エルフとの出会い・5
「アステルさんには、子供がいるんですか?」
一瞬だが、アルノーは彼女の表情が翳るのを感じた。
「……息子がいるわ。さっきは、あなたと間違えてしまって。ごめんなさいね」
彼女の顔に笑みが戻る。気のせいだったかもしれない。
「僕も、なんだか、あなたをお母さんみたいに思ってしまいました」
言ってアルノーは、少し照れてしまった。アステルは頷いてくれるが、少し寂しそうだ。さっきの表情は、気のせいではなかったかもしれない。
「……息子さんの、名前は?」
「アストラと言うの……」
アステルはアルノーを見返してくるが、その目はアルノーを見ているようではなかった。それを見ていると、アルノーの心も痛んでくる。
(さっき、彼女は僕を『坊や』と呼んだ……)
それがどういうことなのか、聞けるような様子ではなかった。
「それにしても、代官に頼まれるって、すごいですね!」
「……」
話題を変えようとしたら、アステルは困ったような笑顔を返してきた。アルノーが次の言葉に詰まっていると、横からカン高い怒鳴り声が飛んできた。
「ちょいとアステル! どこへ行くんだい!」
空き地に点在する粗末な小屋の一つから、中年の女が出て来ていた。親し気な様子はない。意地の悪そうな眼を向けながら、こちらに近づいてきた。
「勝手に街へ入ってきやがって! 外へ戻りな!」
怒鳴りながら女は、さっさと帰れ、とばかりに手を払った。ハエでも追うような手つきに、アルノーは眉を寄せたが、アステルは反発することもなく、穏やかに言った。
「代官の命令よ。給水塔へ行くの」
「そうかい……だったらそう言いなよ……」
女は自分の誤解を詫びることもない。腰に手を添えながら、アステルと、アルノーたち三人とを、交互にジロジロ眺めながら、口元を歪めていく。
「優男に筋肉、坊やまで……護衛にするために、垂らしこんだのかい? さすがだねえ」
「そんなんじゃない……たまたま行き会っただけ」
女の下世話な詮索にアステルも言い返す。だが、語気が弱い。相手の怒りを買わないか、恐れているようにも見える。
そんな彼女の反応が楽しいのか、女は口の端を吊り上げ、さらに言葉を重ねた。
「おや、ご褒美は後回しってことかい? ならお前さんたち、頑張りな。このエルフ女は男三人でも満足できやしないんだ。街の男だって……」
「そんなこと……!」
女はヒッ、ヒッ……と声を漏らしたが、途中で飲み込んだ。アルノー、ランボー、バジーレ。アステルを取り巻く男たちが、険しい目で自分を見ていることに気付いたからだった。
「ば、婆さんが腰が痛いって言ってるから、後でうちに寄るんだよ!」
女はそう言いながら後ずさり、さっさと小屋の中へ逃げ戻って行った。
「なんだ、あの女……」
バジーレはまだ、小屋の方を睨みつけていた。アルノーも気が昂っていた。
「ありがとう」
皆、アステルを見た。彼女に傷ついた様子はない。だがそれはどこか、言われ慣れているからのような、諦めているからのような、そんな印象を受けた。
「さあ、行きましょう」
アステルが歩き始め、アルノーたちは後に続いた。誰ももう、一言も話さなかった。