に手を回し、そっと力を込めて抱きしめ返した。
「…また、話してくださいますか…?チセ…」
「…ニアが、望んでくださるなら…」
「では…、またお話ししましょう。…約束です」
「はい…」
あたたかさを分け合うように、しばらくそのまま二人は動かなかった。
その中で知世はふとあることを思い出し、この機会に伝えてしまおうと試みた。
「…あ、あの…ニア…?」
「はい…、なんでしょう…?」
「あの、私前にイケメン…キラキラした男前が自分の隣に立つと、自分が惨めに思える、って話したと思うんです…」
「そうでしたね…、続けて?」
「…ニアは、隣に立たれても、自分を惨めには思わないんです…。
あっ、これはニアがイケメンじゃないって言ってるんじゃないんです、なんていうか…」
「…私を男前だと…思ってくれているのですか?」
「えっ?そりゃ…かなり……か、かっこいいです…」
「チセ…」
イーニアスは知世の顎を取り、そっと上向かせた。だが一瞬のためらいの後、知世の前髪ごしの額に口付けるだけで終わった。
「………男前、ではなさそうです…」
「…ニアはニアでいいです。…フフフ、そうです、ニアはニアですよ」
知世は楽しげに笑い、イーニアスの背に回した手でぽんぽんと彼をあやした。
イーニアスは一度だけ力を込めて、ぎゅっと知世を抱きしめると、拘束していた腕を解いた。
「…名残惜しいですが、そろそろ参ります。
ありがとう、チセ…。今日のこの日を、忘れません」
「私もです…、道中お気をつけて、ニア…」
別れの言葉を合図に、イーニアスは踵を返すと馬に乗り、兄用の馬を連れて町の酒場へ向かっていった。
知世はその背中を、全く見えなくなるまで見送り続けた。
余談だが、この後酒場に現れたイーニアスは異常にご機嫌で、ヴィンセントがどんな悪態をつこうとも終始ニコニコしていたとか。
そしてニコニコしたままヴィンセントを抱え上げ、淑女の皆々様の罵声を背景に、彼を馬に縛り上げて帰っていったそうな。
主な登場人物
もう本文は書きあげているのでこれから毎日アップ予定。
挿絵は間に合ったら&気が向いたらつけます。
もしよければこれからも読んでやってくださいませー。




