魔法戦・8
「……魔法というのは日進月歩。新しい魔法が生まれれば、それに打ち勝ち、より強力な魔法がすぐに生み出される。そしてまた、それに対抗する魔法が生まれる。そうやって、魔法の技術は発達してきた」
魔王直々に行われる、魔法の講義だった。同族の黒エルフだけではない。魔族や魔王に与する人間の魔法使いも同席していた。その中に、クラトピアもいた。
「そのため、たとえ新たな魔法を開発しても、使い時には注意することだ。使えば敵に知られ、それに対抗する魔法を生み出される。それをひけらかすような使い方は、むしろ敵に味方するようなものなのだと知れ」
「それじゃあ、いつまで経っても、その魔法を使えないじゃありませんか?」
クラトピアが手を挙げて言った。魔王は優しい眼差しを送って来た。
「だから、使い時を考えるのだ。白エルフなど、魔法を開発しても、それを防ぐ魔法が出来るまで、使わないと聞く。心得よ。使った以上は、必ず相手を殺せ。見た者全てをだ」
おお! 席中から声が挙がった。魔王はそれを制止て続けた。
「いわゆる闇魔法。精神魔法は生まれてまだ間もない。だが、すでに白エルフは精神防御の魔法を開発しつつあると言う。いずれは奴らも精神魔法を使い出すかもしれん」
「心を狂わす魔法だ。心のない俺らに効きますかねえ?」
飛んだヤジに皆が笑った。バカな奴。クラトピアは心の中で罵った。そんな単純なものじゃないのに。
魔王は一緒に笑っていた。そうして言葉を続けた。
「精神魔法も発達段階だ。お前たちに効くものだって生み出されるかもしれない。効果範囲も狭いしな。だからこそ、土・水・火・風の四大魔法のいずれかを習得する必要があるのだ……」
目の前の光景が薄れ、石造りの床が見えた。クラトピアは起き上がり、ボウっとした頭を振った。
「やられたね……畜生!」
『人の大切な思い出を消した罰よ……』
クラトピアはドアの向こうを見た。華やいだ結婚祝いの風景に、一つだけ変化があった。新郎である男の顔が消えていたのだ。爪で引っ搔いたような傷が、男の顔をかき消していた。倒れる寸前に、右手で払ったものらしい。
「フハハハハハ! やってやったよ! ざまあないね! 大切な人生の門出ってやつ? 大切な伴侶の顔を、思い出せないようにしてやったよ!」
『この人との思い出は、これだけじゃないわ……』
「だろうね! けれど、その影響は後々の記憶にも影響するはずさ!」
『闇魔法って、そんなに……』
「まだまだあんたたちの知らない闇が、たくさんあるってことだ!」
(それにしてもマズイね)
笑いながら、クラトピアは思考を巡らした。白エルフに気づかれないよう、自分の挙げた戦果を楽しみつつ考えた。
(こいつは私を攻撃できる。無意識だか元から知ってたかは分からないがねえ)
クラトピアは起き上がり、膝立ちで考えた。笑いながら考えた。アステルの悲鳴を思い出しては笑った。自分の思考を紛らわせるために。
(魔王様がどうやって倒されたかは知らない。だがそこに居合わせたってことは、それだけの力がある魔法使いだ。無意識だったとしても、私を倒せるって気づいたはずさ。そしてすぐに使いこなす。元々術として知っていたのだったら……ここまで使わなかった理由があるはずさ)
「どっちにしたって、もう手番は少ないってことだ!」
クラトピアは立ち上がった。行く手を見る。ここまで明るかった廊下が、先で急に暗くなっていた。
「どうしたってんだい、これは……?」
進んでみると、暗がりの先にも廊下は続いている。だがふっつりと、灯りが消えていたのだ。
「ふうん……どうやら、あんたの輝かしい人生はここまで、てところかねえ。何があったんだい?」
厭味ったらしい言葉に、返事はなかった。
「闇歴史ってやつかねえ……」
その、暗くなった廊下の扉を開いた。小さな民家の一室だった。ベッドに横たわる、顔の消えた男の亡骸。白衣に包まれた、それに取り縋る白エルフ。それを取り巻く街の人々。夫だった人間の男が死んだらしい。
「ハハハハハ! 悲しいねえ! でも分かってたことだろ? 人間とエルフじゃ、寿命が違うんだからさあ!」
『覚悟は、してたわよ……』
よく見ると、白衣から出ている腕は、まだ若々しかった。年老いて死んだようには見えなかった。
「へへえ、事故か病気かい? そこまでは覚悟してなかったってことか。ご愁傷様!」
白エルフの側に、小さな男の子がいた。泣きじゃくる白エルフを、心配そうに見ている。
「……子供かい、あんたと、その男の。まだ分からないんだろうねえ。坊やぁ! 父ちゃん死じゃったぁ!」
『止めなさいよ!』
諫める言葉も鼻にかけず、クラトピアが扉を閉じようとした時だった。
「お……?」
『閉じて! 思い出させないで!』




