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はじめてのお茶会

全ては偶然だった。その日は雨だったから普段なら自転車登校なのに電車に乗ろうとスマホで推しの動画を見ていた。そして、私の後ろを歩いていたサラリーマンのカバンが背中に当たった。結果、前に誰もいなかったから私は背後からの急な刺激にバランスを崩してホームに転落した。


「あーあ。来週発売の漫画の新刊、楽しみにしてたのになぁ」


 最期に思い浮かんだのは家族の事でも、友達の事でもなくて。一番の後悔は大好きな推しのメイン回が載る新刊を入手できなかったこと。次第にそんな後悔も真っ黒に塗りつぶされて意識が遠のく。



そして……



 何故か、意識が浮上した。


「エレオノーラ、とってもかわいい女の子を生んでくれてありがとう」

「私もこんなに可愛い女の子に会えて嬉しいわ……。ねぇ、私決めたの。この子の名前はユフィリア・ルミエスタ。私たちの大切な娘で、ルミエスタ家を照らす光よ」


 そう私を覗き込むのは知らない女性。金色の髪にエメラルドグリーンの瞳の可愛らしい人だ。でも、この細腕で女子高生の体を抱き上げるのはどうなっているのだろうか? 私は特別小柄というわけでもないのだが。そもそも私はこの人の娘じゃないし。


「ユフィリア……ユフィか、とてもいい名前だね」


 一方、傍らに座る男性は薄紫の髪に碧い瞳で、綺麗な顔をしたお伽噺の王子様みたいだ。とりあえず、周囲を見回してみると目に入ったのは、全身を確認できるサイズの鏡。そこに映るのは目の前の男女と、女性に抱えられた将来は美人に育つだろうとわかる赤ん坊。ここで察した。ああ、これはラノベあるあるの転生だ! と。



 それから六年。私は金髪ウェーブ髪にエメラルドグリーンの瞳の美幼女に成長した。今日はクレイバーグ伯爵家、という貴族のお屋敷で初めてのお茶会だ。転生後にたくさんの貴族令嬢の教養を教え込まれて、ある程度の合格点に達したから他所のお家のお茶会に出席させて経験を積ませようというものらしい。何でも公爵家の立場なら伯爵程度の家で粗相をしても大した問題にはならないからとかなんとか。

 それにしても、前世の記憶を持つ私でもこの世界の貴族の作法というのは本当に大変だった。この世界の正真正銘幼い子供達はよくアレをマスターできるよなと思う。あと、前世で読んだラノベの主人公達。よくあの大変な作法を学びながら知識チートとかできるよ。私にはそんな余裕はない。私が転生令嬢としてスペックが低いのか、他所の転生令嬢のスペックが高いのか。


「ユフィ、まずは伯爵夫人へ挨拶に行くのよ。作法は覚えているわよね?」

「はい、お母様」

「私は挨拶もあるしユフィのフォローばかりはできないからね、今日はクラリスも来ていないし、まずは自分のことを考えて、精いっぱい頑張りなさい」


──クラリスは私のひとつ下の妹で、いつも面倒を見ていたのだが、今日は私が正式にお茶会に招待されている関係上マナーが足りないということでお留守番だ。


 そうこうしているうちに、クレイバーグ家の使用人の先導で、お茶会の会場……サロンに案内される。


「ルミエスタ公爵夫人に公爵令嬢、ようこそお越しくださいました。わたくしがクレイバーグ伯爵夫人、セシリア・クレイバーグですわ。」

「エレオノーラ・ルミエスタですわ。このような素晴らしい場にご招待いただき、とても光栄です」

「ユフィリア・ルミエスタですわ。まだ勉強中の身の上ですので、不出来な面も多くありますが、なにとぞご容赦くださいませ」


 私は優雅にスカートをつまみ上げて、カーテシーで一礼をして見せる。貴族社会は口調にも気を付けなきゃいけなくてめんどくさい。


「まあ、勉強中だなんてご謙遜を。素晴らしいカーテシーですわ」

「お褒めにあずかり光栄ですわ」


 ふわりと微笑みを浮かべておく。まあ、このお茶会は比較的幼い貴族の子女を集めて行っているものだそうだから少しなら失敗しても問題ないだろう。もっとも、体裁としては問題なくてもお母様からの鬼の叱責は免れないから気は抜かないに限る。そもそも、幼い貴族の子女向けといっても私はその中でもダントツで幼い参加者なんですけどね!


