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雨上がりの空に、鯨は泳ぐ

作者: 斎藤海月
掲載日:2025/10/16

「あ、雨止んだね」


 高校の帰り道。傘をさしながら隣を歩いていた竹山さんがふと足を止めてそう言った。それにつられて俺も立ち止まる。

 傘から手を出してみると、確かに雨は降っていないらしいことがわかった。


「あ、ほんとだ、止んでる」


 別に言葉に出す意味はなかったが、話すこともない上に無言は堪えるからそう告げる。傘についたたくさんの大粒の雨水を払ってから畳み、それが終わると隣の竹山さんが空を見ていることに気づいた。


「ねぇ知ってる?雨上がりの空にはね、鯨が泳いでるの」


「へぇ……鯨が?」


 思わずそう聞き直す。竹山さんの方を向くと、彼女は、ずっと、真っ直ぐに空を見ていた。


「ほら、あの雲、鯨に見えるでしょ?」


「……鯨、か?」


「少なくとも私にはあの雲は鯨だよ」


「へぇ、いい感性」


「でしょ?」


「うん」


 ここでようやく会話が止まった。

 竹山さんとは別に仲良くない。何なら、今日初めてまともに話した程度の仲だ。高3になって初めて同じクラスになって、俺の出席番号が13番で竹山さんが14番。俺の後ろの席が竹山さん。

 3年になってから1ヶ月経ったが、特に彼女とは話したことがない。つるむ人間も違うからかも。彼女は大人しめな性格で、俺は大人しくはない奴らとつるんでいたから。

 今日はたまたま日直が同じなのと、2人とも帰宅部で帰りが重なり、おまけに家の方向も同じだというのだからこうして一緒に帰っている。ただの偶然の重なりでしかない。


「きっと高崎君にも鯨は見えてるよ」


「……そうかな?」


「そう見ようとしないだけ」


「へぇ」


「鯨って潮を吹くじゃない?それが雨なんだよ。雨はあの鯨にとっての潮吹き。呼吸なんだよ」


「そうなんだ」


 自分でもおかしな返答をしてしまったと思った。でも彼女のその意味のよく分からない話になんて返せばいいのか分からない。横を見ると空を見ていた竹山さんはいつの間にか俯きながら地面を見ていた。

 その横顔は、何処か寂しかった。


「……じゃあその鯨は空で泳ぐのが下手だな」


「え?」


「ほら、そこにいる」


 俺は少し先にある水溜まりを指さしてそう言った。


「……」


「あっはは!ほんとだ」


 彼女は少しの沈黙の後、そうケラケラと笑い声を上げた。ひとしきり笑ったところで彼女はゆっくり俺を見た。

 その瞳に俺は鯨を見た。彼女には鯨が見えるのだと知った。

 いつも後ろの席にいる彼女の見えてる世界を、ほんの少しだけ知りたくなった。


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