エルフとの出会い・4
「それで……その、僕はいったい、どうなっていたんですか?」
アルノーの質問に、アステルはゆっくりと答えた。
「記銘石酔いだと思うわ。羊皮紙もなかった時代には、重宝されたんだけどね。口伝より簡単かつ正確に記録を残せるし、持ち運びも便利だから。でも、使い方によっては、記憶の混乱を起こすことがあるの。いきなり新しい記憶が飛び込んでくるんだから、脳がびっくりするのね。記憶を整理するために、脳がフル稼働して、ひどい時はあなたのように、意識を失うことがある……。相当、無茶な使い方をしたんじゃないかしら?」
アステルがチラ、とランボーを睨んだ。ランボーの顔が引きつっていた。
「でも、僕が記銘石を使ったのは数か月も前です。何で、今頃になって?」
アステルの口角が上がった。アルノーを見る目は優しい。
「気を失う直前、涙が止まらなくなったそうね。ランボーから聞いたんだけど、お兄さんを亡くしたんですってね……あなたも、ひどい目に遭って……それからも長い旅を続けて……。ずっと気を張ってて、抑え込んでた気持ちが、一気に吹き出したのではないかしら。辛かったでしょうね……」
アステルが再び頬に触れた。アルノーの脳裏に温かく、懐かしい記憶が蘇ってくる。
(母さんだ……)
道に迷い、暗くなっていく森の中を彷徨いながら家にたどり着いた時。村の子供とケンカして、殴られて帰った時。母は同じように、頬に手を当ててくれた。彼女は今、その時の母と同じ眼差しを向けて来てくれている。
「記銘石酔いも、それがきっかけに起こったのだと思うわ」
「脳が落ち着けば、眠りも覚めるというわけか……」
バジーレの言葉に、アステルも頷いた。頬に触れていた彼女の手が離れたのが、アルノーには寂しく感じられた。
「夢を……見てたんです。故郷の村で過ごしてました」
「記憶を整理するのに、元あった記憶が掘り出されたんでしょうね。大掃除していたら、懐かしい品が出て来て捗らないなんて、あることよね?」
アルノーも思い当たって頷くと、アステルもフフフと笑った。まるで我が子を見るような笑顔だ。エルフは長命だと聞く。間近で見る彼女は30代くらいに見えるが、実際の年齢はいくつだろう。
「昔遊んだおもちゃで遊んだり、思い出に浸ったりしてね……一週間も眠ってたのは、その思い出から離れられなかったからではないかしら? 大事なことを思い出したりした?」
「そうだ! 僕、夢の中で……」
そこまで言って、アルノーは口を閉ざした。『魔奏器』に関わることだ、自分だけの判断で話せることではない。バジーレもアステルも悪い人ではないだろうが、彼らの前で話すのは、まだ止めた方が良いように感じた。
「……兄と母に、会ったんです。懐かしかったな……」
そう言うだけにした。
「ところでアステル、あんたも給水塔へ行くのか?」
バジーレの質問に、アステルは頷いた。
「領主の抱える騎士や魔法使いは、討伐に出払っていてね」
「わざわざ所領を越えて討伐に出かけて、自分の領地を占拠されるとは、ざまあないな」
ランボーが皮肉っぽく言った。アステルも頷く。
「大慌てで帰って来るらしいわ。代官が真っ青になって、頼んで来たわ」
「領主様が帰ってくるまでに、片づけておきたいわけか。だったら、代官が自分で出て来いよな」
バジーレが腹立たしそうに言った。ランボーがまあまあ、と声をかける。
「ただの留守番に、そんな度量はないんだろう」
「おかげで君たちは、稼がせてもらえるわけだ」
「バジーレも、稼ぐんだろう?」
「だから、俺は金に困ってないって……」
ランボーとバジーレが話しながら歩きだした。後についたアルノーは、アステルと並んで歩いた。