給水塔・4
滝の脇に張り付いたような階段を、六人は登り始めた。二人が並んで歩くには十分な幅はあったが、手すりはない。落ちれば真っ逆さまだ。
「水が流れていれば、まだ助かるかもしれないがな」
隣のバジーレの言葉につられて、アルノーは足下を見た。水が流れ落ちた先の、滝つぼになっているはずの場所は、今は水が枯れて石造りの床がむき出しになっている。足を進める度に床が離れていき、目がくらみそうになる。慌てて視線を上に向けたが、前を行く騎士たちの背中越しに見える景色は暗く、先を見通せない。
後ろを歩くランボーは、ギターを弾き続けていた。『先鋭化する感覚』『軽やかな足取り』『ダメージを受け流す』演奏が、延々と繰り返されている。
「ランボー、街を行き来した時のようには出来ないの?」
「足元に風を吹き込んで、滑るように進ませるんだぞ。踏みしめて身体を持ち上げるような歩き方には、向かないな。下手に使うと、足を滑らせるだけだ」
石造りの階段には普段、水しぶきに晒されているのだろう。足元は今もヌルヌルしている。アルノーは慌てて首を振った。
マルカブリが振り返り、苛立つような表情でこちらを睨んできた。
「そこの吟遊詩人は、一曲しか弾けないのか? 同じ音楽ばかりで飽きてきたんだが」
「よせマルカブリ。何のための演奏か、分かってるだろう? 効果も実感しているはずだ」
ランボーが新たに弾むようなフレーズを加えた。お尻が持ち上げられるように弾み、体にかかる負担が軽くなる。バジーレがため息をついた。
「助かるぜ、ランボー」
「こういう所で点数稼ぎか。戦闘でどれほど役に立つのかねえ」
マルカブリの憎まれ口は一向に減らない。もう誰も口をきかなくなった。ランボーの演奏に助けられながら、足を滑らせないよう注意深く段を踏んでいく。
やがて先行して浮かんでいた灯火の先に、石組みの天井と、木の扉が現れた。
「ここを開けると、踊り場ってやつか」
ギローがゆっくりと、扉を開く。
「待ち伏せがあるかもしれん。続いて入ってくれ」
ギローが中へ入り、マルカブリが続いた。次いでバジーレとアルノー、そしてアステルとランボーが後を追う。
アルノーとバジーレが入った時には、二人の騎士がすでに戦いを始めていた。相手はゴブリンにオーク。騎士にとっては何てことのない相手だろう。だが数が多く分が悪そうだ。オークが正面で相対する間に、ゴブリンが側面に回りこんでくる。ギローのマルカブリも、槍であしらうので精一杯になっていた。
「アルノー、脇を固めてやろう!」
バジーレが声をかけ、二人は左右に分かれた。騎士たちに横から攻撃していたゴブリンたちに、声を上げて打ちかかる。ひるんだところへ突きを食らわした。
ギローたちも正面のオークに専念できるようになると、わずか一、二合で突き伏せてしまった。後は残るゴブリンを挟み撃ちにして屠るだけだった。
ランボーとアステルたちが参加する間もなく、戦闘は終了した。
「助かったよ、バジーレ、アルノー君」
「吟遊詩人の活躍の場はなかったようだ。次に期待しよう」
礼を言ってきたのはギローだ。その次のセリフを言ったのはあいつだ。
踊り場は、最初に通ったエントランスに似て、開けた場所だった。床の一部がなくなっていて、覗き込むと下の滝つぼが見えた。見上げれば闇ばかりだが、おそらくまた天井があって踊り場があって、その床にも同じように穴が開いているのだろう。
「水の通り道ってわけか」
「滝の側を登っていくわけね」
ランボーとアステルが言葉を交わしているのをアルノーが眺めていると、バジーレの叫び声が響いた。
「おい、誰かいるぞ!」
振り向いて剣を構えて、バジーレの指さす方を見た。
……誰もいない。他のみんなも辺りを見回すが、見つけられた者はいなかった。当のバジーレすら、指さしのポーズのままで、首を傾げていた。
「あ、れ……?」
全員で踊り場全体を見て回ったところ、代官の手兵が数名倒れていたのが見つかった。さっきの連中に襲われたのだろう。バジーレが見たのは、彼らだったのだろうか。
「俺が見たのはこいつらじゃない。ちゃんと立ってたし、そもそも兵士でもない。鎧を着た騎士だったんだ。それも二人。胴が緑と赤の、二人だ。どこに行ったんだろう……?」
見間違いならよいが、敵の偵察かもしれない。用心して先へ進もう、ということになった。