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透明なプラスチックのフォーク

作者: 黒楓

『ライフルや散弾銃等の銃火器を使用する犯人に対しては、射角を考慮の上、拳銃で持って応戦すべし』

 伝令を聞くまでもなく、明瞭な無線機の声がヘルメットを通して耳に届いた。

 ようやく拳銃の使用許可が下りた!


『各人、装弾確認!』この場の指揮官である副隊長の声に、オレ達はホルスターから()()()()()()を抜きシリンダーを振り出す。

『トリガーが引けるか確認しろ!』

 グローブに付いた雪が凍る寒さだが全員問題なくトリガーは引け、シリンダーを戻したオレ達は雪をも溶かすくらいに上気した。


『必ず隊長の敵を取る(かたきをとる)!!』


 オレ達がお互いを見た眼は、今朝、切れる様に冷たい水で顔を洗った時の鏡に映ったオレの眼!……目尻が上がって三白眼になっている。


 2枚重ねにしたジュラルミンの大盾を左手に構まえ、撃鉄を起こした拳銃を右手にバリケードへの間合いを詰める。

 さっきバリケードにぶち当たってオレ達の方が酷い目に遭った催涙弾のニオイがまだ残っている。 それは皮肉にも線香花火の匂いに似て……こんな土壇場のオレに遠い夢を見させる。


 線香花火が弾けるその脇に……浴衣の裾からのぞいたみゆきちゃんの白い太もも。

 そこにヤブ蚊が止まっているのに気が付いてオレは手のひらでパシリ!と叩いた。

 オレの()()()()()()にみゆきちゃんは小さく叫び声を上げ、その拍子に線香花火の玉は落ち……彼女はオレを()め付けた。


 オレは手のひらで赤く潰れた蚊を示して釈明したけれど……機嫌の直らないみゆきちゃんの白い太ももにはピンクのポッチが拡がっていった。

 それから1年も経たずに……みゆきちゃんの首筋には赤いポッチが付けられていた。


 それが……東京の大学へ行かせてもらったのに、自分が“ブルジョワジー”の出だと言う事を恥じて“革命”に被れた御曹司から付けられたものと知って……高三のオレは柔道部の後輩に稽古を付ける名目で八つ当たりをした。

 どうせオレは大学なぞ行けない“お家柄”で……頭より腕っぷしで勝負して来た輩だから、柔道部のOBから誘われるままに県警に入った。

 交番勤務時代、別のOBが機動隊で活躍してる様を間近に見て、感銘を受け入隊を志願した。

 厳しい訓練を経て警備部機動隊へ正式配属された時には、肩に掛かった責任の重さに身の引き締まる思いがした。

 たゆまぬ訓練と要人の警衛警護や災害発生時の人命救助活動の毎日だったが、ある日突然、東京から革命家を気取るテトリストどもがやって来て状況が一変した。

 奴らは民間人の女性を人質に取り、手を出させないこちら側に対しライフルや散弾銃の発砲を繰り返し、挙句に警視庁の機動隊長や中隊長が殉職なさってしまった。

 そんな状況のまま夕刻になり気温はマイナス2度まで下がった。

 もはや一刻の猶予も無い!

 テロリストどもが立て籠もった部屋の壁を壊し突入する為の決死隊が募られ、()()からも誰か出なければならなくなった時、オレは隊長の視線を感じ、真っ直ぐに手を挙げていた。

 県警だろうが警視庁だろうが関係無い!

 こんなテロリストどもをのさばらせて置くなど、絶対に有ってはならない!!

 それは義憤などよりもっと純粋な怒りと使命感だ!

 そう思って“警備”に就いたのだが……

 ゴワゴワのグローブで銃把を握り締めた時、みゆきちゃんの白い肌と御曹司の無精髭に囲われた猥雑なくちびるが目に浮かんだのだ。

 クソッ!何でこんな雑念が!!

 左手に持つ2枚重ねのジュラルミンの盾さえ、ライフルの弾は通すと言われているのに!!

 全力をもって事に当たらなければならないと言うのに!!

 今、オレの頭の上を走っている……壁に穴を開ける為の高圧放水のしぶきが、ヘルメットの風防に当たって、場違いな涙の様だ。

 いいやこれは単なる水!

 昨日の夜、うず高く積もった灰皿に挿し入れたり、その横にあった少年マガジンのページをふやかしたのと同じ物質。

 そう、弁当やカレーをカチコチに凍らせたもの

 そしてカップヌードルを熱々に作らせたもの


 ハハ、もし万一、この放水の後、ライフルの弾にぶち当たってしまったとしたら……オレの最後にかじった物は女の柔肌では無くカップヌードルの透明なプラスチックのフォークと言う事になるな。

 まあそれでも……カチコチに凍ったメシよりはマシだ!


『放水終了!!』


 その声に弾かれ、オレ達はバリケードに盾をブチ当て引き金を引く。


『無駄弾を撃つな!』との副隊長の声が……

 聞こえたのかもしれない。



                           終わり



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― 新着の感想 ―
もう半世紀も前の事になるのですね。  投稿ありがとうございました。
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