給水塔・3
水門をくぐると床に深い溝が掘り込まれていた。普段はそこを水が通るのだろう。その用水路の脇にある通路を伝っていくと、広い部屋に出た。左右に入り口はなく、正面も突き当たりの壁ばかりで、行き止まりのようだった。
用水路はそのまま、正面の壁へと続いていたが、暗くて見通しが悪い。
「ともし火よ強く輝け」
アステルが歌うように唱えると、掌から炎が生まれ、ユラユラと奥の壁へと飛んでいった。壁の手前で床が大きく掘り下げられていて、用水路はそこから始まっていた。
アステルが炎を操作すると、壁の脇に階段がついているのが見えた。階段は壁に沿って上へ延びている。
「あの壁は、給水塔の内部のようね。この広間は塔の本体の入り口、つまりエントランスのような場所だと思う」
アステルが炎を操りながら説明した。バジーレが壁まで進んで上を見上げた。
「確かに、塔のようだな。この上から水が落ちて来るわけだ」
普段なら、ここは滝つぼになっているのだろう。他のみなも塔の内部を見上げた。炎は上昇していくが、やがて見えなくなった。
「うへえ……これを登るのかよ」
うんざりするバジーレにギローが声をかけた。
「貯水槽まで横の階段を上がる。所どころに踊り場もあるらしいから、その都度休もう。点検や補修用の資材置き場や、作業場といったところだろうな」
「そこに魔族や魔物が居座ってるかもな」
呟くランボーに、マルカブリはあしらうように言った。
「排除してから休めばいい」
「魔族の残党、てのはどんな連中だ?」
ランボーの問いに、ギローが答えた。
「情報はない。実は先に代官の兵士が上がったんだが、誰も帰って来なかった」
「行き当たりばったりだな。どうする?さっきの隊列でいくのか?」
「そこは……」
バジーレとギローが話している間に、アルノーはランボーに近づいた。
「ランボー、あのマルカブリって人、ひどくない?」
「あれくらい慣れてるさ。宿代も稼がなければならないし、な」
「そうかもしれないけどさ……」
ランボーが悪く言われると、自分まで悪く言われている気がするのだ。
(僕のためにも怒ってほしいと思うのは、僕が子供っぽいんだろうか?)
ランボーは静かにギターを弾き始めた。感覚を研ぎ澄ます演奏。リズムだけを刻むような、単調な調べ。それはランボーが手を止めた後も繰り返し響いていた。重ねるように、動きを速める演奏。物理的な攻撃ダメージを下げる演奏……。
「面白い効果ね。複数の詠唱を重ねていけるなんて。持続時間はどれくらいなのかしら?」
アステルが声をかけてきた。
「僕が一緒だった時は、戦闘が始まるまで、でしたね。不意打ち防止です。戦闘になったら別の演奏を始めちゃうから」
アルノーはランボーとの旅すがら、村人の依頼で小さなダンジョンに潜ったことはある。そこではこれに随分助けられた。
「特に時間の制約はないということ? 魔力切れはしないのかしら」
「まあ、あの、タフなんです……」
ランボー自身の魔力ではなく魔奏器そのものの能力なのだが、それは話さない方がよいだろう。アルノーは話題を切り替えることにした。
「あの、アステルさんはダンジョン不安じゃないですか?」
「私も昔は冒険者だったのよ。五〇年以上前だけれど」
(五〇年……)
子供がいることにも驚いたが、五〇年も前に冒険へ出ていたなんて。この人は今何歳なんだろう。ふとそう思ったが、彼女とは違う時間の流れを生きている自分が知ったところで、あまり意味はなさそうだ。
「パーティを組んでいたんですか?」
「そうよ、私は魔法使い。あとは戦士と僧侶と弓術師と。解散した後、戦士だった夫と、この街で暮らしたの。彼の生まれ故郷だったのよ」
「ええと……」
エルフは大陸北東部の森林地帯に多く住んでいる。山岳地帯を挟んで、遠く離れたこの街を故郷にするエルフがいるとは思えない。
「夫は人間よ。もう亡くなったけれど」
「そう、ですか……すみません」
「もう二〇年も前の話よ、気にしないで」
申し訳なくなったアルノーに、アステルは笑顔を返してきた。
「あなたの故郷には、帰らないんですか?」
「まあ、ね……」
アステルの表情が少し翳ったが、アルノーは気づかなかった。
(ご主人との思い出が残ってるのかな……?)
「そういう憶測は、好きじゃないわね」
アステルは再び笑顔を見せたが、それはさっきとは違った冷たいものだった。
「そういうって、どういう……?」
アルノーを残して、アステルはバジーレたちの所へ歩いて行った。