給水塔・1
山道沿いの街、カルタハル。高台の地に水を供給するのが、隣接する給水塔だ。地下から汲み上げた水をてっぺんの貯水槽に引き揚げ、巨大な配水管から城壁に備えられた水門から流れ出る。配水塔の傾斜が流れを生み出して、街中に張り巡らされた水路を通っていく。
その水門の前に、三人の男が立っていた。一人は中年の男で、身なりは良いが平服だった。他の二人は若く、鎧を身に着けていた。赤髪と黒髪。どちらも騎士らしい。
「おお、アステル。来てくれたのか」
中年の男が両手を広げて寄ってきた。そのまま弛んだ腹を押し付けんばかりに、アステルに近寄って来る。アステルの掌から炎が上がり、男の接近を阻んだ。
「代官直々の命令とあってはね。みんな、こちらが代官。あとの二人は知らないわ」
アステルは男の方を見ることもなく、声も冷たい。全く親しげではないようだ。
「あちち……相変わらずだな、いやいや……ウン」
代官は笑い、一人で何かを納得したように頷いている。横から赤髪の騎士が割り込んできた。
「エルフか。当然、魔法は使えるな?」
「一通りはね。今回は治療回復担当と聞いてるけど」
「戦況による。お前たちはどうなんだ? 職業は? スキルは?」
アルノーは答えずに、騎士を見返した。ランボーもバジーレも同じだった。赤髪の騎士はこの場の誰よりも長身な上、顎を突き出すようにして話す。アルノーたちを見下す態度があからさまだった。
沈黙のままにらみ合いが続き、見かねた黒髪の騎士が声をかけてきた。細目で頭の回転が速そうだ。
「無礼が過ぎるだろう、マルカブリ」
「こんな根無し草共に、礼儀はいらん」
「話が進まないだろう。……失礼した、我々は領主のギヨム伯爵に仕える騎士だ。俺がギローで、こちらはマルカブリだ」
ギローが頭を下げてきたが、マルカブリは隣でそっぽを向いていた。
(黒髪の方がギロー、赤髪がマルカブリ……)
「給水塔探索への協力を、感謝する。名前と、職業を聞いておきたい」
話しかけて来るギローを無視して、アルノーたちはマルカブリを見つめた。赤髪の騎士は目を合わそうともしない。
「エルフのご婦人は魔法が使えるそうだが、諸君らは、どうなのだろうか?」
「……」
「マルカブリ!」
ギローがマルカブリの腕を引いて、少し離れた。小声で話し合す二人の会話はアルノーたちの耳には届かなかったが、マルカブリの舌打ちだけは聴こえた。
戻って来た二人は声を揃えて言った。マルカブリは棒読みだったが……。
「先ほどの、失礼を謝罪する……」
「バジーレ、元傭兵だ。剣を使う」
「アルノー、剣士です」
ランボーが一拍、遅れた。マルカブリが当て物のように声を発した。
「あんたは、剣士かね? 騎士でも通用しそうだが……」
「ランボー、吟遊詩人だ」
「ハッ! 吟遊詩人だと! 見掛け倒しもいいとこだ!」
「もうやめろ! とにかく、この人数で攻略しなけりゃいかんのだ!」
呆れたように声を上げるマルカブリに、ギローが肘鉄を食わす。だが、鎧に当たって効果はない。
落ち窪んだ眼窩、痩せた顔に不釣り合いな大きな目。長身から見下ろしてくる不愉快な目線と薄ら笑いを浮かべた口元。高慢で辛辣な言葉。こんな男と一緒に探索など出来るだろうか。アルノーがそう思っていると、ランボーが声を発した。
「報酬を、先に聞いておきたい」
マルカブリが大きな目をさらに見開いて、驚いたように言った。いちいち気に障る。
「おいおい、吟遊詩人に、何ほどの働きが出来ると言うのかね? ああ、まあ、盾くらいの役には立ってくれるのかな?」
「いい加減にしろ。一人で金貨三枚だ」
ギローが指を立てた。バジーレが大仰に手を横に振って見せた。
「請けられないな。この高い給水塔に、どれだけの魔物がいるかも分からないんだぜ? 足場を崩されてるかもしれんし、罠だってあるかもしれん」
「……代官」
「五枚出そう。三人で十五枚なら、安いもんだ」
「四人じゃないのか?」
「アステルは、別の条件がある。なあ?」
代官が意味ありげにアステルを見、アステルは見返しもせずに答えた。
「私のことは気にしないでいいから……」
(……?)
先ほどの女といい、この代官といい……。アルノーはこの街の人々とアステルの関係が、ただの隣人同士のそれと同じようには思えなかった。