「では、参加者も揃ったことですしお茶会を開始いたしますわ。今回が初参加のルミエスタ公爵令嬢、何か一言をいただいてもよろしくて?」


 何たる無茶ぶりですか!? 聞いてないんですけど! チラリ、とお母様を見ても「行きなさい」という態度だった。これは酷い。ぶっつけ本番のスピーチとか前世でも経験ないんですが。なんて考えてても仕方がないので、家庭教師に叩き込まれたお茶会の一言のマナーを思い出す。これは主催者に指名された一人が招待されたことへの感謝を述べるこの国の伝統だ。全ての招待客が主催者への感謝の言葉を考えるように、指名の瞬間まで誰がこれをすることになるのかは伝えられない習わしだが、お茶会初参加の幼女に任せるのは酷すぎじゃなかろうか?


──目をつぶって深呼吸。ドキドキと鳴る心臓を落ち着かせて、ゆっくりと口を開く。


「本日はお招きいただきありがとうございます。……お茶も、お菓子も、おしゃべりも、全部とっても楽しみにしてまいりましたの。初めての参加ですが、どうぞよろしくお願いいたしますわ」


 言い終えてカーテシーをすると、と会場のあちこちからパチパチと拍手が聞こえてきた。どうやら上手くいったらしい。小さく溜息が零れた。


「まだ子供だから許されましたが、本来ならお茶やお菓子を楽しみに……だなんて、マナー違反ですからね」

「う、はい。お母様。気をつけます」


 お母様から少し小言を言われてしまったが、この程度で済んだし、個人的には及第点だと思う。まあ、後はマナーに気をつけながらお菓子を楽しむだけだし気が楽だ。お母様は夫人同士の付き合いがあるそうなので、私は隅っこでお菓子を食べてよう。


「まあ、ユフィリア様? こんなところで何をなさっていますの? 今回はユフィリア様のお披露目でもあるのですから、中央でお話しましょう。本来ならば主催する家の男子がエスコートするのが習わしなのですが……。どこに行かれたのかしら?今回の茶会には次男のガイ様が出席されてる筈ですのに」

「いいえ、私は何の問題もありませんわ。お気遣いいただきありがとうございます。でも、今日は御令嬢方とのおしゃべりを楽しみますわ」

「ええ、ええ! 是非ともこちらにいらしてくださいませ」


 さらば、お菓子。もう少し食べたかったな……。





 それから一時間ほどは令嬢たちとおしゃべりを頑張ったが、如何せん年代が違うから共通の話題もあんまりなくてこれ以上は無理だった。そういうわけで隙を見てお茶会の会場から脱走。あちこち歩きまわって今はクレイバーク邸の庭園だ。


「ここなら少しは落ち着けそうかな……」

「グス、ヒック、ウェ」


 落ち着ける場所を見つけたかと思ったら先客がいた。しかも泣いてる。声の方向に向かうと納谷の陰で同い年くらいの男の子が膝を抱えて泣いていた。服は泥だらけで、手には土もついている。


「……どうしたの?」


 ここまで泣いている精神年齢では年下の男の子を放っておけなくて、思わず声をかけた。すると男の子はビクリと肩を揺らしてこちらを見上げてくる。グレーの癖毛にキラキラした紫の瞳はとんでもなく可愛くて、乙女ゲームなら可愛い弟ポジションの顔だと思う。なにこれ、推せる! 前世から可愛い男の子大好きなんだよね~。


「あ、僕、ち、違くて……ただ、スケッチブックが見つからないだけで、」

「スケッチブック? 落としちゃったの?」

「あ、兄がどこかにしまったって……って、あ! でも、大丈夫ですっ! 御令嬢が、気にかけるようなことじゃ……」

「なんで? 泣くほど大切なものなんでしょ? 探そうよ。一人より二人の方が効率良いしさ」


 目は真っ赤で服も体も泥だらけになるまで探し回ってた男の子のことを見捨てたりはしないさ。


「とりあえず、どんなスッケッチブックか教えてくれる?」

「でも、あの……」

「いいから!」

「……えっと、赤い布張りのスケッチブックなんです。──昔から使ってるから少し擦り切れてて、少し厚めで、」


 ふむふむ。スケッチブックなら多少の大きさはあるだろうし、隠せる場所は限られてるだろうな。今、お茶会の会場になってるサロンには流石に隠してないだろうし、それなら使用人の誰かが見ているかも…。持ってきた時計をスカートのポケットから取り出して時間を確認すると、お茶会が終わるまであと三時間半ほどだ。これなら間に合うだろう。


「よし、行こう! まずは聞き込みだよ」

「え、ええ……!?」

「あ、私ユフィリア! 貴方は?」

「…レネ・クレイバーグです、ユフィリア様」


 さあ、スケッチブック探しの旅、始まり始まり~!

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