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第八話「禍つ風が運ぶ影――揺らぐ境界と忍び寄る影」

昼下がり。


祭りの準備でにぎわう町の大通りを歩いていると、肌を刺すような冷気がふと混じってきた。


「……ねえ、なんだか変な風じゃない?」


篝火 幸が立ち止まり、周囲を見回す。


確かに、たかが風にしては薄ら寒く、どこか嫌なざわつきを孕んだ空気が流れていた。


ちょっと前までは穏やかなそよ風だったはずが、いつの間にか紙くずや枯れ葉を渦巻かせている。


「さっきまではこんな風は吹いてなかったのに」


和泉 朝臣が視線を巡らせ、低く息をつく。


僕は、胸中にじわじわと嫌な警鐘が鳴っているのを自覚していた。


もしや、混沌がまた動き出しているのか。


先日、古文書で学んだ“ことわりの狭間”の歪みが始まれば、こうした異様な風が前触れとして現れるという話を思い出す。


「とにかく、ちょっと見に行ってみよう。 何かあってからじゃ遅いから」


幸と朝臣が戸惑いつつも頷き、町の角を曲がった先を探ると、そこには突風まがいの小さな渦ができていた。


砂や埃が舞い上がり、店先ののぼりがぎしぎしと音を立てている。


ちらほら見かける町の人々が「なんだこれ……?」と首をかしげながら通りすぎていく。


「あんまり大きくならないといいけど……」


幸が腕を抱えこむように呟く。


「理の狭間が……揺れ出している可能性があるな」


朝臣の鋭い言葉に、僕は唇をかすかに噛む。


(理の狭間が歪めば、混沌の干渉が本格化する。 このまま放っておけば、いずれ大変なことになりかねない)


人前で過剰に騒ぎ立てるわけにもいかないが、放置するのはまずい。


僕は急いで札と筆を取り出し、風を鎮めるための“護”や“鎮”の文字を刻む。


「みんな、少し下がって。 ごめんね!」


通りの片隅で結界を展開しようとした瞬間、頭の奥に“ぞわり”とした衝撃が走った。


視界の隅で、一瞬だけ“得体の知れない文字”がうごめく。


「警告:理の狭間が変動中……」「???」


けれどそれらの“メッセージ”は、すぐにかき消えてしまう。


「え……今の、何だったんだ?」


一瞬、呼吸が止まるほどの違和感。


しかし幸と朝臣にはそんなものは見えていないらしく、不安げにこちらを覗きこんでいる。


僕は心のざわつきを振り切り、全力で札へ意識を注ぎ込んだ。


「……鎮まれ……!」


小さな光が文字に宿り、突風の中心部へ投げ放つと、まるで空間の歪みが一瞬だけ静まったように感じる。


道に散らばっていた紙くずが落ち葉とともに地面に戻り、幟のきしむ音がやんわりと消えていく。


「すごい……一応、止まったみたい」


幸が胸をなでおろし、朝臣も「さしあたっては被害が出ずに済んだか」と安堵の息をついた。


しかし僕の中では、あの“正体不明の文字列”がこびりついて離れない。


いったい何のメッセージだったのか。


“理の狭間が変動中”


まるで神の警告でも受けたかのような、背筋が凍る気配が残っている。


「空夜さん、大丈夫? さっきちょっと変な顔してたみたいだけど……」


幸が心配そうに声をかけてくる。


「う、うん……大丈夫。 ただ、あまりいい兆候じゃなさそうだよね。 もし理の狭間が本格的に崩れたら、前にあった“亀裂”なんかの比じゃないかもしれない」


言葉に出さずとも、三人とも同じ不安を共有していた。


この町には祭りの喜びがあふれていて、人々は笑顔で準備を続けているのに、裏側では歪みがじわじわと進行している。


一旦は応急処置で風を鎮めても、根本が解決したわけではないのだ。


「やっぱり、混沌に絡んだ力が動いてるのかな……?」


幸がつぶやき、朝臣は鋭い視線で周囲の様子を観察する。


「少なくとも、ただの自然現象とは思えない。 しかし町の人たちに大騒ぎさせるわけにもいかない。 注意を呼びかけつつ、何かあれば空夜に連絡を。という形が限界だろう」


僕は札をしまいこみ、真っ直ぐ背筋を伸ばした。


祭りのど真ん中で理の狭間が崩壊するなどという事態だけは、何としても避けたい。


しかし、それを防ぐだけの力が自分にあるのか


“荒神”のもう一つの人格を引きずったままで、本当にやり切れるのか。


「とりあえず、みんなに突風のことを伝えておいてほしい。 何か変な現象があれば、すぐ知らせてもらうように」


朝臣が短く仕切るように言い、幸も頷く。


周囲を見ると、まだ祭りの準備をする人たちが雑踏の中に散らばっており、先ほどの風を奇妙に思いながらも再び作業へ戻っていた。


(……何も起きなければそれに越したことはない。でも……)


先ほどの“得体の知れない文字”は、確実に僕だけの視界に現れた。


「警告:理の狭間が変動中……」


「???」まるで、この世界そのものが血を流す前兆のように感じられる。


(このまま黙ってたら、遅かれ早かれ大変なことになるかもしれない)


胸に重苦しい思いがのしかかるが、それでも今は何とか祭りを守り、町の人を不安にさせないようにするしかない。


僕は二人に声をかけ、周辺の店先や大工衆に事情を軽く説明しながら、引き続き警戒をお願いして歩く。


祭りの笛と太鼓の音が遠くから聞こえ、通りを明るく彩る。


けれど、その奥底に潜んでいる“闇”


混沌の侵食が確実に迫っていると思うと、どうしても笑顔になれない自分がいる。


「大丈夫、きっと私たちで守れるよ」


幸の言葉に、僕は頑張って小さく微笑み返した。


朝臣も「慎重に行こう」と端的に言い、僕らは各所へ声をかけて回る。


こうして、一見すれば何も変わらない日常が続いているように見えた。


だが、祭りの喧騒の裏側で確かに“何か”がうごめき出している気配は、もう拭えなくなってきている。


僕の頭にちらついた不可解なメッセージが、その不安をさらに煽ってやまなかった。

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