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りそうのせかい

作者: キラ子

仕事終わりの終電で、やっと落ち着けたと思ったら、気がつけば足元のやけに熱い暖房に引き摺られるように眠りこけていた。

奴隷船の如き寿司詰めの通勤電車は、俺は絵本でしか知らない。各々が望む距離を保持できる電車を開発したのは、世界で3番目にノーベル賞を受賞したAIだったらしい。


目が覚めて、真っ青になって現在地を確認する。

最寄り駅の3駅手前。

ほう、と息をつく。


と、目の前には女子高生が立っていた。

恐ろしいほど俺好みの、女子高生だった。

そして非現実的なほど、近かった。


女子高生の細い太もも(矛盾)に、「1218」と書かれた値札らしいシールが貼られていた。


最近の流行りか?

思わず 凝視してしまった。


「あ、気になりますか?やっぱ」

「あ、ぇあーー」

相槌とも ため息ともつかぬ間抜けな声が出た。


「私の値段っす。グラム単価ですよ。支払い時に期日決めてもらって、その日までに買われた分だけ、私が痩せるんです。」


「ふ、ふーん」


最近はそんな商売があるのか。パパ活もママ活も飛び越えて、もはやよくわからない。


「ちなみに痩せられなかった分は?」

つい、興味本位で質問をしてしまった。

返金……は、しなさそうだ。

完全な偏見だが。


「あーー、あの、凌遅刑って知ってます?」

「古代中国の肉削ぐ刑だっけ?」


「あ、そうそう。詳しいすね。結構 世界史好きですか?

最悪そんな感じっす。

割とマイルドな感じだと、監禁して絶食させるとか、早めに済ませたいなら、断水とかサウナとか。あーしの友達だと、下剤と浣腸イッキさせられた子とかいましたね。

まぁあーしは今までないっすけどね」


あーし意外と優秀なんで、と、女子高生は笑った。虹色に輝く歯列矯正パーツが車内の光を反射した。


ついていけない。

マジで全てにおいて意味がわからない。

そういえば Twitter で、最近の若者は「マジ」と言わない、と見たことを思い出した。


「で、何キロ 買います?」


いや 流石にばかばかしい。誰が買うんだ こんなもん。何が嬉しいんだ?肉や排泄物を回収するのか?尊厳を買うのか?羞恥を?屈辱を?痛がる顔を?訳が分からない。のに。


「じゃあ とりあえず5キロ」


自分でも驚くほど 滑らかに 口が勝手に滑っていた。


「え、太っ腹すね。いいんですか?あーしが言うのもなんですけど、なんか心配すよ」


などと言いながら滑らかすぎる仕草でスマホの電卓機能を開き料金を計算し、俺に見せてきた。

俺は俺で、普通過ぎる手つきで決済コードを女子高生に差し出した。まるでスーパーやらで 普通の買い物をする時のように。最低限の見栄で、端数繰り上げのキリ良い額を提示する。TVがあるくらいの昔に流行った「釣りは要らねえよ」の名残的なマナーだと、これもTwitterで見た。


「これ、あーしの個人ID。

経過報告するんで、登録しといてください。」


「あ、ああ」


『 " k " の個人 ID を 登録しました。通知をシークレットモードにしますか? 』


コンシェルジュai音声が骨伝導を通して再生される。これが導入される前、どうやって生活していたのか正直俺は覚えていない。今は何もかも、これがやってくれる。


(そうしてくれ)


『かしこまりました。

" k " からの 通知をシークレットモードに設定しました。』


トュルリンッ♪


『" k " から ファイル「XXXXyXXmXXd_成分構成表_k」を 受信 しました。』



「とりあえず今送ったの、見てもらえれば大体わかると思うんですけど、あーし主義として水増しはしないんで、安心してもらっていいですよ。あーしの友達だと水飲んだり爆食したりで減量前の体重サバ読んだりって、割といるんすけどね。てゆうか、そもそも多分こういうの送る売り子も珍しいと思います。」


「そうなのか」


としか言えない。もう。


「あ、俺、ここなので」

「はい。じゃあ」


女子高生は、電車が発車するまで微笑みながら手を降っていた。妻に瓜二つの笑顔だった。


俺は俺の妻の顔を知らない。

ホログラムを使って、完全に俺好みの姿を映しているからだ。

妻だってそうしている。

だから俺は俺の子供の顔を知らない。

俺の子供も、俺の顔を知らない。

俺は俺の仕事を知らない。

ただ俺は、好きで、得意で、誇りに思える仕事をしている。

そういうふうに、AI が俺の適性に基づいて仕事を選び、俺の脳や神経や細胞を再調整、最適化した。


AIが俺の世界を最適化している。

そういうふうに、理想の世界は出来ている。


あの詐欺まがいの女子高生が、もしも痩せられなかったら。俺はあの子から、何を手に入れるのだろう。

そう思うとなぜか心が踊った。

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